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短編

夏の終わりに

作者: リュウタ

健一けんいちおはよ」


 そんな優しくて暖かい声が、俺の耳元に聞こえてくる。

 まだ意識がはっきりしてない中、目を開け、声がした方向をゆっくり見る。

 白色のカッターシャツに、紺色に黒のボーダーが入ったリボン。真っ黒で通気性の良さそうなスカートと白い靴下に白い靴。俺が通っている中学の制服そのものだった。

 黒髪ロングで身長は百四十五cm位の外見をした少女、幼稚園から今まで十一年の付き合いになる幼なじみのめぐみだった。

 地味で、大人しくて、人見知りで、だけど優しくてたまに見せる笑顔が可愛い恵。彼女に密かに恋をしている俺は、人目をはばからず会いに来てくれたのが内心とても嬉しかったけど、平常心を保ち、恵に返事する。


「ん、おはよ」


 そうじゃないだろ。もっと優しくおはよう、なんてかっこいい声をかけて、来てくれてありがとう、とか言う場面だろ。

 ごめんよ恵、声掛けてくれてありがとう。

 自分の行動に後悔し、心の中で平謝りする。


「今日ずっと寝てたの?」


 謝罪している俺に対して、何気ない会話を挟んでくる。


「うーん、まあ多分」


 実際はどのぐらい寝ていて起きていたのかは分かっていたが、それどころではなく、聞き流すように返事をしてしまった。俺の返事に気に入らなかったのか、恵は真剣な顔になる。


「健一さ、ずっと寝てていいの? 先生の話とか聞いてる?」


 話が思わぬ方向転換をし、投げかけられた言葉が心に刺さってゆく。

 日付を確認すると今日は六月の下旬、段々と暑くなり、外に出て歩いてる人は汗で服と肌がくっ付いているくらい太陽の日差しが強くなっていた。

 また、窓から見える樹齢数十年の大ベテランの木にいる蝉が会話を邪魔するかの如く、ミーンミーンと求愛行動をし続けていた。

 外とは対象的な冷房の効いた部屋で、蝉の声を聞きながら向かい合っている俺たち二人は、二年生になって初めての期末考査があと一週間まで近づいていた。


「まだ試験まで一週間ある、それに夏が来るのは最後……」


 来年の夏にはもう受験生だ。二人に残された目一杯遊べるの時はあまり多くない。


 だから、思いっきり遊ぼうぜ。


 なんて言葉を続けようと恵を見ると、物凄い形相で俺に食ってかかってきた。


「なんでそんな事言うの」


 少し苛立ったような声で恵が言う。

 最後という単語に受験の嫌気を感じたのか、来年の夏もまた遊びたいのか、はたまた俺に勉強をして欲しいのか、きっとどれも違う。

 俺にとっては聞きたくない話で、彼女にとって大事であることは分かった。


「ごめん」


 これ以上この話の続きをされると、話がややこしくなるのは明確だ。

 だからこそ直ぐに謝って、話を切ろうとする。

 だが、恵のエンジンは止まらない。



「はい、この話終わり。な? 今から思いっきり遊ぼうぜ」


 先程言おうとしたことを続け、今からすることに期待を膨らめる。


「いつもそうやって誤魔化して、もっと真面目に生きてよ」


 俺の健闘も虚しく話は変わらず、激しく罵られ、生き方さえ否定される。

 急に変わった恵の態度と言い分に驚いたが、反論するのは簡単だった。今思っている感情をそのまま言えばいい。ただそれをすることによって、恵との関係は一気に崩壊すると思った。

 だから俺は素直に謝ることしか出来なかった。


「ごめん」


「健一の言いたい事は分かるよ、時間がないから今を楽しみたいっていうのは」


「ごめんって、もうこの話は終わりにしよう」


 辞めてくれ。もうそんな言葉は聞きたくない。

 恵に嫌なことを言いたくないんだ。


「でも、私は生きて欲しい! 病気に負けて死んで欲しくない」


 嗚咽が恵の声に干渉し、言葉は途切れ途切れになる。

 涙を流しながら伝える思いは俺の心に直接訴えかける。

 だが、恵のその一言一言に健一の心は荒んでく。ありえない夢物語を語られ、変わらない事実を突きつけられ、個人の願望を押し付けられる。色々な考えが混ざり、少しだけ感情がこぼれてしまった。


「うるさい」


 外にいる蝉の鳴き声で掻き消される程小さく呟いた小言。聞こえないだろうとたかを括っていたが恵には聞こえていた。


「ごめん……。でも私も健一の両親も生きて欲しいって願ってる。名前にだって……」


 恵を遮るように、言葉を荒らげてしまう。


「黙ってくれ! 自分が死ぬっていうのは分かってるんだ。今励まされたって何も変わらないだよ。名前がなんだよ。健一って名前だったら全員が全員健康に生きられるのか、そうじゃないだろ! 名前通り生きられるんだったら」


「俺だってそうしたいよ」


 怒りと悲しみがこもった物言いに、恵は後ずさりする。


「で、でも、もしかしたら治るかも知れないじゃない」


 その叶いもしない空想が。


「希望を持って生きたくないんだ」


 俺の心に刺さってゆく。


「もう帰ってくれ」


 本心から遠く離れた本心が、声という振動となって表れる。


 自分のせいで健一の心を苦しめてしまった、そんな感情が恵の頭を支配する。

 何か言えばまた健一を傷つけることになる。だから、健一の言うことに従って病室から出ていくしかなかった。




 ────────────────────────


































 あれからどのぐらいの時間が経っただろうか? 恵を追い出してから何日経ったのか分からない。

 一分、五日、いや一ヶ月だろうか、全く検討がつかないほど真っ暗な部屋で過ごしている。

 恐らく病状が悪化し、違う場所へ移動したのだろう、自分の意思で体を動かすことが出来ない。だけど不思議と体は軽いし痛くもない。

 こんなことにはなったことがない。きっと人類の中で俺が初めてだろう。

 これは恵に言わなくちゃ、そう考えた健一の唇は動かない。

 おかしいな、声が出ない。

 おーい、誰かこっちに来てくれ。

 そう言いたかったが、やはり健一の口からは何も発せられなかった。

 どうしよう、どうすれば。

 考えても考えても打開策は出てこない。

 誰か、助けてくれ。誰か。

 ぼんやりとしてきた意識の中、ひたすら助けを呼ぶ。

 そんな時、真っ暗闇の中で一つ、声がしたような気がした。


「…………よ」


 優しくて暖かい声。この声の正体を健一は知っている。

 地味で、大人しくて、人見知りで、優しくてたまに見せる笑顔が可愛い子。

 ダメだ、名前が出てこない。顔は出てきているのに。


「いままでも、これからも」


 誰なんだ、君は。待ってくれ、もう少しで思い出せそうな気がするんだ。


「ずっと大好きだよ」


 君は…


「健一」


 恵?


 あの時、あの日、恵と健一が喧嘩した後、健一は死んだ。

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