目的地
不思議な家だった。
あんなに小さい外観からは考えられない広さ、家具はどれもきちんとしていてまるでお金持ちの別荘だ。部屋のドアはいくつもあり奥行きの広さを感じさせるものだ。マルクは、落ち着いた雰囲気の大人だが無口過ぎる。さっきから喋っているのはハーデスだけだ。
「だから、さっきから説明してるだろ。オルクだ。とにかくこの子を何とかしてやりたいんだよ。でも、俺じゃちょっと力不足かなと。たのむよ。何なら依頼ひとつ無料サービスするからさぁ。」猫なで声のハーデスは、少し気味悪いけど、あれでも会話にはなっているらしい。
マルクがこちらを見た。
「何処へ向かうつもりでしたか?貴方の目的地は、もしかしたらこの大男と同一かもしれません。ですが、少し問題もあります。」
マルクの瞳に冷たさはないが、冷静な話し方は大人に話すようだと感じた。
いったいどこまでバレているのだろう。なぜ、自分は逃亡しようとしないのか?あんなに両親から言われた村の掟なのに。
目的地と言う言葉が重くのし掛かる。
「おい、マルク。お前さんのスペックの高さは分かるが、おチビさんには、酷ってもんだ。
ゆっくり話してやれよ。用件だけを掻い摘み過ぎた。
ほら、また青い顔になってる。
大丈夫だよ。こんな怪しげな家に住んでるけど、力は充分持っているんだ。何たって賢者の称号を持つ世界の3人の内の一人さ。」
少し得意げにハーデスが言った。
賢者。。。また、びっくり箱がひっくり返った。
この世界で賢者の称号を持つなんてエレツ帝国の皇帝陛下より凄い人物かも。ハーデスのSSランクと言い、もう何に驚いたらいいのかわからない。
考えがまとまらないまま、俯いた。
「ハーデス。だからお前さんは厄介なんだ。ほらご覧、余計混乱しているだろう。それに、賢者の称号は本来何の意味もないものだ。この世界の本当の危機には何の役にも立たないのだから。」
マルクの顔が初めて曇った。
「それより、オルク。まずはここに座ってこれを飲みなさい。」
柔らかな1人掛けのソファーに座るように促され、ホットミルクを渡された。えっ、どこから来た?
混乱は続く。
「子供には、ホットミルクだ。本には必ず書いてある。これさえ飲めば落ち着く。」
自信のありそうなマルクの言葉とは別に微妙な空気が流れる。
顔をあげて思い切って言う事にする。
「あの、僕はアイル民国から砂漠を超えてリュイ公国へ行きたいんです。でも、お金も無いからまずは働かないと。」
このままでは、目的も前に進む事も出来ない。マルクとハーデスを信じて、本当の理由を少し隠しつつリュイ公国へ渡りたい事は告げた。もしかしたらハーデスのような冒険者に同行させて貰えるかもしれない。
ちょっと欲張りな希望と分かってはいたが、大胆になる事も必要な時もある。
「そうですか。。。分かりました。この大男と私が貴方を送り届けましょう。但し、ひとつだけ大切な事があります。オルク、メダルを持っていますか?」
まさか、そこまで。喜びに湧いたのもつかの間、最後のセリフに固まる。
分かっていた。メダルはこの世界で持っていないのは逃亡中の犯罪者だけなのだから。
だけど、両親はメダルを僕にくれなかった。
もちろん、ふたりが持っていたかも謎だけど。
メダルが無いとマルクが聞くなんて。どうしたらいいのか。また、掟の話が頭を巡る。
頭を抱えているとマルクの声が響いてきた。
「あ、慌てさせましたね。知られていませんがたまにメダルを持っていない子もいるのです。
国自体が手の届かない場所にいたり親と生き別れたり理由は様々ですが、犯罪者だけではないから安心しなさい。
では、メダル獲得は私がしましょう。それより大事な問題があります。
とにかくオルクは少し食べなさい。
その身体では、砂漠を飛龍に乗っても超えられません。体力をつけなければ。」
マルクの言葉は今までの不安を拭うのに充分だった。メダル問題は大きな悩みだったのだから。
だから、胸を撫で下ろしていた自分には、マルクとハーデスの間にあったアイコンタクトは気がつかないままだった。