宿のおすすめメニュー 2
「さて、そろそろ戻ろうか」
十分な量を確保し、ニーナが二人を振り返る。見るとフェルナンの方は先ほどドライアドが指差したあたりにしゃがみこんでいる。
「見ろユリシーズ、ニーナ、モリーユだ!」
「何だそれ、魔術の材料か?」
差し出されたのはキノコのようだが、傘の部分が蜂の巣のようになっており毒々しい印象を受ける。
「何を言っている、食用だ」
「は?」
「正気か?」
「クリーム煮にすると最高だ」
キノコの毒性の有無は素人で判断するのは危険なので、今まで採取したことはなかったが、果たしてフェルナンの判断は正しいのだろうか?自信に満ちているので大丈夫と感じてしまう一方、そういえば会ってまだ間もない相手だということも思い出す。
「持って帰るぞ」
袋を取り出し先ほどの不気味なキノコを詰めていく。暇なら手伝ってくれ、と言われ恐る恐るそのキノコに触れる。触っただけで危険な毒ではないことを祈りながら……。
「じゃあ私はこれで」
依頼料をもらい、ニーナと別れる。彼女はこの町の住人で、あの宿へは食事に来ていただけだったようだ。
「長居するなら私の絵も見ていきなさいね」
後姿を眺めながらユリシーズは「近いうちに名が売れるだろうな」というフェルナンの呟きを聞いた。
さて宿へ着いた。
亭主はフェルナンの頼みで、見たこともないキノコの調理法に頭を悩ませている。
「そう考え込まなくていい。ミルクで煮込んで麺に絡めるだけでも十分だ。ああ、だが火はしっかり通してくれ」
しばらくして二人の前に置かれたのは、モリーユのクリームパスタ。亭主の腕がいいのか気味の悪い見た目に反しとても美味しそうだ。
「味は保証する。加熱して毒性もないから安心するといい。」
「その言葉、信じるぜ……。んじゃ、依頼達成を祝って」
乾杯。
まずはエールを一口。その次に意を決して口に運ぶ。慣れない食感に口の動きが止まるがそれも一瞬のこと。マッシュルームとは違ったしっかりとした歯ごたえ。クリームに溶け込んだ濃厚な味に芳醇な香り……フォークが止まらない。打ち上げなのだから肉を食べたいと思っていたが、そんな考えは吹き飛んだ。美味い。いつもと同じようにエールを注文したが、ワインの方が合うのかもしれない。正面を見ると、この不気味なキノコの魅力を知っていた男が幸せそうに目を細めながら一口一口、しっかりと味わうように食べていた。飲み物はワイン。やはり二杯目は彼と同じものにしようと決意する。
二人で消費するには多かったため、残りは宿におすそ分けした。亭主も給仕も、同じパスタを食しその魅力に取りつかれているので、後日この宿の看板メニューになるだろう。
しばらく夢中で食事に勤しんだ後は、乾きものを摘まみながらの雑談だ。
「昨日の行商人から追加の護衛を頼まれたからな、俺はしばらくこの町にいる」
数時間前に偶然会ったのだ。次の目的までは今までより少々危険な噂があるため、フェルナンも一緒にどうかと聞かれたが断られた。彼には彼の、旅の目的があるのだ。
「お前と過ごすのは楽しかったから残念だな。まあ同行を断った俺が言うのもなんだが」
「全くだ。」
酒もつまみも残り少ない。そろそろお開きといった頃だ。
「お前の行く道に幸あらんことを……ユリシーズ」
「偉大なドラゴンさまからの祝福か。ものすごい加護がありそうだ」
「ばれていたか」
ドラゴンが人型をとるという話は聞いたことがある。そしてあまり知られてはいないが、番となったドラゴンはお互いの鱗を交換し、生涯身に着けるという。フェルナンの首にかかっていた金色は、その鱗であった。あのドライアドは昔旅をしていた時の知り合いらしい。
「このキノコは嫁が好きでな、懐かしさの余りついはしゃいでしまったよ」
視線の奥に寂しさを感じ、ユリシーズはフェルナンの嫁の現状をなんとなく悟った。
後日、フェルナンは一足先に町を出、ユリシーズは袋を持って森へと向かった。ドラゴン夫婦お気に入りのキノコを採りに。
とまあそんなわけで、その旅人さんから教わったキノコがこれだ。美味いだろ?
最初持ってこられた時はどうしようかと思ったぜ。うちから食中毒がでたらどうしよう、ってな。
ああ、そこに掛けてる絵はそん時の画家さんの絵だよ。植物から作った絵具だそうだ。
森の精霊の絵。そういえばその画家、そのあと急に売れ出したな。