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僕と流川さん

「ねぇ水篠くん?授業始まるよ!早く起きて!!」


真っ暗な世界。何も考えなくても良くて、凄く居心地が良い世界。そんな世界から無防備な僕を引きずり起こしたのはもう聞き飽きた女子の咆哮だった。

僕は仕方なく木製の机との睨み合いを中断し、そんな声が聞こえた方へ目を向けた。

そこには慌ただしく何かを準備する様子の同級生と、一人ご立腹の様子の流川奏るかわかなで。僕の隣に座る女子の姿があった。


「おはよう流川さん、今日もいい天気だからつい..ね。」


僕は体を無理矢理起こし、彼女に穏やかな笑みを向けてどうにかその爆発しそうな怒りをなだめようとした。


何時も何時もこんな怒ってばっかで、美人が台無しだよ..


事実彼女は美人であった。そのサラサラな腰まで伸びてる黒い髪に長いまつ毛、加護欲をそそる小さな口に顔、そして日本人には余り見られない、全てを包み込むような大く、鮮やかな青色の瞳。

こんな整った顔立ちをした女の子が美人でないはずがなかった。


しかし、頭に血が上ってる状態の今の彼女にそんな事を言えば片腕を失うことになるだろう。彼女は柔道を習っているのだ、もう高校2年になるというのに中学生と言っても疑われない様なその小さな体で。しかも県大会で優勝ときた。ここ、花ノ宮高校で物理的に彼女に勝てるのは身長が彼女の倍位ある体育の先生位しかいないだろう。


「もう先生来るって!早く準備しなさいよね!」


彼女はそれだけ口にすると僕に背を向け、隣にある自分の席へと戻っていった。僕はそんな彼女を見届けた後、再び机と睨み合いを繰り広げようとも考えたが、片腕を失いたくなかった僕は仕方なく断念した。


「everyone take a seat please.」(皆さん席に付いて下さい。)


黒板に近い方のドアが開けられると同時に聞きなれた男性の声が聞きなれない言語で聞こえてきた。

どうやら英語の授業が始まるらしい。個人的には英語は好きでも嫌いでもない、ただつまらなかった。他の授業以上に。

僕は基本何でも出来たのだ。というのも勉強限定だが、成績は何時もトップクラスで国一番の大学への進学も既に決まっている。そんな僕が特に英語の授業をつまらないと感じるのにはきちんとした理由がある。僕がハーフだからだ。

父は日本人で母はアメリカ人。そんな二人の間に生まれたのは母譲りの目立つ白銀の髪色に父に似た水色の瞳持った男の子だった。生まれはアメリカで向こうの小学校にも通った事がある僕にとってジャパンの英語の授業なんてイージー過ぎた。


教室の一番後ろの窓際の席。つまり授業中何もしても先生にばれないこの位置で僕の欠伸は炸裂する。ただこの席には一つだけ欠点があった。確かにここで何をしても先生にはばれない、ただ先生以上に怒らしてしはならない人物には絶対にばれてしまう。そう、流川さんである。


こうして僕は受けなくてもいい授業を持続的に口を大きく開き、情けない声を上げながら〈真面目に〉黒板に目を向けて受けてるのである。


こうして僕の地獄の一時間が始まった。

エリックくんの好きな食べ物とか、メアリーちゃんの趣味とか、そんなどうでもいい質問に答える同級生の姿を延々と眺め、自身もトニーくんの自慢話についての質問を答えなくてはならなかった。


キーンコーンカーンコーン

「OK everyone have a nice weekend」(よき週末を)


地獄の時の終わりを告げる神の囁きはジャックくんがどれだけ早く起きれるかという話の途中で鳴り響いた。それと同時に先生は生徒全員に笑顔を向け、その場を立ち去っていった。


先生も疲れてたのかな。まぁ金曜日の最後の授業だし、それも仕方ないかもしれないな。


僕は先生が教室を後にするのを見届けると、自分も教室を出て帰宅部としての部活動を全うしようと考えたが、成績トップの立場がそれを許さなかった。


「ねぇ水篠くん!数学の授業で分からない所があったんだけど、教えてくれない?」

「なぁ水篠!古文の授業で意味分かんない所あったんだけど、ちっと教えてくれよ!」

「水篠!さっきの英語の授業超難くなかったか?俺さっぱりでよ。チャックが空いてるとか何とか言ってた気がするんだけど。どうなんだ?」


正に質問の嵐である。友達は信用できるのが2,3人だけいれば良いと考える僕にとってこの光景は地獄絵図であった。それに最後のは質問の意味が分からない。チャックなんていつ先生が口にした?まさかジャックくんの事じゃないだろうな...

僕は最後に質問して来た男子生徒のジャックをチャックという若干卑猥な事を連想させるような言葉に変えた彼の脳内構造に疑問を抱きながら渋々全員の問いに答えてやった。


気付くと授業が終わってから30分が経過しており、僕はほぼクラス全員からの質問に答え終わっていた。

流石にくたびれた。まぁ毎日ある事なので慣れたと言えばそうなのだが、金曜日の放課後と言うだけあって今日のはかなり酷かった。


「水篠くんお疲れ様。お腹空かない?帰りに何処か食べに行かない?」


机と再び睨み合いを繰り広げようとしていると、隣の席から可愛らしい、穏やかな声が聞こえてきた。僕は顔を上げ、声が聞こえてきた方へと目を向けると、僕前のめりになり僕に顔を近づける流川さんの姿があった。


もう30分も経つのにずっと待っててくれたのか。なんだかんだ言って優しいな、流川さんは。


流川さんは僕が心から信用してる『友達』の一人だ。そんな彼女が僕の事をじっと待っててくれたんだ、ここは断る訳にはいかない。めんどくさがり屋な僕でも一応人の心がある。そんな彼女の誘いをサッパリと断れるはずもない。でも、本当にそれだけなのだろうか?


