初めてのダンジョン
町を出て、森を抜けて、先程遺跡の入り口前についた。時刻は昼前ぐらいだろうか。
遺跡は切り立った崖の麓にあり、入り口が大きく口を開けている。あまり目立たないが、この辺りは沢山の駆け出し冒険者が歩いた筈で、何故今まで見つかっていなかったのかが不思議だ。
私とリタは、道中で黒い魔道士や狼の魔物に合わなかったことに安堵した。あれらはレイさんとラムダさんが倒したので、合うはずもないのだが。しかしあのように、影も形も消えてしまったのでは、不安になるのをわかって欲しい。特に私は何もできずに気を失ってしまったのだから。
レイさんとラムダさんは宿を出るときに羽織た黒いマントを外した。そしてラムダさんの袋に入れた。ラムダさんの革袋は、マントを入れたらもうほとんど他の物が入らない筈の大きさなのだが、レイさんとラムダさんが他に袋を持っている所を見たことがない。大方、師匠に聞いたことがある、いくらでも入る魔法の袋というやつなんだろう。私も、勿論リタも、実物を見るのは初めてだ。(リタは気づいていないようだが)
レイさんを見ると、右手には槍と斧が一体化した武器であるハルベルト、両手に銀色の小手をつけて、両脇に短めの剣が1本ずつ鞘に収まっていた。他は黒いチャイナドレスと靴だけで、非常に軽装だ。
ラムダさんは、狼にも使った大鎌を持っているぐらいで、後は宿屋で見たときと変わらない。服の下に防具等をつけているのだろうか?こちらも動きやすそうだが軽装で、鎧をつけた兵士などに比べると見劣りする。
そういう私は、防具は革の胸当てをつけているぐらい。服装は師匠に貰った紫が基調の動きやすい服と、つば付きのとんがり帽子。武器は木を削って作った手作りの杖だ。金がないとはいえ、あまりレイさんやラムダさんの軽装に口を出せる服装ではない。
リタは同じ革の胸当て、革の小手、革の膝当て。服は孤児院にいたときから着ている服で、弓は自分で作ったという。後は初めて依頼の報酬で買ったナイフを腰に指しているぐらいだ。
私は全員こんな軽装で大丈夫だろうかという不安にかられた。新しく見つかった洞窟や遺跡には、幾多の罠や手強い魔物が居るのが、この世界の常識だ。だから冒険者を先に送り込んで、安全を確保してから調査するという依頼があるのだが。
「ユーリー。おーい」
リタが間延びした声で私を呼んだ。私は宿屋の時のように、自分で考え込んでしまったらしい。
「入り口付近には罠や魔物はなかったから、これから中に入るよ。…ボーっとしてる?」
「うん。わかった。大丈夫」
どうやら私が考えて込んでいる間に、リタとレイさんが入り口付近を見てきたらしい。私もボーっとしているわけにはいかない。ちゃんと役に立たないと。
私は持ってきた松明に加減した炎魔法で火をつけた。遺跡の中は暗い、そういうときの必須道具だ。
「では、わたくしが先頭を歩きますので、リタさんとユーリさんはその後ろをついてきてください。レイ様は後ろをお願いします」
「まあ、妥当かな。前に行きたかったけどね」
遺跡には、先頭がラムダさん。その後ろにリタ、次が私。最後尾がレイさんの順で入ることになった。レイさんは松明を持っていないし、レイさんが最後尾になるのも仕方ない。
その順で、私達は遺跡に突入した。暗闇の遺跡に、私達はこれから挑むのだ。
遺跡は茶色い石で出来ていて、入り口から、 かなりの幅と高さを持つ廊下が、真っ直ぐに続いている。その広さはレイさんの槍程の長さの棒を振り回しても、平地と同じように振り回せるだろう程だ。壁に壁画のようなものは無く、真っ平らの壁が風化して削れたような見た目だ。
