奴隷の鎖
簡単な自己紹介を終えた僕は一人、牢屋の角で考え事をしていた。
あの男の言葉を信じるとすると、僕は『13人目の転生者』という事になる。ただ何処に転生したのだ?ここは少なくとも日本でない可能性が高い。何故なら猫耳少女がいるからだ。僕の知る限りでは猫耳少女なんて現代日本に存在しなかった。
だとすると外国?いや、そもそも地球に猫耳少女なんていなかったよな..だとするとここは異世界である可能性が高くなってきたな。
「そうだ。ケイさん、ここって何処だか知ってる?」
僕は自分で考えても仕方ないと思い、ここに来て一番最初に話しかけてくれたケイさんに聞いてみる事にした。
「ごめんにゃ。私にも良く分からないにゃんよ。物心ついた時からここの奴隷だったにゃんから外の事はあんまり..」
「ん?奴隷?」
この子今とんでもない事言わなかったか?自分が物心ついた頃から奴隷だって?って事はここは奴隷の為の牢屋?
「そうニャンよ?」
彼女は僕が何を言ってるのか分からないと言わんばかりの顔を向け、首を傾げた。
なるほど、そういう事か。間違いない、ここは異世界だ。しかも日本と比べてかなり文明レベルが低い世界。文明レベルが日本と同等もしくはそれ以上なら奴隷制度なんてあるはずがない。そして僕はこの身体に強制的に魂を移植された。方法や原理は全く分からない、取り敢えずこの魂強制移植の事を『魔法』と呼ぶことにしよう。
気になるのはこの身体の持ち主の魂だけど..消滅したか、元々存在してなかった可能性すらある。つまりこの肉体は転生者用に作られた物の可能性があるということだ。
ただ今回は前者が正解かもしれない。先ずここの文明レベルが低い事から考えて、人間の魂を移植する為の肉体を生成できるとは考えずらい。それに、もし目的があの男が言っていたこの国の文明の発達だとしたら、それを実現できる転生者である僕をこんな所で野放しにするはずがない。いや、野放しにはなってないが、他の奴隷と大して変わらない格好をされては探しだすのにのに骨が折れるだろう。もし、ここにいる他の全員が『転生者』なら話も変わってくるが、ケイさんの話を聞く限り彼女はこの世界の住人だ。1ヵ月以内に転生した魂だとは思えない。
つまり、あの男は魂の移植はできるが、その器である肉体を選ぶ事は出来ない。ただ、人権のない奴隷の肉体に移動させる事には成功したようだ。
なら奏さんは!?彼女もこの世界にいるって事か?あの男は僕を『13人目』だと言ってた。もし『12人目』が奏さんだとすると彼女もこの世界に転生してるのではないだろうか?だとすると彼女も奴隷と言う身分である可能性が高いな。彼女だけじゃない、他の11人全員が奴隷と言う身分で、最悪の場合既に『転生者の知識を求めるもの』恐らくは国、もしくは国と関係がある組織に捕まってる可能性もある。
取り敢えず現状得た情報でできる推測はこれくらいかな。見たところ牢屋は隣にもいくつもあるみたいだ。耳をすませば隣の話し声が偶にきこえてくる。ただ奴隷と言う身分だけあってそんな話す事はないみたいだ。
ふと、耳を澄ますと奥から何やら足音が聞こえてきた。
かなり重い足音だ。床が揺れる程ではなかったが、その足音が近づくにつれて僕の心拍数は加速していった。その足音からは容易にかなり不機嫌な人物が想像できる。苛立ち・焦燥・憤懣、小さな体を持った今の僕にとって圧倒的に感じるその人物のむき出しな怒りの感情は、僕を恐怖のどん底に落とすには十分すぎる要素だった。
「来たみたいにゃぁ。分かってると思うけどきちんと頭を下げてやり過ごすニャンよ。」
僕が柵の外を呆然と眺めながら固まっていると、ケイさんは僕の耳元で小声でそう教えてくれた。
僕からしてみれば少しありがたかった。これで真っ直ぐ整列しろと言われてもやり過ごせる自信がない。僕の身体に巻き付いた『奴隷』という名の鎖がそれを許さなかったのかもしれない。
僕は彼女の言葉を聞いた瞬間、額を地面につけてほぼ、というか完全に土下座状態で事が去るのをまった。ケイさん達がどういう風に頭を下げているのかは分からない、もしかしたら立ち上がって頭を下げてるだけかもしれない。でも僕にそんな事を確認する余裕はなかった。確認する為に頭を上げた瞬間、その人物がここを通りかかったら?などの最悪なケースをどうしても事を考えてしまう。
ブルブルと体を震わせながらことが去るのを待っていると、目と鼻の先まで来ていた足音が途端に消えてしまった。
最悪だ...まさかここで立ち止まったとか?なんで!?やっぱり土下座はこの世界じゃ伝わらなかったの?
