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作者血迷いシリーズ(恋愛)

騒がしくも寂しげな後輩

作者: naginagi

 インクや紙の匂いが微かに香る静かな教室。

 そこで俺は一人静かに小説を読んでいる。

 本はいい。

 気持ちを落ち着かせてくれる物や胸を昂らせてくれる物、感動させてくれる物と色々ある。


 今でこそライトノベルといった物もあるが、俺はそれを悪いとは思わない。

 純文学では手に取り辛かった活字本も、ライトノベルであれば気軽に手に取れたりできる。

 そこで純文学が気になれば取ればいいし、そのままライトノベルだけを読むのだって自由だ。

 誰が何を読むかなど、他人が決める必要はない。


 社会人になって「君は〇〇を読んだ事がないのか」と言ってくる上司もいるとかいう話をどこかで聞いた事があるが、必ず読まなければいけない本など俺個人からすればないと思っている。

 そもそも強制的に読まされた本が面白いと感じることができるだろうか。いや、ないだろう。

 本とはそもそも興味を持った物を読むところから始まるのであって、興味のない物を読んでも内容を全く理解しないまま終わる事がほとんどだろう。


 とまぁ本を読みながらふと思った事を考えてみたが、やっぱり自分の読みたい本を読むのが一番という結論に至った。

 そんな静寂を破るように廊下から騒がしい足音が聞こえてきた。

 来た……ヤツだ……。

 この部屋の前に到着するなり思い切り扉を開ける。


「せーんぱいっ!」

「うっせぇ! 静かに入ってこいっつってんだろ!」


 大きな声で挨拶しながら部屋に入ってきたのは、高校2年生である俺―坂井(さかい) 亮太(りょうた)の後輩にあたる1年生の東野(ひがしの) さきである。


「えへへーっ」

「だから何でそこで笑顔になるんだよ……」

「べーっつにー?」

「はぁ……」


 まだ二ヶ月も経っていない程の付き合いだが、未だにこいつの事がよくわからない。

 東野は俺が所属している読書愛好会に入部したいと言いつつ、特に読書に興味がないという。

 なら何で入部したいのかを聞くと、俺が一人で読書しているのが面白いからというふざけた理由だった。

 流石の俺もつい初対面で失礼な事を言う東野の頭にチョップをした。

 チョップをした後、やべぇと思ったのだが東野は特に怒る事なく逆に笑みを浮かべてきた。

 そして俺に対して「これからよろしくお願いしますねっ先輩っ!」と言ってそのままなし崩し的に入部したというわけだ。

 うん、俺も言ってて意味がわからない。

 何でチョップして怒ることなく笑顔になって入部しますになったんだ?

 ドMなのか?

