レン
暗い、暗い世界の中...僕はただボーっとしていた。
何時ものことだ。僕はこの居心地が良いこの世界で奏さんが起こしてくれるまで居座る。そして僕はそんな彼女に感謝する。何時ものこと..いや、少しだけ違和感がある。この世界は何時もと同じ、とても落ち着いて居心地が良い。でも奏さんの事を考えると、何か嫌な事を思い出しそうになる。何だかモヤモヤする。凄く...気持ち悪い...
僕は奏さんの事を必死に思い出そうとした。僕は彼女と何をした?最近会ったのは何時?でも思い出すのは赤く染まったコンクリート...ただそれだけだった。
しばらくするとそのイメージだ段々と明確になっていくのが分かった。コンクリートに横たわる少女、その子に近づく僕...
近づくにつれ、吐き気が増していくのが分かる。
足を止めてくれ!その子の顔を見せないでくれ!!何で体がゆうことを聞かないんだ!!
僕は心の中で叫んだ。只々鮮明になっていくイメージに思うように踊らされ、何かに操られたかの様に僕の視線は少しづつ、確実に少女に近づいて行った。
『女神アラム様の下で文明の発達に協力するのです..』
男の囁き声が聞こえる。気持ち悪い...もう二度と聞きたくなかったあの男の声。何故だかは分からないけど、怒りが舞い上がってくる。この男を許してはならない。そんな心の叫びが聞こえてくる。
そんな中、僕の視線は一気に落ちていった。横たわってた少女の前で止まった視線は少女の顔を捉えてしまった。可憐で美しい奏さん...ではなく、そこには完全に色を失った僕の姿があった。白銀の髪を垂らしながら薄目をずっと開けている。
この時、僕の頭に電撃が走った。思い出したのだ。あの日の事を、奏さんの事を、あの男の事を、怒りの理由を。
『怜くん...ずっと..好きだった...よ...』
電話越しの彼女の最後の言葉が頭の中に響く。虚しく、悲しい彼女の弱弱しい声は僕の怒りを悲しみへと変えていった。
ごめん...ごめん奏さん..君の気持ちに答えてあげられなくて...僕の気持ちを伝えてあげられなくて...
ごめん...ごめん...奏さん...
「奏さん!」
気付くと僕は知らない場所にいた。目の前には鉄の柵があり、薄暗く、明かりは柵の向こう側にあるここからじゃ見えない何か頼みになっていた。目に付く壁はレンガ色をしており、あちこちにひびが入っていた。それに何だか生臭かった。それに加えてかなり強烈な鉄の匂いがそこら中から漂って来た。
これは血の匂い...なのか?だとしたらここはさっきの場所からそう離れてない...
僕は自分の場所を先ずは確認しようとしたが、ある事に気づいた。腹の痛みが完全に無くなっていたのだ。その代わりに物凄い脱力感と空腹感が襲いかかって来た。
僕はあの時の事を完全に思い出したのだ、腹の焼けるような痛みも鮮明に覚えてる。鎮痛剤を飲まされてる可能性もあるけど、そんな医療器具がこんなぼろっちぃ所にあるはずがない。そもそもここが病院な訳がない。ならここは何処だ?犯人の住処に連れてこられた?何の為に?
考えれば考えるほど分から無くなっていった。僕が知る限りでは犯人は通り魔。死体はちゃんと警察が発見してるし、行方不明者が増えたと言うニュースも聞かない。
ならあいつはニュースになってた通り魔じゃなくて全くの別人?
いや違う、あの男はこう言っていた『僕は13人目だと』ニュースで報じられていたのと奏さんも合わせると僕は丁度13人目になる。なら犯人は同一人物である可能性が高い。
なら何故僕だけここで生きてる?犯人は何時も死体を犯行現場に残している。それなのに鎮痛剤まで飲ませて僕をここに連れ込んだ理由って何だ?目的が変わった?いや、僕の家に金目のものなんて一切ないぞ、犯人が手口を変えてまでする事だとは思えない。
「あの、大丈夫かにゃぁ?」
ふと、少し弱弱しい女の子の声が聞こえてきた。僕は慌てて声が聞こえた方へと目を向けると、そこには何処か奏さんに似た幼い少女が立っていた。10歳位だろうか、その少女はぼろい布切れにしか見えない薄汚れたワンピースを着ており、奏さんに似たその長い黒髪を揺らしながらその鮮やかな水色の瞳で僕を心配そうに見つめていた。
彼女は中学時代の奏さんによく似ていたのだ。ただ不思議な事に彼女はかなりリアルな猫耳をつけていた。もしここが犯人のアジトだとすると、何故そんなものを付けているのか理解できない。犯人の趣味とか?
「あの..」
彼女にここは何処なのか、彼女は誰なのかを聞こうと口を開いた瞬間、ある違和感に気づいた。僕の声が変わっていた。正確には幼い少女の様な声に。目の前にいる少女に遅れを取らない位の弱弱しいく、儚げな声に。
声帯を移植されたのか!?いや、何の為に。なんかの実験でも行っているのか?なら犯人は個人ではなく、組織を組んでる可能性が高いな。でもそれだと説明がつかない。何故僕だけ連れてこられた?何故他の12人は死体にして犯行現場に置いてきたんだ?
