鵺の森
扉の先は暗い夜の森だった。リームに貰ったランタンが無ければ足元すら見えない。
空を見上げても木の葉が邪魔で月や星も見えない。明かりが全くない夜だった。
「…似ているな……本当に」
この景色は僕が子供の頃迷子になった森とそっくりだった。
ランタンで照らして周りを見てみると、背後には先程通った両開きの扉があった。確かにリームがいた応接間とこの森は扉を介して繋がっているみたいだ。
近くの木の根本には大きな穴蔵があった。入り口は子供程度なら入れそうで、中はどうやら広そうだ。おそらくこれは子供達の秘密基地として使われていたのだろう。
「けど、こういうあたりは違うのか……」
どうやら、景色はそっくりでも僕が迷った森とは違うみたいだ。あと、木の葉の色が一様に緑なとこから、城の崖下にあった森とも違うことがわかった。
「…探すか」
周りをたところ、この近くには迷子になった子供はいなさそうだった。だから、森の奥に行って探すことにした。
子供を探して森の奥に行くと、しばらくしてどこからか口笛のような音が聞こえてきた。子供が口笛を吹いているのだろうか。
その方向に迷子になった子供がいると思い、そちらに向かおうと考えた。しかし、その方向がわからない。
口笛のような音が森全体に響いて、肝心の方向がわからないのだ。
その音に僕は困惑した。とにかく物怖じせずに森の奥にどんどん進んで行った。
気がつくと僕は出てきた扉からかなり離れていた。ランタンで照らしても扉の影も見えない。僕は扉の方に戻ろうとも考えたが、それより先に迷子の子を探すことにした。
「おーい……誰かいないのかー……」
僕は迷子になった子供が見つけやすいように、声をあげながら探すことにした。この口笛のような音しかしないこの森が不気味で、その不安を打ち消す為でもあったのかもしれない。
そうやって探し始めると、一人の子供がこちらに走ってきた。その子はあの応接間で見た、僕に迷子の子を探すように頼んだ子と同い年に見えた。僕は走ってきたその子を受け止めて、その子が迷子の子か確認した。
「君が迷子になった子?」
その子の顔を覗き込んでそう聞いた。子供は顔が涙でぐしょぐしょになっていた。
その子は黙っで頷いた。どうやらこの子が迷子になった子のようだ。
「他に誰かいないの?」
迷子の子は黙って首を横に振った。迷子になったのは一人だし、他に誰もいないとなると、未だに森に響いているこの口笛のような音はなんだろう。
僕は森に響く正体不明の音にぞっとした。誰かが僕達を見ている気さえした。この森には僕と目の前にいるこの子しかいないはずなのに。
「お兄ちゃんはだれ?」
と、目の前の子が僕にそう問いかけてきた。この子は僕が何のためにここに来たか知らないから、こう聞くのは当然だろう。
「僕は君の友達に頼まれて君を探しに来たんだ。一緒に帰ろう」
「……うん。ここ、こわい……」
僕は子供の手を握り、もと来た道に戻ろうとした。しかし、どこからか来たのかわからない。
「だいじょうぶ?わたし、ちゃんとかえれるの?」
そう手を握った子供に言われて、僕は不安になった。方角もわからない夜の森でどうすれば……。
「…そうだ。これを使えば……」
僕はリームに貰ったランタンに頼ることにした。これが帰り道を示してくれるはずだ。
しかしどうすれば帰り道がわかるのかがわからない。振ったり、よく見てみたりしたが、どうやっても何も変わらず、灯っている火であたりを照らすだけだ。
「お兄ちゃん……」
「…とにかく、行こう」
僕は迷子の子供と一緒に森を彷徨うことになった。とにかく動かないと何かが来そうで。
しかし、土地勘も無く周りもほとんど見えない森を当てもなく歩くのは無謀だった。子供がぐずらずに黙ってついてきてくれたことが救いだろうか。
しかし、その静かさが僕を追い詰めて行った。すすり泣きでも何か喋ってくれた方がよかった。だんだんと夜の寒さと口笛のような音がが僕の精神を削っていった。
その僕はとても頼りなかったと思う。歩き続けてだんだんと疲れてきた。このランタンが消えれば視界も無いに等しくなる。とにかく、帰りの扉を見つけないと。
僕はとにかく歩いた。この森にいる、自分達以外の何かから逃げたかった。この静けさと暗さが何よりも怖かった。
ずっと歩いていると、不意に手が引っ張られた。子供と繋いでいる方の手だった。僕は子供の方に振り向いた。
「…何」
「お兄ちゃん。そのランタンをよく見て」
「……」
僕は立ち止まり、黙ってランタンをよく見た。しかし、別に変わったところはない。
「…何もないじゃないか」
「えっとね、違うの。ランタンじゃなくて……その火をよく見て」
僕はランタンを今一度よく見た。特にその火に注目した。
「…温かい……」
ランタンの火は温かかった。この夜の寒さと対象的で、心地よかった。僕はその火の綺麗さに少しばかり見とれていた。
「あのね、ランタンさんはずっと照らしていたの。お兄ちゃんはそれを見ていなかったの。だから…その……あれなの。そういうことなの」
僕には、そのアレがなんなのか、わかった気がした。そして、どちらに行けばいいのかもわかった。
「こっちだ」
僕はその方向に真っ直ぐに歩いていった。子供も手を繋いだまま黙ってついてきてくれた。
自分が入ってきた両開きの扉には、すぐについた。あまり距離は離れていなかったのかもしれない。
「この扉の先に、君の友達が待っているから。一緒に行こう」
「うん!」
僕の声にその子は元気よく返事をしてくれた。そして、僕達は一緒にその扉を開いた。