 ……いや、考えないでおこう、ドツボにはまりそうな気がする。


「それで先輩は今日は何を呼んでたんですかー?」

「んっ? 昨日本屋に行った時に気になったファンタジー物」

「先輩ホントジャンルバラバラですよねー。昨日までは悪役令嬢物で今度はファンタジーですかー」

「気になったもんが読みたいだけなんだから仕方ねえだろ。つかお前も一応部員なんだから何かしら読め」

「えーっ……私は先輩が本を読んでる姿をじっと見つめてるだけでいいですよー」

「だからじっと見られんのは気が散るって何度……」

「あっもしかして先輩私に見つめられると照れちゃうのかなー? まぁ私美少女ですし仕方ないですよねー」

「自分で美少女言うやつにロクな奴はいねえって聞くが、お前を見ているとホントのようでイラっとする」

「あっもしかして欲情しちゃいましたー? 私のセクシーな身体なら仕方ありませんよ……ふにゅっ!?」

「少し黙ってろ!」


 今日もつい黙らすためにチョップをしてしまった。

 俺こんな暴力男じゃないんだけどなぁ……。

 他の女子にたまに本の事でからかわれたりする事はあるが、特に手を上げた事はないのに何故東野には上げてしまうんだろうか……。

 いや、俺も抑えなきゃいけないんだけどさ……。


 俺にチョップをされた東野は両手で頭をすりすりとしている。

 そして俺が見ている事に気付くとニコっと笑みを浮かべる。

 ……やりにくい。

 不本意だが、こいつが言ったように東野は確かに美少女の類だろう。

 綺麗なショートな黒髪に整った顔にスタイルもいい。

 まぁ胸はそこまででもないようだが。


 こんな感じのやり取りをほぼ毎日行っているのだが、東野は全くと言っていいほど本を読もうとしない。

 ただただ俺に絡んでくるだけだ。

 愛好会という事で俺以外にも部員はいるのだが、他は名前だけ借りた幽霊部員であり俺以外に来るやつはいない。

 そのせいもあって男と女二人だけなのだが、不思議と外野がその事についておちょくったりしてこない。

 いやまぁからかわれないに越したことはないんだが。


 そんなこんなで下校時間を知らせる鐘が校内に鳴り響く。


「さて、部屋閉めるから先に出てろ」

「はーい。あー今日も楽しかったー」

「全く……」


 まぁこいつのからかいは嫌悪するっていう感じのからかいじゃないからな。

 初対面時からそういう付き合いになってしまったのは否めないが……。

 東野が部室から出るのを見て忘れ物がないかを確認してから部室を出て鍵を閉める。

 まだ6月というのもあって、日は沈みきっていない。

 夕焼けの中を俺と東野は一緒に下駄箱に向かう。

 下校時間なだけあって、校舎の中には生徒がほとんどいないのもあって静かだ。

 東野も東野で、部室から出ると途端に静かになるんだよな。

 まぁそれは校舎限定なわけで、靴を履いて外に出ると……。


「じゃあ先輩っ! また明日部室でっ!」

「お前はもう少し落ち着きという言葉を覚えろ」

「えー……だって先輩からかうの面白いですしー……ふにゃっ!?」

「先輩をからかうな!」

「えへへっ……」


 そう、この校門を出る直前になって見せる笑っているのに少し寂しげな顔。

 だが俺はその表情の意味をこの時は全く理解していなかった。



 ☆



「んっ……」


 翌日、目覚ましの音に起こされ俺は目を覚ます。

 もう朝か……。

 目を覚まして周りを見ると、ベッドの上には寝るまで読んでいた小説が変に折り目を付けて置かれていた。

 やっべまたやっちまった……。

 ついつい夢中になって寝落ちするまで読んでしまっていたせいだ。

 しかもベッドの端に置いてある小さなランプも点けっぱなしだ。

 俺は読んでいた小説を元に戻してリビングへと向かう。


「母さんおはよー……」

「ご飯できてるわよー」

「へーい……」

「お兄ちゃんまた本読んで寝落ちしたの?」

「……なんでそう思った?」

「お兄ちゃんがそうなる場合って、身体を右向きにするから顔の左側に少し痕ができるんだよね」


 妹よ……お前の洞察力すげえな。


「じゃ、私朝練あるから先に出るね。お兄ちゃんも遅刻しないようにね」

「へいへい、頑張ってな」

「うんっ! 行ってきまーっす!」


 我が妹ながら元気な事で。

 まぁ今中学三年だし、引退試合も近いから張り切ってるせいだな。

 さて俺も飯食ってさっさと支度して学校に向かうとするか。



 とまぁ学校に着いたとしても特にやることはないため、ホームルームが始まるまで続きでも読んでるか。

 特別親しいと言える友人は……少数だがいる。

 だが全員別のクラスなのだ。

 そのため二年になってからのクラスでは特に親しく話す奴がいない。

 いやまぁ俺が暇さえあれば小説を読んでいるせいなのもあるのだが……。

 たまに読んでる小説に反応してその類のクラスメイトが話し掛けてくるが、俺は語るというよりただ読んで楽しむタイプなので少し波長が合わないのだ。

 そのせいもあってその類のグループに入るわけでもなく、またその正反対のグループに入るわけでもない宙ぶらりんな立ち位置となってしまった。

 数少ない友人からは「亮太は運動神経も悪くないし、本さえ読まなければまともなんだけどねー」とは言われているが……そこは性分なんだ譲れないところなんだすまない。

 自分で言うのも難だが、俺は本の虫というわけでもないんだけどなぁ……。


 放課後となり、俺は一人部室へと向かう。

 そして一人静かに本を読む。

 だがいつもと違う事が一つあった。

 いつもなら遅くても騒がしく来ているはずの東野がいつまで経っても来ないのだ。

 活動日が月曜から金曜日のフルとなってはいるが、特に来ないといけないという事ではないので来る来ないは本人の好きにしていいとは言ってはいるが、昨日別れる際に「また明日」と言っていただけに少し気になった。


