人は忘れる者
「それで、僕は夢の世界の住人なんですか?」
僕…高野藍人は前を歩くリームさんに、こう尋ねた。僕は僕自身のことを思い出したが、未だに元いた場所のことはあまり。
「いや、違うよ。その服を見て思い出せない?」
「いえ…最近起きたことは思い出せたんですが…それが夢なのか現実なのかと言われると…わかんないんです」
「なるほど。じゃあ言っちゃおうか」
リームさんが一拍置いて、僕が元いた場所について言った。
「君が居たのは夢の世界じゃなくて、ある神様が意図的に作った世界だよ。その世界は魔法が使えない代わりに、科学がある程度発展してる。そして公にならないところで色々な物が蠢いてるけど、この辺は直接関わらないと思うよ」
「…うん?」
正直、ピンと来なかった。
「まあ、世界の概要を話してもよくわかんないか。とりあえず、君が現実と読んでる世界に住んでると思えばいいよ。戻れば思い出すだろうし」
「…僕を元の世界に戻せるんですか?」
「出来るよ。僕の館に来ればね。その為に館に案内しようとしてるんだし」
リームさんは僕を元の世界に戻そうとしてるらしい。元の世界でどんな生活をしていたかは思い出せて来ているし、よくわからないこの世界よりも元世界に戻りたいと思う。
しかし、元の世界から夢の世界に来たなら、一つ気になることがあった。
「リームさん。僕はどうしてこの世界に来たんですか?思い出せないんです」
なんでこの世界に来たかだ。ここに来た意味がわからないのが、自分に不安としてあった。
「ああ、単純に呼び出されたからだよ」
その答えは結構衝撃的だった。そして、一体誰に呼び出されたのか、そこが気になった。
リームさんはこう続けた。
「ある夢の領域に住む子供達がね、いつも一緒にいる友達が迷子になっちゃったから、他の世界に助けを求めたの。そして君を魔法を使って呼び出したんだって」
「そんな子供でも出来るんですか」
「出来るよ、この世界ならね。他の世界から人を召喚する魔法自体は、その領域にあったみたいだし、それを使ったんだろうね。使うのに必要なエネルギーも少なくて済むだろうし。この世界って他の世界との壁が薄いからね。場合によっては他の世界と夢の領域とが融合することもあるし」
つまり、子供達が助けを求めて、僕を呼んだらしい。助けを他の世界から呼ぶことがこの世界では簡単だからだそうだ。
しかし、自分には憤りがあった。
「そんなことで、僕を呼ばないで欲しいです。大体、大人達を頼ればいいだけのことですし。それに、なぜか僕はこんなところで彷徨ってる事態になってるし」
「ああそれは、召喚に失敗があったみたいで、君がその領域から飛び出しちゃったみたい。召喚座標が大幅にずれたからっぽい」
そんな失敗するような代物を使うなよ……と僕は思った。いや、子供だからこそそんな軽はずみに使うのだろう。
「はぁ…」
呆れて言葉も無い。もっと他に取れる手段があるだろうに。
「彼らは必死だったんじゃない?」
「必死?」
リームさんが一人でに呟いた。
「子供達で見つけた秘密の遊び場。その中で友達がどっか見つかんなくなっちゃった。大人達に知られれば、怒られて怖い思いをする。けど友達は絶対に助けたい。とすると、頼れる人を呼ぶこの魔法を使おうとなったんじゃない?」
「でも、だからって見知らぬ他人を呼ぶのはおかしいだろ」
「そう。君にはそんな経験ない?自分達には出来ない。大人は頼れない。でもしないといけない。…暗い森を一人彷徨う友達を助けたい。きっと友達は泣いていて、何処に行けばいいかわからなくて、そして助けを求めている」
「…無い。そんなことあるわけないだろう。そうだ…よな?」
…あれ、無かったよな。何か忘れてる気がする。
「暗い森で…独り…秘密の遊び場…迷子……見知らぬ他人に……助けを求める?」
…そうだあったじゃあないか、そんなこと。
確か、僕が小学生の時。夏休みに友達と秘密基地で遊んでたとき。かくれんぼして見つからなくて、暗い森で迷子になったこと。最後は見知らぬお巡りさんに助けてもらったこと。
あのときはわんわん泣いてて、あとで友達が警察に電話したことを知って、そして親にめちゃくちゃ怒られた。
「…なんで忘れてたんだ……」
僕はそう呟いた。リームが答えてくれた。
「人は不要な記憶を忘れるでしょ。そしてこの世界に流れてきた記憶を取り戻したんじゃない?この世界は色んな記憶も流れてくるから」
僕はそれで納得した。…そうか、自分はこれを不要と切り捨てたのか……。
「なあ、リーム。その子供達のところに案内してくれ。迷子の子供を助けないといけないと思う」
「大丈夫、行くところは変わらないから。それに、もう着いてる」
いつの間にかリームは立ち止まってこちらを向いていた。その背後にはこの細い土の道と他の世界への扉、そして暗い空に輝く星の世界に似つかわしい、鉄柵の大きい門があった。
リームはその門を内開きにあけて、こちらに手招きした。この先がリームの領域、リームの館なのだろう。
僕は手招きされるまま、その門の中に入っていった。