酒場での自己紹介
あの後、赤い使用人服を着た女性に手当をしてもらった。なんでも、彼女が持っていた薬草を傷口に貼っておけば、明日には傷口が塞がるらしい。あたしが持っている回復薬とは、大違いだ。使う度に苦い思いをする必要もない。
ユーリも気絶はしているが、軽傷で済んでいて、今は意識も取り戻している。ユーリが魔法の師匠のお下がりだと言っていた服が、魔法を防御していたみたい。
あの狼と魔道士は、手当をしている間に、火が消えるように消えてしまった。助けてくれた二人も、あれらが何かは知らないらしい。
そして私とユーリ、助けてくれた二人は、すっかり夜になった町に戻ってきて、ギルド窓口が併設されてある酒場に入った。1つのテーブルにそれぞれ対面するように座り、せめてものお礼にと、いつもより豪華な食事を注文した。
そしてあたし達は、とりあえず、一人づつ自己紹介をする事にした。
「あたしはリタ。こっちのユーリと一緒に冒険者をやってるの。弓を使う【狩人】のクラスについていて、まだ駆け出しだけど、頑張ってて……。とにかく助けてくれてありがとうございます」
「ええっと…私はユーリと言います。見ての通り【魔法使い】のクラスについています。…リタとは孤児院の姉妹みたいな感じで……冒険者をやってるのも、リタに『一緒にしよう』と言われたからです。…そんな感じです」
あたし達のグダグダな自己紹介の間も、助けてくれた二人は静かに聞いていた。堂々としている彼女達を前にして、未熟さを晒すようで、少し恥ずかしかった。
「黒髪を長く伸ばした、マントを羽織っていて、杖を持っている方がユーリ。赤茶色の髪を短く切って、革の簡素な防具を着込んだ方がリタですね。レイ様、分かりましたか?」
「分かるよ。胸が大きい方がユーリで、そんなに無い方がリタでしょ。ユーリは猫のような丸い姿勢を少し直した方が良いと思うよ」
少しムカっときた。助けてくれた二人は、どちらも羨ましい肉つきをしているけど、その言い方はあんまりだと思う。
けど横を見たら、ユーリが胸を腕で隠して、顔が赤くなっていた。そのまま俯いて黙ってしまった。ユーリはもっと自分に自信を持って良いとは思うけど、この言い方は酷いと思う。
「…ごめん。いきなり笑えない冗談を言っちゃったね。少し言い過ぎたよ」
…すぐに謝ってくれたから、許すことにした。ユーリは相変わらず赤面して俯いたままだけど、話は聞いているみたいなので、そのまま続けることにした。
「じゃあ、次は自分だね。自分はレイ。字はこんな風に書く」
そう言って、レイさんは見たこともない字が書かれた羊毛紙を見せてきた。暗い事、黒い事を意味する字らしいが、一度見ただけでは書くことも出来ないだろう。
「それで、自分と隣に座っているラムダは、[カミゴロシノマモノタチ]っていう傭兵団みたいな所の、ムマ軍に属してるんだ。自分はムマって呼ばれてて、ムマ軍の大将をしてる。ラムダは従者みたいなもんかな」
カミゴロシノマモノタチという傭兵団は聞いたことがない。いつもギルドマスターから聞いてるような強い人達のように、活躍が耳に入ってもおかしくない実力があるのに。
ここで、立ち直ってきたユーリがレイさんに質問をした。
「あの、もしかして、レイさんとラムダさんは凄く遠い所から来たんですか?私に魔法を教えてくれた師匠みたいに、全く知らないようなことをどんどん話すので」
「あー……まあ大体そんなもんだと思ってくれれば良いよ」
遠い所から来た人達なら、実力があるのに活躍が耳に入らないのも、腕と脚を大きく露出した黒い薄着の服を着ているのも、あまり見ない後ろで縛った黒髪や、右目が赤色で左目が紫色なのも、ある程度納得出来る。実際あたしはこの国の外の事を知らない、想像もつかない。多分この人達もこの国の外から来たんだろう。
「次はわたくしですね。もう紹介されましたが、わたくしはラムダと申します。字は…まあいいでしょう。レイ様の従者をしております。レイ様と同じくムマ軍の所属になります。あとは…ガーデニングが趣味なことぐらいでしょうか。レイ様共々、お見知りおきを」
こっちのラムダさんは、かなり柔らかい物腰の、丁寧な人だった。金髪を二つに分けて後ろで縛っている。目はきれいな青色。服はかなり暗い赤がベースの、本で読んだような使用人服に白いエプロン。大鎌も庭の剪定をするのなら、持ってても不思議はないのかもしれない。
と、ここで注文していた料理が来た。エプロンをつけた給仕の男性が持ってきたのは、それぞれが頼んだ果実の飲み物。豚のステーキ3人前。地元の野菜の盛り合わせだ。奮発しても、あたしのユーリの稼ぎではこの位が限界で、少し申し訳なくなる。
「ステーキ1人分足んないよ?注文しなかったの?」
レイさんが聞いてくる。答えにくかったが、あたしは正直に答えた。
「はい。あたしとユーリの稼ぎでは、これくらいが限界なんです。あたし達はステーキ1人分を分けて食べるので、気にしないでください」
「勿体無いよ。多分一番ご飯が美味しい時期なのにさ。ここは自分が奢るから、好きなだけ食べな。だから給仕。同じステーキを、もう一人分頼めるかな?」
給仕の男性は、レイさんの注文を聞いてすぐに裏手に戻って行った。
森で命を救ってもらっただけでも凄くありがたいのに、酒場でお金まで救ってくれて、かなりいたたまれなくなった。
「…あたし、窓口に行って真っ黒な魔道士のこと、報告してきます」
「じゃあ自分も一緒に行こうかな。取り次いで欲しいしね」
酒場に併設されているギルド窓口に、なんでレイさんはついてくるのか…と思った。あたしはこの場から消えてしまいたいような気分なのに。
「…?何」
少し、レイさんの能天気さとか、あっけらかんとした所が羨ましくなった。結局あたしはテーブルにユーリとラムダさんを置いてきて、レイさんと一緒に酒場内にあるギルド窓口に向かった。