マルクの所へ
満腹になる幸せに久しぶりに浸りながら、これからの事を考える。
最後の生き残りになってもう、1年が経った。
閉ざされたあの村には、沢山の本も食糧の備蓄もあったが、たった8歳の子供には生き延びるのは困難な作業だった。もし、自分が前世の記憶を取り戻してなかったら間違いなく生きてはいまい。
両親が息を引き取って泣きくれていたあの時、突然頭の中に奇妙な風景が浮かんできた。
まるで昨日の事のように。
そこは、日本と呼ばれる世界で俺は35才のおじさんだった。特に何事もない毎日が続いていた。
中規模な会社では、そこそこ仕事を任されるけど今ひとつ熱意がないのか出世は出来ない。
恋人ももう何年もいないけど、それもあまり気にしていない。そう、このいい加減な雰囲気が駄目オヤジのレッテルになるんだ。
家では、特にすることもないから本を読むくらいかな。本も今時のラノベや漫画ではなく、百科事典や専門書。どの分野でも知らない事を知るのが唯一楽しい事だったから。これでは、友人も遠ざかる。会うたび、雑学話ではお呼びが掛からなくなるのに不思議は無い。
でも、こちらの世界でこの雑学は役に立った。
それに孤独に耐えるのにもこの記憶が無ければ、まず保たなかった。
自分が最後どうなったかの記憶はない。
あんまり楽しい記憶では無いからまあ、なくても困らないけど。
この世界の知識を、必死に本で勉強して1年経って、あの村を出た。
勿論、沢山の特訓もした。最後の一人として。
「おい、おい聞いているか?」
大男の声に、考え込んでいた状況にびくっとする。
「名前だよ。名前。おっちゃんはハーデスって言うんだ。お前さんの名前は?」
「はい、オルクです。」
「よし、オルク。これから俺の友達の家に行こう。おっちゃんは冒険者だからオルクに何してやればいいかもわからんのだよ。頭のいいやつだから、きっと知恵がある。ここからすぐだから。」
おっちゃんは、そう言うと僕を抱き上げようとした。
「待って下さい。僕、そんなにお世話になるつもりじゃなくて。少し働かしてもらって恩返ししてからひとりで行きます。」
僕は慌てた。怪しい子供だと、どこか役所に連れて行かれるかもしれない。最後の生き残りだと分かったら命だってどうなるか分からない。
「こら、そんなに青い顔して怖がるな。オルクは知らないかもしれないけどな、その翠の目はこの世界ではちょっと特殊でな。そのままなら、よくて人さらい拙りゃ研究所行きになり兼ねない。
おっちゃんは、冒険者ではちょっぴり名の売れた人間でランクもS Sなんだよ。まあ後で証明書見せるけどな。これから行くマルクって奴は、知識だけはめちゃ多い引きこもりでな。だけど、間違った事は絶対にしない。それだけは確かなんだ。
まぁ、おっちゃんはちょっとトラブルがあってここに来たのも5年ぶりでな。奴の力を借りにきたんだよ。まあ、信じられないのも当たり前かぁ。
よし、じゃあおっちゃんのメダルをオルクに渡すよ。これがなきゃここでは生活出来ないからな。これで安心かな。」
メダル。。。
それはいつもは体内に仕舞われる自分を証明するものでありこれが無ければ、仕事も移動も何も出来ないはず。
こんな怪しい子供に渡すものではない。
「駄目。メダルを渡すなんて。危なすぎるよ。
いくら伝説のSSランクの冒険者だって駄目だよ。」
あまりのびっくり情報の多さに狼狽えつつ取り敢えずメダルを渡そうとするハーデスを怒る。
「はははは。メダルはナイスアイデアだったなあ。とにかく持っててくれ。俺の勘は滅多に外れない。オルクは信じれる。俺はオルクを信じるよ。」
とびきりの笑顔で言うハーデスは、金髪をキラキラさせながら青い瞳で見つめてくる。
マルクの所へ行く方がいい気がする。
自分の勘も外れはまず無い。このハーデスもマルクもなんだか安心出来る気がした。
村を出るまでの警戒心はいいのかと訴えるが確かに子供がひとりでは前に進めないかも知れない。
「ハーデスさん、とにかくこのメダルは返します。僕、マルクさんの家までついて行きます。」
ハーデスは、少し驚いてからまた大きく笑った。