「一応連絡しておくか……」


 えーっと……『今日どうかしたか? 体調でも崩したか? そうだったらお大事にな』っと。

 まぁあいつだって風邪引く事ぐらいあるだろうし、そういうのは仕方ないだろう。

 しかし……。


「なんかいつもより時間過ぎるの遅ぇなぁ……」



 ☆



 翌日、授業も終わり部室で本を読んでいると廊下から騒がしい音が聞こえてきた。

 そして勢いよく部室の扉が開けられる。


「せーんぱいっ! 来ましたよー!」

「だから静かに入ってこい!」

「えへへー」

「てか昨日来れないんだったら一言言ってくれてもいいだろうが。また明日なんて言うから何かあったのかと思ったぞ」

「あー……それについてはごめんなさい。ちょっと……風邪引いちゃって連絡できなかったんですよねー。あっ! 風邪ならもう治ったんで大丈夫です! だから今日も先輩をいじれます!」

「いじらんでええわ!」


 全くこいつときたら……。

 まぁ風邪が治ったばっかりっていうし、今日はチョップはやめといてやるか。

 ……あくまで東野が反射的にさせようとしなければな。



 ……おかしい……。

 いつもならもっとちょっかい掛けてくる東野が大人しい……。

 てか大人しいというか、いつもなら対面で俺をじっと見てくるのに今日に限っては横に座ってじっとしている。

 熱で少しおかしくなったか?


「ひっ東野……」

「はい? 先輩どうかしましたか?」

「やっぱり体調悪いのか?」

「へっ? 何でですか?」

「いや……だってお前今日大人しいし……」

「それどういう事ですかー! 私は立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花と言われる程の美少女ですよ!」

「牡丹というより猪だろお前……」

「どういう意味っすかー!」


 とまぁ話し掛ければ元気な様子を見せるのだが、やっぱりどこか変だ。


「……何かあったのか?」

「何でもないですよー。だから気にしないでいいですよー!」

「無理しなくていいぞ」

「えっ……?」


 自分でも何でその言葉が出たのかわからないが、とにかく今の東野はどこか無理をしているようだった。

 だからつい言葉が出たのだろう。


 俺の言葉に東野は驚いたような顔をして俯く。


「……じゃあ……少しだけいいですか……?」


 そう言って東野は俺に小さく抱き着くように右肩辺りに顔を埋める。

 突然の事で驚いたが、小さくすすり泣く声が東野から聞こえたため、俺はじっと肩を貸す。

 しばらくするともう気が済んだのか、東野は俺の右肩から顔を離す。


「えへへっ、先輩ありがとうございます」

「気にすんな。元気のない東野はなんか気味が悪いと思っただけだ」

「あー! もう酷いですねー! そんなんじゃ彼女なんてできませんよー!」

「うっ……」


 それを言われると反論のしようが……。

 だが東野はふふっと声を出して笑って俺を見つめる。


「でも先輩って優しいですし、ちゃんと先輩の趣味をわかってくれる人がいたら彼女できるかもしれませんね」

「まぁ気長に探すよ。つか東野の好きな男のタイプってどんなのなんだ?」

「えっ? 私のタイプですか? んー……」


 悩むって事はまだ決まってないって事か。

 まぁ高校生の恋なんてすぐに変わるし、悩んだって仕方ないよな。

 つか俺もタイプって言われてもすぐには思いつかない。

 さっき東野が言ってたように、俺の読書好きっていう趣味を理解してくれるってのが前提になっちまうんだよなぁ……。

 すると東野が思いついたのか、あっと声を出す。


「私のタイプはですねー……私を見てくれる人ですかね?」

「……どういう意味だそりゃ」

「さぁ何でしょうねー」


 意地悪っぽく小さくべーっと舌を出して微笑む東野。

 不覚にも可愛いと思ってしまった……。


 そんなたわいのない話をしていると、東野の携帯に着信音が鳴る。

 東野は俺に一言言って慌てて廊下へと出てしまう。

 まぁ年頃の女の子だし、男に電話の内容なんて聞かれたくないよな。


 しばらくすると通話が終わったのか、東野が部室の中へと戻ってくる。


「あっすいません先輩、私用事でもう帰らないといけないんで帰りますね!」

「おう、気を付けて帰れよ」


 そう言って東野は走り去っていった。


 東野が帰った後、俺は一人本を読んでいつも通り下校時間になったため部室を出ようとする。

 すると扉の前に一枚のハンカチが落ちている事に気付いた。

 少なくとも俺が部室に入った時にはなかったはず。

 となると東野のか?