「本当に大丈夫かにゃぁ..?」
何故この子は語尾に『にゃぁ』をつけているんだ!犯人グループに猫耳娘を演じる様に強制された?だとするとあの妙にリアルな猫耳は本物の猫から移植した...
「げふっっっっあっっっ!」
そう考えた瞬間、強烈な吐き気が襲ってきた。僕は口を大きく開け、涎を床に垂らしていた。ただこんな強烈な吐き気なのにも関わらず、僕は何も吐き出せなかった。只々苦い胃酸が僕の口を通っていく。
「あの!本当に大丈..」
「大丈夫だよ、心配しなくても平気だよ..」
僕は口を抑えながら彼女に心配かけない様に『大丈夫』だと、そう言った。勿論大丈夫な訳がない。奏さんの色を失ったあの瞳をまだハッキリと覚えている。それに拉致られて大丈夫な高校生がいるはずもない。
ただ10歳位の見た目の少女に今年で17歳になった僕が心肺をかける訳には行かなかった。
僕は少し自分を落ち着かせ、辺りを見回す事にした。どうやらここは予想してた通り牢屋の中のようだ、床には数々の赤い染みが染み込んでおり、そこから嫌な鉄の匂いがした。少女の後ろに目を向けるいとそこには横たわった10歳位の男の子と、15歳位の女の子が壁に横たわってるが見えた。
僕は彼らの事が気になり近づこうとしたが、凄まじい違和感を覚えた。僕は小さくなっていた。目の前にいたあの猫耳少女より背が低いであろう体に。
これは黒ずくめの輩に変な薬飲まされたとかそんな展開じゃないだろうなぁ..
僕は物凄い不安を覚えながら柵の外に目をやると、あるものが目に入った。鏡だ。ひびが入っていてかなり不気味だが一応鏡としては機能している。
僕はすぐさま慣れない小さな体で鏡の前に立ち、自分の姿を確認しようとした。
そこには見慣れた白銀の髪を揺らした見覚えのない少女が立っていた。セミロング位はあるであろう髪とその髪色にあった白銀の大きな猫耳。そしてその猫耳よりの大きな水色の瞳。何処か僕の面影がある、かなり整った顔立ちをした少女であった。ただ残念なのは彼女がかなり汚れていたことであろうか。何日も風呂に入っていないような体にあの猫耳少女のような薄汚れたワンピース。その少女の容姿にしばし見惚れ、少し勿体無いと感じていると僕はある事に気づいた。
僕が右手を前に出すと、彼女も同じ様に右手を前に出す。僕が顔を近づけ柵に頭をぶつけると、彼女も同じ様に頭を柵にぶつけた。
有り得ない。体型だけでなく、容姿まで変えられてる。この組織、裏の世界では名の知れた大物なのかもしれない。
僕は自分の容姿を確認し、ある事が心肺になってきた。そう、ぶつである。男の子には欠かせないあのぶつ、もしかしたら性転換されてる可能性だってある。もしそんな事されてたらもう悲しみでどうにかなってしまいそうだ。
ただ悪い予感は的中してしまった。僕はぶつがあるであろう位置に手をかざしたが、そこにそれはなかった。サッパリとそれが存在してなかったかのように、消えてしまっていたのだ。
僕は地面に膝を付き、涙もろくに出やしない瞳に更なる悲しみを覚えながら只々無言で地面を見つめていた。
「あの..本当に大丈夫..にゃぁ?」
気付くとそこには猫耳少女が再び僕を心配そうに見つめている姿が目に入った。
「あぁごめん...心配かけちゃったね..」
僕は慌てて立ち上がり、彼女を少し見上げる形で謝罪の事を送った。
「そうにゃぁ、あなたさっきここに来たばっかニャンよね!自己紹介がまだだったにゃんね。私はケイにゃん!よろしくにゃんね!」
すると彼女は信じられない事にほのかな笑顔を僕に向けて自己紹介をしてくれた。彼女は現状を把握してるのだろうか?10歳位の女の子っていうのは緊張感が無い物なのだろうか?
「レニアだ。よろしく頼む。」
僕が10歳位の女の子の脳に疑問を抱いていると、後ろにいた15歳位のレニアと名乗る鋭い目つきをしたセミロングの金髪をポニーテールにした少女が近づいてきた。
「ん。ロットだ。よろしく。」
すると後ろにいた男の子が横たわったまま僕に自己紹介して来た。顔は見えないが濃い青色の髪をした、今の僕より少し背が高いであろう少年だった。
ここにいる拉致された人達はどうなってんだ?何故こんなに落ち着いてる?
そんな事を考える僕であったが、憎たらしいあの男のある言葉を思う出した。
『貴方...何も理解してないようですねぇ...まぁいいでしょう、貴方もその『転生者』になるのです。向こうに行けば嫌でも理解するでしょう。』
僕も『転生者』になる。『転生する者』つまり僕は生まれ変わったって事なのか?つまり僕は死んだって事なのか..?
生まれ変わったのなら何故僕は赤ん坊ではないのかなど、色々と疑問に思う所はあったが、そう言う難しい事は後で考える事にした。
「僕は、レン..よろしくね。」
姓は名乗らなかった。彼らも名乗らなかったのだから何か名乗ってはならない事情がここにはあるのかもしれない。
ただ僕は今の自分にできる精一杯の笑顔を彼らに向けて、ただのレンを名乗った。