お茶会
「失礼します」
メイドの少女が開けてくれた両扉の先は、この城に似つかわしい、いかにも応接間というふうな部屋だった。
床には金の刺繍が施された赤いカーペットが敷かれている。部屋の真ん中には豪華な見た目ながら過剰な装飾のされていない机と、その四方を囲むようにソファアと椅子が置かれている。壁には絵が1つかけられているくらいだ。
天井の天窓と部屋の奥の大きな窓により、外の景色がよく見える。さらにそこから差し込む月明かりと壁の照明で、かなり部屋が明るく感じる。
キィ…パタン。
メイドの少女が入ってきた両扉を閉めた。少し軋む音がしたが、結構な年季の入った物なのだろう。
「こちらに」
メイドの少女に促され、僕は両扉から左手にある椅子に座った。机には空のティーカップや美味しそうなパイ、スコーンやジャム等が並べられていた。
「どうぞ。リーム様はあと少しで来られると思います。少々お待ちください」
メイドの少女がティーカップに紅茶を入れてくれた。紅茶は上品な香りで、不慣れな僕でも飲みやすい物だった。
ティーカップを皿に置いて他の席を見ると、自分の左側…つまり入ってきた扉から見て手前のソファアに一人の男の子が座っていた。子供の身長でソファアの影に隠れていて、気づかなかった。その子は机に置いてある菓子を食べていて、こっちに気づいていないようだった。
メイドの少女はすぐそこで控えていて、他に席に座っている子供たちはこちらに気づかずただ用意されたお菓子を食べている。ただリームを待っているのもバツが悪くて、自分もそこのパイを食べることにした。
パイは割と小さめで、切り分けられていた為自分の分を取るには苦労しなかった。手で掴んで一口食べてみると、そのパイが林檎のパイだとわかった。味も王道のパイといった感じで、かなり美味しかった。
そうやって待っていると、部屋の奥の扉が開いてリームが入ってきた。さっきまで部屋の奥に扉なんて無かった筈だ。しかしリームは無かった筈の扉から入ってきた。
「ごめんね待たせちゃって。少し探し物をしてたんだ」
「ですから、私が探すと言ったのに……」
「これは僕がじゃないと取ってこれないからなぁ……。その気持ちは嬉しいけど」
リームは机を囲む椅子達の、僕が入ってきた両扉から見て奥のソファアに座った。
「あの、リームさん。依頼の…僕達が夢の世界に呼んだあの人はどうなりましたか?」
と、右のソファアに座っていた男の子がリームに質問した。どうやら、この子が僕をこの夢の世界に呼んだみたいだ。
「彼なら、そこにいるよ」
その一言で、子供達は僕に気づいた。突然人が現れたように見えたのか、凄く驚いていた。リームはその様子を見て、面白そうに笑っていた。
「それで、僕が神殺しの魔物の夢魔として受けた依頼は、これで完了だよね?」
「……あ。そうですね。びっくりしましたけど」
「えっと…この子が僕を探すようにリームに依頼したの?」
「そうだよ。正確にはこの子とその友達がだけど」
リームによると、この子とその友達が行方不明の友達を探して欲しいから僕を呼び、その僕も行方不明になったからリームを頼ったそうだ。リームは神殺しの魔物というなんでも屋みたいな組織の夢魔軍というグループの長らしい。
ちなみにこの子が僕が突然現れたように驚いたのは、単にリームがそこに居ないように見せる幻を使っただけだそうだ。そうした理由はただいたずらしたかっただけだと言っていた。
「…最初からリームに頼めば良かったんじゃないか?」
僕は当然の疑問を口に出した。そうすればこんなことも起きなかったのに。
「えっと…最初はリームさんに頼む発想が僕達になかったんです。それにすぐに助けに行って欲しかったし……。リームさんが既に別の依頼で不在の可能性もありましたし」
この子供は話してて結構しっかりした印象を受けるが、その辺りはまだまだ子供ということか。
「それで、君は頼みたいことがあるんだよね。その為に彼を呼んだんだし」
「はい。…お願いします。僕の友達が1人森から帰って来なくて……その友達を探してください」
と、その子供は僕に深く頭を下げてお願いしてきた。事情はここに来る道中でリームに聞いた。確か彼の友達が仲間と秘密の場所で遊んでる内にどこかに行ってしまったそうだ。
僕の心は決まっている。1人ぼっちで何処かわからない所を彷徨う怖さは、自分がよく知っている。他人がその怖さの中にいるのに、自分が放っておけるわけがない。
「うん。僕がその友達を見つけるよ。だから待ってて」
「はい。ありがとうございます」
この子は友達が帰ってこなくて不安なのだろう。僕が見つけると言うとわかりやすく喜んでくれた。
「じゃあ、僕も微力ながら手を貸そうか」
そういって、リームは古いランタンをどこからか取り出して机に置いた。先程と同じように、僕達に見えないように幻術を使ったのだろう。
「このランタンは、簡単に言うと道を示してくれる物だよ。見つけた後で迷わないようにね」
「ありがとう…でも、どうやって行けば良いんだ?」
「それなら入ってきた扉をくぐるだけでいいよ。子供が迷子になった森に繋げておいたから」
僕はこの応接間に入ってきた両開きの扉を見た。特に変わっている様子はなかった。しかし、リームが言うには迷子になった子供の近くに繋がっているらしい。
「あの…僕の友達を、よろしくお願いします」
「…わかった。行ってくる」
僕はリームが出してくれたランタンを手に持って、入ってきた扉を開けた。