 慌てて帰ったからその時に落としたのかもな。

 なら明日届けてやるか。



 ☆



 翌日、俺は少し早めに学校へ登校し東野がいる教室へと向かう。

 とは言え、1年のクラスに上級生がずかずか入るのはあまりよろしくない。

 なので近くにいた東野と同じクラスであろう女子生徒に声を掛ける。


「そこの一年生、同じクラスの東野呼んでくれる?」

「えっ……? ひっ東野さんを……?」

「昨日部活の時に落とした物を届けに来たんだけど、いいかな?」

「えーっと……」


 声を掛けた女子生徒は何故かおろおろとしてしまう。

 あれ?

 俺何か変な事言った?


 女子生徒があまりにおどおどしすぎたのを見かねて、その友人であろう女子生徒がクラスの中に入って東野を呼んでくれることとなった。


「……東野さん、ちょっといいかしら」

「何……」


 その時、ふとクラスを覗いた事を俺は後悔した。

 普段の東野からは想像つかないような冷たい目をした東野がそこにいた。


「……部活の時に落とした物を届けにきた男の先輩が来たから東野さんを呼んでくれって……」

「っ!?」


 東野は慌てて教室の入り口に目をやって俺の姿を確認する。

 だがその表情はただ驚いていたというものではなかった。

 まるで何かに怖がっているようだった。


「嘘……何で先輩が私のクラスに……」


 小さくて聞こえなかったが、確かに東野は何かを呟いていた。


「東野さん……? 大丈夫……?」

「っ!? いやっ! そんな目で私を見ないでっ!」

「きゃっ!?」


 東野の様子に心配して手を伸ばそうとしたクラスメイトの手を東野は突然声を荒げて振り払うように叩く。

 そしてそのままうずくまるようにしゃがんでしまった。

 その様子に周りの生徒は近付くに近付けず、ただ見守るだけだった。

 俺は突然の東野の豹変具合に驚くが、一先ず落ち着かせるしかないと思いそのまま教室へと入って東野に声を掛ける。


「東野、落ち着け」

「せんっ……ぱい……?」

「あぁ、俺だ」

「せん……ぱい……せん……ぱい……」


 東野は泣きじゃくりながら俺にしがみつく。

 俺は東野を支えながら保健室へと向かう事にした。

 一応近くにいた生徒に俺の教室と授業に出れない事情を先生に伝えてとお願いした。

 ……伝えてくれるといいなぁ……。



「落ち着いたか?」

「はい……」


 東野が俺にしがみついて離れなかったため、俺は保健室のベッドに一緒に横に座ってしばらく宥めていた。

 そうして落ち着いたのか、東野は俺から離れて横に座ったまま俯いたままじっとしている。


「ごめんなさい……」

「それは何に対してのごめんなさいだ?」

「先輩に……迷惑掛けてしまいましたので……」

「そこまで迷惑ではなかったけど、とりあえず手を叩いた女の子には謝っておこうな」

「はい……」


 ともかく事情は……聞かない方がいいな。

 せっかく落ち着いたのにまた混乱させてもいけないし。


「授業はどうする? 早退するか?」

「……はい……」

「わかった。先生には俺から体調不良って事で伝えておく。それと荷物も取ってくるからここで待ってろ。んで家の人がいるなら俺が行ってる間に連絡して迎えに来てもらえ」

「はい……ありがとうございます……」


 さてと、時間的にホームルームの時間だし担任いるから東野のクラスに行けば一度にできるな。

 そう思って立つと、東野は俺の制服の裾を弱弱しく掴む。


「何も……聞かないんですか……?」

「気にならないと言えば嘘になるが、言いたくないのに無理に聞くつもりはないな」

「そう……ですか……」


 俺が答えると東野は裾から手を離してくれた。

 さて、さっさと行って戻ってくるとするか。


 東野の教室へ行き、担任に東野が体調不良で早退する事を伝えて荷物を受け取って保健室へと向かう。

 東野の担任も特に何か聞いてくることもなく、ある意味スムーズにいけた。

 保健室へ戻ると、東野はちょうど連絡を終えたところで、後10分程で迎えが来るとのことだ。

 10分なら……まぁ一限始まって少しだしいいか。

 迎えを待っている間俺と東野は何も話さなかったが、気持ちを落ち着かせるために静かな時間というのは大切だと思う。

 ただ東野は不安そうに俺をチラチラと見ていたが……。

 うーん……こんな状態の東野の前では少し不謹慎だが、調子が狂う……。


 そして東野の携帯が鳴ったため、迎えが来たのだろうと判断した。

 俺は東野に連れ添って校門まで行く。

