宿のおすすめメニュー
おや、お客さんかい?いらっしゃい。
宿泊かい?それとも飯か?
……おすすめはクリームパスタだな。そうそう他じゃあ食えないだろうさ。
はいよ、お待ち。
見た目は悪いが味は最高だ。騙されたと思って食ってみな。
これはなあ、以前うちに泊まった客から昔教わったんだよ。いや料理人じゃないんだが。
時間があるなら聞いていくかい?なに、そんなに長くはないさ。
目的地までの護衛を無事にすまし、残りの依頼料も受け取ったユリシーズは今日の宿を求めて歩き出した。
今回の依頼主は中々に羽振りが良く、心は軽く財布は重い。食事は少しばかりいいものを食べようかと、いつもよりワンランク上の宿屋に入る。多くの例にもれず、二階が宿、一階が食事処である。宿泊の手続きと注文を済ませ、テーブルに着こうとするが丁度飯時であったため少々混んでおり、相席にならざるを得ない。一通り見渡して物静かそうな一人の青年に目をつける。他のテーブルと違い、そこに着いているのは彼一人だ。
「相席いいかい?」
「ああ、構わない」
ユリシーズは失礼にならない程度に青年を観察する。
印象は一言で言うなら黒、だ。艶のある黒髪に黒の衣装。本を読んでいるため伏し目がちにされ分かりにくいが、瞳は灰色がかった青紫。年齢は自分と同じか少し上といったところか。服の感じとページをめくる手に目立った肉刺もないため、剣士などではなさそうだ。旅の魔術師だろうか?テーブルの上には既に飲み終わったらしい空のタンブラーがある。
そこまで考察したところ、二杯のエールが運ばれてきた。自分と黒の青年のだ。
「じゃ、乾杯といくか。」
「そうだな」
薄く微笑みながらタンブラーを掲げる。会ったばかりで求められた乾杯に応えるあたり、そこまで非社交的でもなさそうだ。魔術師というのはお高くとまった連中が多いというのが今までの経験だが、彼はそうではないようである。
フェルナンと名乗った黒の青年とユリシーズは相性が良かったようで、食事の最中もそれなりに会話は弾んだ。
「商人の護衛でこの町に来たということは、その商売が終わったらまた着いていくのか?」
ライ麦パンをちぎりながらフェンルナンが尋ねる。ユリシーズの故郷でもよく食べられるそれだが、どうも酸味が好きになれない。未だ食事が済んでいないフェルナンだが、ユリシーズはとうに間食し今はナッツを摘まみながら追加のエールを飲んでいる。こいつ食うの遅いな、と心中でつぶやいた。
「どうだろうな……。あちらさんの商売がいつまで続くか分かったもんじゃないし、俺も他の仕事が入ったらそっちに行くさ。旅をして長いんだがこればっかりは読めねえ……。
ま、金払いはいいから、また頼まれたら万々歳ってところだな。行商人に着いていくのは都合がいい」
「ほう……」
フェルナンの目が愉しげに細められる。
「世界中を巡るのが目的か?もしそうなら俺と同じだ。ひょっとしたら、そう遠くないうちにどこかで再会するかもしれないな」
「悪くねえな」
その後も取り留めのない話で盛り上がり、さてそろそろお開きかといった頃――。
「お兄さんたち旅の人だろう?ちょっと頼まれちゃあくれないかい?」
話しかけてきたのは同じ宿の女性客だ。席を促すと長い脚を組んで座り話し出す。
「私は絵描きなんだけど、材料が切れちゃってね。森に行きたいから護衛してもらえない?」
提示された額はそれほど高くはなく、相手も断られても無理はないといった表情である。
だがユリシーズは引き受けることにした。時間もあるし、森で採取する画材に興味がある。
「俺が引き受けよう」
結局依頼はユリシーズが受け、フェルナンは別の目的でそれに同行した。余りにも仲がよさそうだったから、まさか出会ったばかりの間柄とは思わなく、ニーナという依頼人は正直驚いた。護衛を依頼した理由としては不審な人影を見たという噂を聞いたらしい。二人で護衛するから依頼料を上げろなどど言われなかったのは幸運だ。
絵具の材料にする植物も必要分確保し、さあ帰ろうかといったときにそれは現れた。
樹木の精霊ドライアド。樹木を住処とし、その木と生死を共にする種族。美しい少女の外見をした精霊はじっとこちらをみている。
「大丈夫だ。彼女は花と葉を少々譲ってほしいだけで、お前たちに危害を加える気はないぞ」
フェルナンはそう言い、色とりどりの花弁などの入ったバスケットを見せる。
そう人前に出てくることのない精霊に驚いたが、平然としたフェルナンにも驚く。
ドライアドはしばらくニーナを見つめた後、ユリシーズの背後を指さしどこかへと消えて行った。
「絵が描けたら見せに来てやってくれ。ドライアドはそう歩き回れないから興味があったんだろう」
「わ、分かったわ」
いったいこの青年は何者なのだろう?依頼料には興味を示さず、精霊と遭遇しても平然としている。精霊とは、そうそう出会えるものではないのだ。
振り返りこちらを向いたフェルナンの胸元に、金色に光る何かを見つけた時、ユリシーズは一つの推測を立てた。