山田君は、今日もプロローグフラグをへし折っている。
青春真っ盛りの中学二年生。思春期の少年少女らは時に非日常へあこがれる。
「やっべー、朝寝坊しちまった」
中肉中背の黒髪の少年の名は山田。朝寝坊により学校へ遅刻しそうになっている。耳にイヤフォンを付け、大音量でアニソンを流し走る。
「見つけました勇者よ。我が世界を救ってくれませんか?」
往来の真ん中で少女が山田に話しかける。透き通るような金髪と碧い瞳。髪の間から尖った耳が覗いている。
「あ? 交番なら向こうだぜ」
山田には音楽しか聞こえていない。遅刻してたまるかと跡目も振り返らず走り去る。交差点を右に曲がろうとした刹那、靴紐がほどけたのでしゃがんだ。
「ちほふふるー!(ちこくするー!)」
その目の前で食パンを咥えたド派手な髪色の女子中学生が走り去っていくのだった。
「急げ急げっ!」
靴紐を結びなおした山田は女子中学生にぶつかることなく学校へ到着するのだった。
「このヒロインちょー可愛いんだけど。うわー! 俺もこんな青春してーなぁ」
山田は、窓際の一番後ろの席でラノベを読みふける。
教師が生徒へ転校生の紹介をし、転校生の銀髪美少女が山田の隣に腰を下ろす。氷のような冷たい雰囲気を纏う少女は隣の席の山田を垣間見る。
しかし山田はそれどころではない。今物語の一番の盛り上がりの場面なのである。こんな中途半端なところで止めるわけがない。銀髪美少女の視線に気づくことなく山田は本を読み進めるのだった。
「昼飯昼飯~、屋上でも行くかな」
昼休み。山田は学校の屋上へ上がると、購買で買ったパンへ噛り付いた。
その時、空から落ちてきた謎の物体が山田の頭に激突した。ふわりと柔らかいその物体はぬいぐるみ。
「んじゃこりゃ」
「わぁ! 君が魔法少女n」
「埃アレルギーで無理」
しゃべった気がしたが気のせいだとぬいぐるみを放り投げるのだった。
ぱたりと扉が開く音がしたかと思うと、山田のクラスに今朝転校してきた銀髪美少女が屋上に現れた。彼女は慌てた様子で入ってきた扉へ振り替える。そして、コツコツと規則正しい靴音とともに少女ではない人物が現れる。黒い瘴気をまとった男だった。
「ふははは、逃げるのは終わりか?」
「逃げてない」
銀髪美少女の周りに現れる無数の氷の槍、それが男に発射された。男は瘴気を纏った腕で防ぐと銀髪美少女の眼前まで踏み込み、右腕を振りかぶった。しかし、その拳の前には氷の盾があった。
「あなたに私は倒せない」
銀髪美少女の瞳が光り輝き、周囲の温度がぐんぐんさがってゆく。彼女のための舞台で彼女は氷を操り、男を追い詰めてゆく。
そんな壮絶な一場面を、山田は貯水槽の上で昼寝していて気づかなかった。
昼食後の授業のチャイムが鳴る。
「ふわぁ~って、嘘だろ、やっべー!」
山田の足元に魔法陣が浮かび上がったが、五限目に間に合いそうもなく慌てる山田は屋上から飛び出すように教室に戻り、偶然魔法陣の上に止まった鳩がその場から消えたのだった。
先週のテストの結果が返された。生徒たちはそれぞれ喜び、悲しんでいる中、山田も冷や汗を流しながらテスト結果を眺める。
「今回の成績上位者の点数をポスターにして廊下に張り出している。載れるように努力しろよ」
教師の発言にやる気を漲らせるもの数名、無関心なもの数名。上位者を見てみれば、一位はオール満点だ。しかし肝心の名前は載っていない。
「誰ですの! わたくしの上にいつもいつもいらっしゃる方は!」
「ありえないよね、一位のくせに名乗り出ないなんて」
「真の王者なら、僕らに恐れなど抱く必要がないだろうに」
気品ある佇まいの女子生徒と勝気な女子生徒、眼鏡をかけた男子生徒がそう発言し、場はざわつく。彼らは学年でトップクラスの学力を持ち、常に上位陣を占めているのだ。しかし、一位を取ったことはいまだにない。一位を捜しているものの、同学年の人数が多いため、いまだに発見には至っていない。
「やっちまったぁ……」
そんな中、山田はゼロ点と書かれたテスト結果を見てため息をついていた。
「また名前書くの忘れた……」
名前の記入忘れのため、ゼロと書かれた採点結果不明な解答用紙を手に、それは深いため息をつくのだった。
放課後、山田は友人たちと別れ、家路を急いでいた。
「あー、今日も疲れた~」
ぐっと腕を上に伸ばして歩く。傾く夕日を背景に見慣れた道を進む。
「あ、百円」
百円に気づいた山田はひょいと駆けて百円を拾う。ひゅんと何かが頭上を横切った気がしたが、百円を手にした山田は気づかない。
「よっしゃー! 自販機でなんか買って帰ろ」
そして自販機に百円で買えるものがなかった山田はちょっとがっかりして家に着いたのだった。
今日も山田は何かのプロローグフラグをへし折っている。
「ようこそ勇者……よ?」
「クックルー クックルー」
「鳥?」
その後、召喚された勇者鳩は、無事に魔王を倒し、元の世界へ帰還する。
魔法を使える鳩として、現代社会で無双するのだった。終わり(?)