 するとそこには少し高そうな車とスーツ姿の少し齢を行ってそうな男性が立っていた。

 俺は東野の荷物を持ってあげて東野が車に乗った後にその荷物を渡す。

 東野は一言俺にお礼を言い、そのまま家へと帰って行った。

 東野を送った後俺は一人教室へと戻って授業を受けた。

 だが、東野の事が気になってその日の授業はあまり頭に入らなかった。



 ☆



 翌日、東野の様子を見ようと休み時間に教室に行ってみたが東野は休んでいるらしい。

 一応連絡してみたが、返信は来なかった。



 東野が学校へ来なくなって一週間が経過した。

 流石に心配した俺は東野の見舞いをする事にした。

 したのだが……。


「東野の自宅へ……か……」


 どの先生に聞いても教える事に難色を示すのだ。

 一応俺は部活の先輩ということで、見舞いとして行くのは特に問題はないのだと自分では思うのだが……。

 やっぱり女の子の家に男の俺が行く事は先生たちからしたら抵抗があるわけか……。

 するとそこに助け船が通った。

 東野の担任だ。


「先週の様子から東野さんも彼の事を信用しているようですし、教えてもいいと思いますよ。それに東野さんに何かあったら彼がどうなるかの方が心配でしょうしね」


 東野の担任はアハハと笑いながらよくわからない事を言う。

 だけどおかげで東野の自宅の住所を教えてもらえた。

 てか東野に何かあったら俺がどうにかなるのか……。

 ……逮捕とかの意味でって事か?

 勿論気を付けるが……もっと気を付けよう……。



 放課後、東野の自宅へ向かったのだが……。


「でっか……」


 所謂高級住宅と言われる類の大きい家のシステムで開く門の前に着いた。

 住所……あってるよな?

 表札に書かれてる住所と一緒だし……。

 俺は意を決してインターホンを押す。


『どちら様でしょうか?』


 インターホンに出たのは男性の方だった。


「あの、じぶ……私、東野さんと同じ高校の2年の坂井と言います。今日は東野さんのお見舞いで伺いました」


 少し挨拶が変になってしまったが、たぶん通じる……はず……。


『……少しお待ちください』


 しばらく待つと、『どうぞ』と声が掛かり門が開いて中に入れるようになった。

 俺は色々な花が咲いている庭や大きな噴水などを挙動不審になりながら見ながら屋敷へと向かう。

 屋敷の前に着くと、中から先週東野を迎えに来たスーツを着た男性が現れ、俺を東野の部屋に案内してくれた。

 そしてその男性は部屋の前に着くと、ノックをして声を掛ける。


「お嬢様、坂井様をお連れしました」

「……どうぞ」

「失礼いたします」


 部屋の中に入ると、東野は薄桃色のジェラート ピケと呼ばれる寝間着を着てベッドに座っていた。

 その表情は暗く、先週見た冷たい目をしていた。


「もういいわ。貴方は出てって」

「畏まりました」


 そう言って俺を案内してくれた男性はそっと部屋から出て行った。

 部屋の中には俺と東野以外誰もいなく、静寂が続いた。

 その静寂を破るように東野が口を開く。


「……先輩、何できたんですか?」

「そりゃぁ一週間も学校休んでたら心配にもなるだろ」

「心配……ですか……」


 いつもの騒がしい様子を一切見せず、東野はただ淡々と喋る。


「じゃあ私が平気ってわかったからもう大丈夫ですね。はい、お疲れさまでした。どうぞ帰ってください」

「はっ?」

「聞こえなかったんですか? 私が心配だったんですよね? ならもう用は果たしましたよね? ですので帰って結構ですよ」

「お前……人が心配して見舞いに来てその態度は……!」

「――なんて――よ……」

「何だ?」

「心配だけなんてされたくないんですよ!」


 突然東野が大声を出して俺を睨みつける。


「誰もかれも私の事を可哀想とか傷付いてるとかそんな事ばっかり! もううんざりなんですよ! 兄さんたちも私の事を心配ばっかりして、会社の事は自分たちに任せて私は学校生活を謳歌しろだって? ふざけないで! お父さんとお母さんが亡くなって二人だって悲しいのに何で私だけそんなふうに扱うんですか!」

「ひっ東野……」

「その学校生活だって誰もかれも私の事を腫れ物のように扱って! 東野グループの一人娘が何なの! 両親が亡くなって辛かったねなんて言われてもそんな事百も承知なんですよ! 両親が亡くなって悲しまないわけないでしょ! 皆私の事を『両親を亡くしたばかりの東野グループの一人娘』としか見ないんですよ! 誰も……私を……東野 咲を見てくれないんですよ……」