僕は涙目になりながらその頭を深く下げてると、頭に何か固いものが落ちるのを感じた。ただそれは何故か痛くはなかった。恐怖の余り感覚がマヒしたのか、それともそこまで固いものではなかったのか。定かではないが、只々僕はその瞬間を途轍もなく長く感じた。
「ふんっ!」
三、四十代位であろうか、そんな男性の不機嫌そうな鼻で笑う様な音が聞こえてきた。その不機嫌そうな男性は固い何かとその不機嫌さだけを残して再び大きな足音をたてて去っていった。
男性の足音と比例して僕の心拍数も静まっていく。僕の体を支配していた鎖が段々と緩んでいるのが分かる。
「いったみたいだな。」
最初に沈黙を破ったのは金髪ポニーテールのレニアさんであった。年長者と言う事もあってこういう時には皆の指揮を執るんだろう。
僕はレニアの声を聞くと一気に心が落ち着き、頭を上げることができた。横に目を向けるとそこに数個のパンが転がっていた。どう見ても固そうなパンは、どうやらさっき頭にぶつかった物のようだ。
「それじゃ食べるニャンよ。食べないと生きていけないニャンしね。」
ケイさんは満面の笑みでそう言いながら転がってる一つのパンに手を伸ばした。続けて年長のレニアさんに未だ無言のロット。
こんな固そうなパンがご飯だと言うのか...これじゃあ空腹感を満たす事もできないし、まともな栄養も摂取することも出来ない。こんな物ばっかり食べてたらその内死人が出てしまうだろう。でもだからってどうすることも出来ない。食料を運んでいるのは恐らくあの男性だ。そもそもここから出ることも叶わない僕に栄養分を増やすようにと講義することも出来ない。
僕は諦め、その固く、虚しいパンを片手に取った。
噛むのに大分苦労したそのパンをやっとの思いで食べ終わると、レニアさんが何やら話しかけて来てくれた。
「レンちゃんだっけ?そう言えばここは何処なのかを知りたがってたよね。私に答えられる事なら聞いてやろう。」
レニアさんは優し気な笑みを浮かべながら僕に近づき、問いかけてきた。
確かにここが何処なのかを正確に知る事ができるならそれに越したことはない。恐らくは敵である国の名前だけでも知っておいて損はないだろう。
「レニアさんありがとう。じゃぁこの国の名前とか教えてくれる?僕、ここに来たばっかで全然わかんなくって。」
「そうだったのか。ここはブルストロード王国っていう所の小さな町だよ。私は子供の時は普通に平民としてここに住んでたからね。この辺りの事なら少しは力になれると思うよ。」
ブルストロード王国か、よし、覚えたぞ。一生忘れない。多分そう遠くない未来にそいつらと対面する気がするし。それにしても元は普通の平民だったなんて、なんか訳ありなのかなレニアさんは。
「レニアは親に売られたんだよ。」
僕が不思議そうにレニアさんの事を見つめていると、後方で様子を見ていたロットがとんでもない事を言い出した。
「ちょっとロット!何言ってるニャン!!」
ケイさんが声を上げた。食料も少なく、水もろくに与えられない身分で大声を上げたのだ。まぁそれも無理もないのかもしれない。それ程までにロットが口にした言葉は衝撃的だったのだから。
「いいよケイ、事実なんだし、隠すつもりもないよ。」
レニアさんは寂しそうな顔を下に向けながら自分の事を色々と話してくれた。
どうやら彼女は本当に親に売られたらしい、金に困っているのにも関わらず、父親は毎日の様に飲みに出かけてたらしい。それにうんざりしていた母親は毎日のように父親と喧嘩していたと言う。そして等々金が尽きた父親は娘であろうレニアさんに姓を捨てさせ、奴隷商人に売ったと言う。母親も金に困っていて特に抵抗もしなかったらしい。
「なんだよ。奴隷の中じゃぁよくある話だろ。」
レニアさんのそんな話を聞いて涙目になってしまってた僕を見てか...ロットは呆れた様な顔でそう言った。
「ロット。あんたにぇぇ。」
「悪いけど俺は先に寝るぞ、食ったら眠たくなってきたし。」
ケイさんが再び怒りを爆発させる前にロットはサッとそんな彼女の言葉を中断させ、直ぐに横になってしまった。
「全くにゃぁ...」
「あいつも悪い奴じゃぁないんだし、別に気にしてないよ。」
ケイさんが呆れた様な言葉をため息を吐きながら口にすると、それをなだめるようにレニアさんはぎこちない笑顔を僕達に向けてくれた。
「あいつはスラム出身でね、弟思いないい奴なんだよ。」
そう言いながらレニアさんはロットの過去について語ってくれた。彼がスラムに弟達を残して来てしまった事や、スリを働いてしまってここにいる事。そのスリも弟が風邪を引いてしまって、治す薬を買うために行った事や。今でもずっと弟達の心肺をしている事も。
あんな事言ってたけど、あいつも色々あったんだなぁ。
僕は再び涙目になりながらロットの事を見つめ直した。涙もろいのは水篠怜の時からである、泣ける映画も泣けない映画も見れば100%泣く自信がある。
「それより私たちも寝ようにゃぁ。ロットの事見てたら私も何だか眠たくなってきたにゃぁ。」
ケイさんは口を大きく開け、あくびをしながらそう言った。
正直僕もかなり眠たかった。今日は色々あり過ぎたし、元々疲れやすい体質をしているのにも関わらず、ここまで持ちこたえただけ奇跡だろう。
僕はケイさんにつられて大きなあくびを連発させた。そのまま僕は壁際で横になり、直ぐに眠りについてしまった。
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「ねぇ水篠くん?熱あるって聞いたけど。本当に大丈夫?」
自室のベッドで横たわる僕の横から聞きなれた可愛らしい声が聞こえてきた。体が動かない位の高熱をだしながも眠れないでいる僕を心配してか、彼女は身を乗り出し、僕に顔を近づけてきた。彼女の手が僕の額に触れる。その小さな手は温かく、それでいて少しひんやりとしていてとても気持ち良かった。
「凄い高熱じゃない。これ病院に言った方がいいんじゃない?」
彼女は僕の額から発せられる高熱を感じると、慌てた様子で僕の額から手を放し、心配そうな顔を向けてきた。その小さな手にひたすら癒されていたかった僕は少し寂しくなってしまった。
「流川さん?わざわざ家まで..ありがとな。」
僕は彼女を視界に捉えると、少しだけ気が楽になった気がした。彼女に感謝の言葉を送り、そのままスッと眠りについてしまった。
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