異界の者
後ろから攻撃してきたのは、ラムダさんが全て倒してくれた。おかげで私達は、また生き残ることが出来た。
ラムダさんいわく、黒い魔道士達を刺し貫いた燃える植物は、松明だという。つまり、燃える木の松明を急激に成長させて、全て倒したのだ。
ラムダさんには、そういう植物や動物を活性化させたり、逆に衰弱させる能力があるという。それは魔法をとはまた違うものだそうだ。
私達が落ち着いて、ラムダさんの説明を聞き終わった頃、遺跡の奥へ続く道を塞いでいた鏡の壁が消えた。そして、奥からレイさんが無傷で帰ってきた。
「ただいま。奥から来た黒い奴らは、遺跡の奥に逃げ込んだよ」
私は、レイさんやラムダさんに聞きたいことが沢山あった。リタはまだ頭が追いついていないようだが。しかしまずは、これを聞かないと始まらない。
「あの、レイさん。松明を持たずに、真っ暗だと思われる遺跡の奥で、大丈夫でしたか?そもそも、どうやって暗闇の中で、真っ黒な魔道士達が奥に逃げ込んだとわかるんですか?」
松明は、私とリタ、そしてラムダさんが持っている三本で全部で、レイさんは持っていない。魔道士の魔法の光を頼りににするにしても、黒い狼の魔物も居るだろうし、無茶が有りすぎる。唯一入り口から入ってくる光も、鏡の壁があって届かない筈だ。壁を壊して光を取り入れようとするのも、崖から洞窟を掘るようにして作られているこの遺跡では不可能だろう。
いや、レイさんへの不信感は、今に始まったことではないだろう。この辺りでは殆ど見ない黒髪や服装に始まり、酒場で見せられた見たことの無い名前の文字、この国のことを全然知らない言動……。あの時は外国から来た人だと納得したが、本当は……
「レイさんは、もしかして、異界から来た人…いや戦闘用人形なのですか?」
「…正解。異界から来たって部分はね」
レイさんは、笑って私の推理を肯定してくれた。そして、レイさん自身のことを話してくれた。
レイさんは、簡単に言うと、スライムのような、一つの核が本体の生物のような物だという。全身は独自の金属で出来ていて、詳細に人の形を真似ているらしい。なんでも、筋肉の繊維1つ1つまで真似しているとか。しかし、目玉は飾りで、目は見えていないのだという。シンケイも無いので、味覚や触覚も無いらしい。耳は機能しているので、音は聞こえるらしいが。
また、内蔵は必要ないので、そのスペースにジジュウセイギョソウチ等の道具を入れているらしい。これに関しては、全然わからなかった。
そして、目が見えない代わりに、周囲の空間を把握する能力を駆使しているという。感覚としては、周囲の空間を全て手で触れているような感じだという。これはかなり広範囲を把握出来て、ここから町の方まで詳細にわかるという。集中すれば、闘技大会が開かれる王都までわかるらしい。しかも死角等関係無い為、背後や物陰の裏でもわかるという。
他にも、脂肪に当たる金属が刃や魔法を通さない為防具がいらないだとか、次元を司る能力で次元を断って鏡の壁を作ったりワープしたりワームホールを作ったり出来るだとか、無を操る能力を持つがあんまり使わないだとか教えて貰ったが、この辺りは頭がついてこなかった。横で聞いていたリタもお手上げ状態のようだった。
そして、ラムダさんは、ラムダさんが人間のときに野垂れ死にそうになった所を助けたのだという。今のラムダさんは、人間の体にラムダさんの精神が入った、レイさんと同じ核を埋め込んだ物になっているが。あと、昔はラムダさんも料理が下手だったとか言っていた。
「…信じられない…です。今目の前に居る人間にしか見えないレイさんとラムダさんが、そんな全然違う存在だなんて」
リタがそう言った。私も、レイさんが言ったことを頭で整理したが、全然計り知れない。師匠から異界という全然違う所が存在する事だけは聞いていたが、いざ目の前に異界の存在が居るとなると、現実味が無い。
「本当に…そうなんですよね」
「うん。これについて嘘言っても仕方ないし」
「ちなみに、どうやって異界からこの世界に来たんですか?」
「自分の次元を司る能力で、穴を開けたんだ。やろうと思えば別の異界に好きなように行くことが出来るよ」
「…もしかして、[カミゴロシノマモノタチ]も異界のギルドだったりします?」
「そうだよ。依頼をこなしに他の異界に行くのが主だね」
「……」
証拠は無い。現実味も無い突飛な話だ。しかし、人智の及ばない鏡の壁や、ラムダさんが見せた植物の能力が、異界のものだと言えばとりあえず説明がつく。
「さぁ。そろそろ仕事を終わらそうか。やっこさんはずっと待ち構えているみたいだし」
そう言って、レイさんが立ち上がった。そのまま遺跡の奥の方に向かって歩き始める。ずっと黙っていたラムダさんもそれに続く。
「あ、リタとユーリはどうする?今日は帰って、自分達が殲滅した後に来て、調査を終わらせても良いよ?」
「しかし、私達らリタ様とユーリ様を護衛しないといけませんよ?どうしますか?」
「じゃあラムダに任せるよ。自分は行ってくる」
そう言って、レイさんは遺跡の暗闇に消えていこうとした。しかし、リタがそれを呼び止めた。
「待ってください。あたしは、レイさんについていきます。さっき言ったことを確かめたいんです。それに、ここで引き返すのは、違うんだと思うんです」
リタが松明を持ち直して立ち上がった。顔つきは、いつものリタとは違って、勇ましいものになっている。
「良いよ。ユーリはどうする」
「わたしは……」
私は、どうしたいんだろう。ずっと誰かについてきていた。冒険者になったのもリタが誘ったからだし、魔法使いになったのも師匠が強引に弟子入りさせたからだ。このまま、リタについて行くのだろうか?
「ユーリ様、このまま町に帰っても良いんですよ。その場合はレイ様に頼んで、町まで飛ばして貰います。引き返すのも、一つの道です」
私は、ラムダさんに言われて、町に帰るのだろうか?いや、それは有り得ない。ここまで来て、知って、その上で見てみぬふりをするのは有り得ない。だからと言ってリタについて行くのではない。私は、私がそうすべきと思ったから、そうするのだ。
「レイさん、私も連れていってください。奥に害をなすものがいるのは見過ごせません。実力不足でも、食らいついて見せます」
「わかった。じゃあラムダ、二人の守りをお願い。でも、過剰に助けないようにね」
「うけたまわりました」
「じゃあ、行こうか」
こうして私達は、暗闇の遺跡に潜む者たちを倒しに行くことになった。