 東野はぽろぽろと涙を流し、顔を両手で隠してしまう。


「……でもそんな時……先輩に会いました……。両親を亡くしたばかりの私は何もかもやる気が……それどころか生きる気力さえ抜け落ちていました……。担任も私を気遣って何か部活に入らせて気を紛らわせたかったんでしょう……。私はどうでもいいと思いながら言われるまま入部する部活を探しました……。そして先輩は覚えてなかったですが、私とぶつかったんですよ……? その時先輩なんて言ったと思いますか……?」

「……悪い、覚えてない……」

「『ほらちゃんと前見ろ。下ばっか向いて歩いてんじゃねえ』って言ったんですよ……? しかも先輩がぶつかったにも関わらず……」

「それは……悪かった……」


 確かに4月頃誰かとぶつかったことがあったかもしれないが……あの時は用事があって急いでたのもあったような……。


「ホントですよ……。でも私はそれが嬉しかったんです……。皆が私を腫れ物のように扱う中、先輩だけが私に対して普通に接してくれた……注意してくれた……。だから私は先輩のいる部に入部しようと思ったんです……。まぁ下調べで先輩のいる部は先輩以外来ないって事がわかったのである意味安心したんですけどね……」

「何で俺以外がいないと安心したんだ?」

「言ったじゃないですか……誰もかれもが私を腫れ物のように扱うって……。少なくても私の事を知っていたらきっと何かしらのリアクションは起しますからね……。その点先輩は私の事を知らないようでしたし、好都合でした。まさか私の名前を聞いても大企業の東野グループと関連付けない人がいるとは思いませんでしたからね」


 それはあまり新聞やニュースを見ていなかったからであって……。

 まぁ特に気にしていなかったせいもあるか……。


「だから俺の前で馬鹿やってたのか?」

「……私……お父さんたちが生きてた頃はよくお父さんをからかって怒られてたんですよね……。それをお母さんが宥めて……兄さんたちが私を慰める……そんな日常でした……。でもお父さんとお母さんが亡くなって……そんな日常はもう戻ってこないのを実感しました……。でも先輩は私の事を知りません……。知らないが故に私の事を怒ってくれる……叱ってくれる……注意してくれる……それが嬉しくて……楽しかったんです……。でももうそれも終わりです……」

「終わりってどういう事だ……?」

「だって先輩……私の事知っちゃったじゃないですか……。そしたらもう私の事……叱って……くれないじゃないですか……。私の事を知った人たちは途端に接し方を変える……。『東野 咲』ではなく『東野グループの一人娘』に変わってしまうんですよ……。だから先輩も……うにゅっ!?」


 俺は話を聞いてて少しイラっとしてついいつものように東野の頭にチョップをする。

 東野は俺のチョップに驚いたように目を見開く。


「せっ先輩……?」

「お前が東野グループの一人娘ってのはわかった。でもお前はそれを笠に着て威張ったりしてるか? してないだろ? なら俺だって普通に接するわ。それともそういう風に接してほしいのか?」