真っ暗な遺跡の真っ直ぐな廊下を、松明の明かりのみを頼りに歩いていく。唯一外の光が入ってくる入り口が、そこそこ遠くに見える程には歩いていた。
「かなりボロボロの遺跡だねぇ。けど重厚な作りで、簡単に壊れそうにはないな」
レイさんが右手で遺跡の壁を触りながらそう呟く。私達の依頼は遺跡の安全確保で、遺跡その物の調査ではないのだが。
「でもレイさん。レイさんの依頼は魔物の殲滅らしいけど、こんなところにわざわざレイさんが出張ってくる魔物がいるの?」
そうリタが言った。レイさんの依頼なんて初耳だ。私は私達の護衛にギルドマスターが依頼したと聞かされていたのだが。
「まあ護衛のほうもちゃんとやるから大丈夫だよ。この真っ直ぐな通路とかさぁ。挟み撃ちされたら逃げ場がないなぁとか考えてるよ」
「ふーん」
つまりレイさんは依頼を二つ同時進行してるらしい。それだけ自信があるってことなんだろう。
しかし、挟み撃ちされるということは、この遺跡に元々盗賊等が住んでいないと有り得ない。だから私達は前だけ警戒すればいい。そう思って前を見ると、ラムダさんより更に前に明かりがいくつか灯っていた。いやあれは…
「魔法の光…」
そう私は感じた。そしてその魔法の業火が飛んできたところで確信に変わった。あの魔道士と同じ魔法だ。逃げないと。
私が後ろを振り向いた時、後ろからは氷の魔法が幾つも飛んできていた。魔道士の挟み撃ち。あの魔法をくらえば私は…
瞬間目の前に壁が現れた。魔法は壁に阻まれたようで私達には届かなかった。遺跡の奥から来た業火も壁に阻まれたようだった。
「ラムダ、後ろ任せた」
「かしこまりました」
壁が一瞬で消えて、レイさんが遺跡の奥に走って行った。その後先程と同じ壁が私達とレイさんを分断した。ラムダさんは入り口から来た魔道士達に、大鎌で斬りかかって行った。
「ユーリ、ユーリ、ユーリ!」
私もリタもいつの間にか松明を取り落として、腰に力が入らず、その場にへたりこんでいた。リタは私に声をかけて、精一杯無事を確認しているようだった。
「リタ…大丈夫。どこも怪我してない」
「良かった……」
リタの顔色が悪い。息も切れ切れだ。リタも私と同じように、あの魔道士にトラウマを植え付けられているのだろう。
私はそれでも出来るだけ冷静に、私に出来ることをしようとした。
まず、レイさんを分断した壁を見た。松明をかざすとわかったが、その壁は鏡のようで、氷のように酷く滑るのだった。
それはこの遺跡の罠と言うには不自然だった。魔法で作られた壁と考えるのが自然だ。しかし、この壁を作る魔法の前兆である魔力の集まりも感じなかった。見えた魔法の光も、全て業火と氷の槍のものの筈だ。
わからないものは置いておいて次に戦っているラムダさんの方を見た。そこには、私とリタを襲った真っ黒の魔道士と真っ黒の狼の魔物がそれなりの数いた。魔道士数人と狼十数匹相手に、ラムダさんは立ち回っているのだ。
しかし、戦っているラムダさんが異様なのだ。
「なに…あれ…」
ラムダさんが右手に持っているのは、燃える植物の先端。その植物が伸びて、次々と魔道士や狼を串刺しにしているのだ。串刺しにされた者は、伸びてくる植物に全身穴を開けられ、燃やされて、声もあげずに消えていく。
魔力を感じない為、魔法でもない。ラムダさんはそんな植物を駆使して、後ろから不意討ちしてきた魔道士達をまたたくまに全滅させた。
「ふぅ……大丈夫ですか?ユーリ様、リタ様」
ラムダさんは植物の殆どを枯らした後、手に持った植物に火をつけてこちらに歩いてきた。私には、先程戦っていたラムダさんと、今私達を心配してくれているラムダさんが別人に見えた。