「オーケー、どうする?ファミレスにする?」


僕は考えるのを止めた。そもそも彼女の誘いを受けた理由について考えてもどうにもならない。大事なのは僕が誘いを受けることにしたと言う決断。理由なんて考えてもその決断が揺らぐ事はない。


「分かった。じゃぁ行こ!」


彼女はとびっきりの笑顔を僕に見せ、支度が終わるのをじっと隣の席で待っててくれた。僕の支度が終わると彼女は直ぐに立ち上がり、既に誰もいなくなった教室を二人で後にした。


ファミレスへの道の交差点。車が走り、赤信号で足を止めてる中、彼女はその小さな口を開いた。


「ねぇ水篠くん知ってる?最近この辺で通り魔事件が多発してるんだって。」


彼女は少し困り果てた顔で僕に問いかけてきた。

無論、僕もこの事件の事は知っている。先月から11人の被害者を出してる連続通り魔事件。警察は一切手がかりを掴めていないらしく、今後も被害者が増える事が予想されてる。


「うん。この辺も物騒になったよねぇ。」


僕はこの事件に対する自分の感想をそのまま彼女にぶつけた。11人の被害者を出したと言っても知らない人だけだし、警察が手がかりを一切掴めていないと言うのも、犯人に感づかせない為の表向きな発表でしかない可能性が高い。先月からの事件だ、日本の警察もなにも掴めていない程無能ではないだろう。

次の被害者が出る前に捕まえてくれる。僕はそう、高を括っていた。


「いらっしゃいませ!」


ファミレスに入ると笑顔の女性店員さんが出迎えてくれた。


「二名様でよろしいでしょうか?」

「はい。」


僕は代表して、そんな店員さんの問いにこたえることにした。僕が答えると店員さんは直ぐに店の中に案内してくれた。窓際の4人用の席に案内してくれた彼女はその作り笑顔のまま頭を下げ、颯爽と店の前に戻っていった。


「取り敢えず何か注文しようか。流川さんは何にする?」


僕達は席につくと二人でメニューを取り、早速何かを注文する事にした。僕が定番であるハンバーグ定食かサイコロステーキで悩んでいると、彼女は少し顔を赤くしてこう言った。


「先ずはドリンクバー頼もう。」


そんな彼女を見て僕の鼓動は何故か加速した。緊張する要素なんて何処にもないはず、彼女はドリンクバーのことしか口にしてないのに、僕の鼓動が加速するのはおかしい。何か変な病気にでもかかったのか?


「水篠くん、どうしたの?」


只々ボーっと彼女の瞳を眺める僕を見て不思議に思ったのか、彼女は更に顔を赤らめてそう口にした。


「あぁごめん、流川さん。ドリンクバーだっけ?先に頼んじゃおうか。」

「奏でいいよ...」


僕が必死の思いで彼女を見つめてた事を誤魔化そうとすると、彼女は顔を真っ赤にして小さな声で僕に自分を名前で呼ぶようにと言ってくれた。僕も鈍感じゃない、これは一種のプロポーズだ。彼女とは中学からの付き合いで色々と世話になってきた、『友達』として。

しかし僕はそれで良かったのか?彼女と別れる時、僕は何時も気付くと寂しそうな顔をしていたし、彼女と面と向かって話すと何時も鼓動が早くなっていた。


「じゃぁ僕も、れんでいいよ...」


ファミレスと言う雑音が響く、考え事に適さない場所に加え、この短時間で『愛』という複雑な感情の整理がつくはずもなく、僕はただ彼女を真似て自分の名前で呼ぶように言った。

死んだ母さんがつけてくれたと言う名前、れん。感覚が鋭く、賢いと言う意味合いを持つその名前は僕をここまで育て上げてくれた母さんの思いだ。


沈黙が続き、少し気まずい空気が流れる。そんな中僕は覚悟を決め、ウェイトレスを呼ぶためのボタンを押した。

注文を済ませると、下に向いて顔を隠していた流川さ...いや、奏さんは少しだけ何時ものペースに戻り、僕に色々な世間話を持ち掛けてきた。


食事を終え、そろそろ帰ろうとすると彼女は慌てた表情でファミレスに置いてある時計に目を向けた。


「今日バイトあるんだった!完全に忘れてたぁ!」


奏さんは頭を抑え、下を向きながら何やら困り果てた様子だった。


「えっ?奏さん大丈夫?間に合いそう?」


僕は横から彼女の顔を覗きながら問いかけてみた。しかし、もう学校が終わってから1時間以上経ってる。何時からなのかは知らないけど、間に合う訳が...


「まだ20分位あるし、走ればギリギリ間に合いそう。じゃぁね怜くん!今日は楽しかったよ!」


どうやらまだ間に合うみたいだ。僕は安心し、ほっと胸を撫でおろした。

しかし、彼女は慌てた様子で立ち上がり、早歩きでファミレスのレジに向かい、自分の分の会計をすました。


本当に大丈夫だったもだろうか。

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