「いっいやです!」

「なら俺らの関係は終わりにはならないだろうが。俺はお前の先輩で、お前は俺の後輩の東野 咲だ。無神経だろうがなんだろうが好きに思え」

「ははっ……先輩ってホントばかですね……」

「ていっ!」

「うにゅっ!」

「先輩に対してばかとはなんだ!」

「えへへっ……」

「お前はばかみたいに笑ってりゃいいんだよ」


 俺の後輩は……東野 咲はこうじゃねえとな。



「ところで先輩、どうやって私の家の住所知ったんですか? 先生たちはたぶん教えなさそうだったのに」

「お前の担任が何か口添えしてくれて教えてもらった。何かお前が俺に懐いてるとかいう理由で」

「なっ!? そそそそそんな事ないですよ! 私は孤高の美少女ですからね! 誰かに懐くなんてないですよ!」

「そのセリフさっきのお前に聞かせてやりてえわ」

「うぅ……先輩の意地悪……」

「わりぃわりぃ」


 俺はついぽんっと東野の頭の上に手を置く。


「んっ……」

「あっわりぃ」

「いいですよ……先輩の手暖かいんで……」

「そっそうか……」


 ……気まずい……。

 東野は東野でじっと目を瞑ってるし……。

 何か話題を……話題を……。

 話題を考えていると、東野が口を開く。


「先輩」

「なっなんだ?」

「好きです。付き合ってください」

「……へっ?」

「いや、『へっ?』じゃないですよ! この私が自分から告白したんですよ! そこはもっと喜ぶところでしょ!?」

「いや……突然の事だったから……」

「私言いましたよね? 好きな男性のタイプを」

「あぁ……確か『自分を見てくれる人』だっけか?」

「はい、そうです。そして先輩は私をちゃんと見てくれました。だから一緒にいてほしいです。……まぁあの時から好意は持ってましたが……」

「ごめん最後なんて言った?」

「何でもありません。それより付き合ってくれるんですか? それとも断るんですか? 言っときますけど私の告白断るならそれ相応の覚悟はしてくださいね!」

「ナチュラルに脅迫すんな!」

「でも先輩私の告白断ったらこの先彼女なんてできませんよ! 本ばっか読んで周りと関わろうとしないぼっちなんて女の子に相手にされませんよ! 私じゃなかったらキモいの一言でばっさりですよ!」

「おめぇ喧嘩売ってんのか! 断ってほしいのかほしくないのかどっちだ!」

「だって……先輩逃がしたら次に私を見てくれる人なんて何年先になるかわからないし……。それに私から告白したにも関わらず振られるとか嫌じゃないですか!」

「結局そこかよ!」


 てかそもそもどうしてこうなった……。

 まぁ俺が東野と普通に接するのはいいとして、そこから何故付き合うとかそういう話になった。

 ……ダメだ関連性が見えない……。


「ほら、そういうところですよ」

「はっ?」

「普通だったら東野グループの一人娘とお付き合いができるって事は、東野グループのコネができるとかそういう事を考えて即返事をするはずなんですよ。それにいくら私のお父さんとお母さんが亡くなったと言っても、大企業ですから取締役とかにも私の一族がいて私自身もある程度は融通が利きます。なので普通の人ならば私と付き合って大企業に入社でうはうはだーとか考えそうなものです。それにも関わらず、先輩はそんな事を微塵も見せない。いいですか? その時点で私を『東野グループの一人娘』ではなく『東野 咲』として見てくれているって事なんですよ」

「言われてみればそうだなぁ……。てかそういうのって可能なのか?」

「えっ? そもそもそんな事を目的として来る人なんてばっさり切りますよ? てかそもそも会いたくもありません顔も見たくありません近寄ってくんなくそ野郎ってな感じです♪」

「お前容赦ねえな……」

「当たり前じゃないですか。私が一番嫌いなタイプですから」


 まぁそんだけ言うって事はホントに俺は大丈夫って事なんだろう。

 それにこんな話を聞かされて今更投げ出すのは嫌だ。

 まだ二ヶ月も経ってない付き合いだが、東野を一人にさせたくない。

 聞いてる限り弱みを見せてるのは俺だけっぽいし……。

 そんな話を聞いて嬉しくならない男なんていないだろう。

 ……ってこれってもしかして俺も東野に惚れてるって事なのか?

 そもそも好意持ってなかったらお見舞いとか行かないしな。

 ……東野が本音で話したんだ。

 俺も正直になろう。


「東野」

「はい」

「自分で言うのも難だが、俺もきっと東野の事が好きなんだと思う」

「はい」

「付き合いが短いとかと思うが、俺はお前と一緒にいる時間は嫌じゃない」

「私は好きですよ、先輩と一緒にいる時間」

「それにお前がいないこの一週間、好きなはずの本を読んでても集中できなかった。それぐらいお前が気になってた」

「……はい……」

「だから東野、俺からも言う。俺と付き合ってくれ」

「はい……喜んで……」


 東野はぎゅっと正面から俺に抱き着いてきた。

 そして顔を上げるとそこには涙を流しながら笑顔で笑っている東野が映っていた。


「先輩……もう離しませんからね……。重い女だって後悔しても遅いですからね……」

「望むところだ。……って……俺の家族はともかく東野の家族にどう説明しよう……」

「そこは私が『兄さんたち……私……先輩に心も身体も奪われちゃったの……』って説明してあげますよ」

「次の瞬間お兄さんたち般若となって俺が襲われる未来が見えたんだが……」

「アハハっ! ……それとですね、恋人になったんですし……私の事を名前呼び……してもいいと思うんですよ……ね?」

「……わかった。……咲」


 俺が東野の名前を呼ぶと、東野……咲は嬉しそうに両手を頬に添える。


「もっもう一回!」

「……咲」

「もっと!」

「咲!」

「はいっ!」



 ☆



 私はずっと『東野 咲』ではなく、『東野グループの一人娘』として大切にされていた。

 だが大切に大切にされた故に東野 咲という存在を否定されたと感じていた。

 その否定されていた東野 咲を東野 咲として叱ってくれていたのが両親であった。

 だけど両親がいなくなってしまい、東野 咲を叱ってくれる人がいなくなってしまった。

 そうして私はまた『東野グループの一人娘』となった。


 優しさは人をダメにすると言うが、私はその言葉が酷く心に刺さった。

 優しくされているだけでは甘やかされて我が儘になると言われているが、それはあくまで自分という個があって初めてそうなると私は思う。

 じゃあ自分という個がない私は?

 優しくされてもそんなのは全く影響しない。

 だってそれは『私』ではないのだから。

 他人からしたら贅沢な悩みと言われるかもしれない。

 それでも私は『私』を見てほしかった。

 でも……誰も『私』を見てくれなかった……。


 そんな時、私は貴方に出会った。

 我ながらちょろいとは思うが、貴方だけが『私』を見てくれた。

 どうすればもっと『私』を見てくれるだろう。

 どうすればもっと『私』に興味を持ってくれるだろう。

 どうすれば『私』を気になってくれるだろう。

 そんな事ばかり考えてしまう。


 構ってほしくてつい悪さをしてしまう。

 そんな私を貴方は叱ってくれる。

 それが私にはどうしようもなく嬉しかった。


 でもそんな日は突然終わりを告げる。

 49日の関係で私は学校を休まざるを得なかった。

 色々と忙しかったので翌日学校に行くまで貴方の連絡に気付かなかった。

 やっと会えたのも束の間、緊急の要件で急いで帰らざるを得なかった。

 そこで私はハンカチを落とすという失敗を犯した。

 まさかの先輩がハンカチを届けに来たのだ。

 今まで貴方の前以外で私がどんな様子かを絶対に見せないようにしていた。

 だってこんな冷たい女を貴方が見たらきっと嫌悪すると思っていたから。

 実際、私に声を掛けてきたクラスメイトにも冷たく当たった。

 だけどそれを貴方に見られ、私は酷く動揺した。

 そしてその動揺のせいで心配されたのが切っ掛けで酷く取り乱してしまった。


 この時私と貴方の関係は終わりを迎えたものばかりと思っていた。

 だけど貴方は事情を聞かなかった。

 普通だったら『何があったの? 私で良ければ聞くよ』といった話したくもない事を聞いてくるものだが、貴方はそうしなかった。

 でも、その時の私は貴方に隠している事が心に痛んだ。

 だからつい『聞かないの?』と普段なら絶対にしないはずの言葉を口に出していた。

 そしてその後ろめたさから私は学校を休み続けた。


 そしたら急に貴方がやってきたと聞いて、どうするべきか悩んだ。

 そして私は覚悟した。

 もう全て話してしまおうと。

 諦めてしまおうと。

 そして私はまた『東野グループの一人娘』になればいいのだと……。


 でも結果は違った。

 全て話しても貴方は私を『東野 咲』として見てくれた。

 それがどれだけ嬉しかったか。

 その勢いでつい告白してしまったけど……。

 でも貴方も私の事が好きって言ってくれた時にはもう倒れるかと思った。

 10秒見つめ合えば恋に落ちるというが、普通ならば二ヶ月にも満たない時間で両想いになるなんてあり得ないって他の人は言うだろう。

 でも、それでも私は貴方に恋をしてしまったのだ。

 この気持ちだけは絶対に否定させない。

 だってこれは『東野 咲』が貴方を好きになったっていう大切な気持ちだから。


 だからお願い、ずっと一緒にいて。

 私が悪い事をしたら叱って。

 私が良い事をしたら褒めて。

 私が悲しんだら慰めて。

 私が笑ったら一緒に笑って。

 私を……東野 咲を見て。

 私がここにいるって証明して。

 貴方の中に私がいるって証を付けて。

 傷付けてもいいから貴方の物っていう証拠を残して。

 深く、深く、貴方の全身を満たすぐらい私という存在を刻み付けて。

 私にできる事なら何でもするから。

 だからお願い……私に触れて……そこにいるって証明して……。



 ☆



「咲、もう朝だぞ」

「せん……ぱい……?」

「また懐かしい呼び方だな。どうかしたか?」

「……昔の……夢を見てました……。せんぱ……亮が私を見てくれた時の夢を……」

「そうか……」

「はい……」

「……咲」

「はい?」

「今……幸せか?」

「はいっ!」


 私は満面の笑みを浮かべ、大切な人に微笑んだ。

作者血迷いシリーズ(恋愛)第一弾です。

糖度はかなり低めだったはずです。

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