第2話
カレンが帰った後、明人は二階の第一会議室へと足を運び、報告しに行った。
だが、その時は三人で何か別のことを話しており、
その話が終わるまで待っていたのだ。
「それで、成功したのか」
薬袋が早々に本題に入る。
「まあ、はい。えっと、一応?」
「あ、本当に成功したんだ」
あっけらかんと言うゴウカ。
「本当にって……」
「だって、あれって結構運がいるんだよ。
それに、マスター召喚できても契約できるかは分からないし」
(こいつ)
「あんた知ってたのか。あれが主召喚用のもんだって」
やや怒りを含んだ口調で尋ねる。
「あれ?言ってなかったっけ」
「聞いてねえよ!」
不思議そうにそう返した彼に明人は苛立ちを露わにする。
「それは悪かった。
でも、成功したってことは、契約結べたの?」
「ああ。有無を言わさず勝手にな……」
「おお。それは何とも強引な」
茶化すように言うゴウカに、明人はまたイラッとくる。
「…………ああ、まさか下僕なんかにされるとか
……可愛い女の子なのが唯一の救いか」
「あ、マジで?
良いなあ。後で紹介してくれない?」
「いい加減、ふざけるのは止めろオスク」
「はーい」
藤村の険しい口調にゴウカが黙る。
「あーもういっそ、主人なんだから養ってくんないかな。働きたくないし。
あれ?何それ、結構良くね?」
「お前も何を言ってるんだ」
今度は明人に呆れた声を出す。
「別に君がその娘のヒモになりたいと言うのは構わないが、
働くつもりが無いならこの件は無かったことにするぞ」
変わらず笑顔で告げる薬袋の言葉に、瞬時に明人は我に帰る。
(嘘だろ。あんな笑ってるのに、目が笑ってない)
「はは、冗談ですよ……」
(二割位)
「そんなことはどうでも良い」
「俺は良くない」
明人に構うことなく、薬袋は続ける。
「君が主の召喚に成功した以上、彼女と共にあちらの世界に行って貰うことになるんだが」
(ええ~)
思わず面倒臭そうに顔を顰めた明人を見て、藤村が言う。
「そんなに大したことをしてもらう訳じゃない。
そちらの様子について報告書を書いて教えて貰うくらいだ」
「それ位なら出来ますけど」
もっとキツい仕事を考えていただけに、明人は内心ほっとする。
「あちらの世界について分かっていることはまだ多くは無い。
今後の重要な資料になるだろう。
些細でも気付いたことがあれば記録してほしい」
「うわ。そう言われると、責任重大そうで緊張するんですけど」
「その割に、いつも通りに目が死んでるけど?」
「放っておけ」
途中で割り込んでからかってくるゴウカにそう返す。
「…………ていうか、あちらの世界のことなら、
こいつに聞けば良いんじゃないんですか?
そっから来てるんでしょ?」
明人はけらけら笑っているゴウカを指さす。
「その男から引き出せる情報は、もう粗方出させている。
ただ、こちらの人間が長期間、あちらに滞在したことは無い。
異世界の住人から話を聞くだけよりも、こちらの誰かに行って貰って、
あちらでの生活や情勢についてリアルな報告を聞くのも重要だと我々は考えた」
答えたのは薬袋だった。
「俺、ここ数年近くはずっとこっちに居るから、
あっちが今どうなってんのか詳しくは分からないんだよね」
「いや。お前からは今どころか、
あちらの生活や社会についてほとんどまともに得られてないんだが」
藤村にツッコまれるゴウカ。
(ああ。だからその辺の授業は要領を得なかったのか)
「だって、あんま興味無かったし。
研究者とかやってたから、引き籠りがちだったし?」
「研究者って、あんた、何研究してたんだよ」
「それは企業秘密だから教えらんないよ」
くだらない会話が始まろうとしていたが、軌道修正しようと、藤村が咳払いをする。
「それだけじゃない。
こちらでの訓練が実際どれ程役に立つのか調べる必要もあるからな。
そういった点についても、お前には報告して欲しい」
「……分かりましたよ」
(面倒臭え)
中途半端な気持ちでやるんじゃなかった。美味い話には裏があるもんだ。
後悔したが、もう遅い。
「そう言えば、その契約者の娘はどうしたの?」
のんきにゴウカが訊いてくる。
「ああ。バイトがある、とかで帰ったよ」
「は?バイト?」
明人の予想通り、ゴウカも驚く。
「バイトか……。そうか」
何故かゴウカはぶつぶつと何か言いながら考え込む。
「何だよ」
「ねえ。その娘、何歳くらいだった?」
「何でそんなこと…………見た感じ十六、七位だったけど」
(まさかこいつ、さっきの紹介してくれって本気で言ってたのか?
でも、あいつの年齢考えると犯罪じゃね?)
「ああ、やっぱ学生か。
しかも、魔術師志望の子にとっては一番大変な時期だな」
(は?)
意味が分からず、訊き返す。
「何の話だ?」
「ん?ああ。それについては、多分向こうから言ってくるだろうから大丈夫。
でも、君も若干は大変になるから気を付けてね。
……若干じゃ済まないかもしんないけど」
「えー」
(何それ。
真面目にやる気とか一切無いのに、それは困る。
てか、働きたくない)
「おい。さっきも部長が仰った通り、これは重要な仕事だぞ。
もっと真剣に考えろ」
「……はい」
藤村に釘を刺され、明人は素直に返事する。
「でも、十六くらいか……」
ぼそっと呟くゴウカ。
「俺的には中学生くらいが」
「…………」
「ちょ!待って‼通報しようとしないでよ!」
無言で携帯を操作し始めた明人を見て、ゴウカは慌てる。
「黙れロリコン。これは善良な市民としての当然の義務だ」
「俺はロリコンじゃない‼ただちょっと中学生が好きなだけで」
「「…………」」
「あれ?部長?藤村さんも……。ど、どうしたんですか。
やめてくださいよ、そんな目で見るの」
ゴウカは、自分に向けられる冷ややかな視線に気付いて言う。
「みんな、あんたの変態っぷりに引いたんだよ。
良いから、あんたは近くの中学校にでも侵入して来い。
通報は任せろ」
「だから、何で通報!?
俺が何したって言うんだよ!?」
「「「…………」」」
「……もう良いです」
んんっ、と喉を鳴らして薬袋は明人に向き直る。
「それでは、今後の細かい点を伝えるから、メモを取るように」
そう告げ、薬袋はすぐに細々と仕事の段取りや注意事項を説明に移った。
***
「ああっ!」
そんな声と共に、明人はベッドに倒れ込んだ。
「何なんだ、今日は」
本当に色々あった。
(朝起きたら夢でした、とかそんなオチ)
明人は左手の甲を見る。
そこには、さっき修練場で契約を交わした証がしっかりと刻まれていた。
(…………無さそうだな)
「ああああもう、どうすれば良いんだよ、これから!
従者なんかやってらんねえよ。……ったく」
そのまま彼は目を閉じた。
(とりあえず、もう寝よう。後は明日考えよう)
そうしてしばらくして、安らかに眠りにつく
―はずだった。
ドンッ
「ぐあっ!」
みぞおち辺りに強い衝撃を感じ、ごほごほとむせ返る。
そして、彼の上に降って来たそれは、バランスを崩して床に転がった。
「痛ったぁ……」
声の聞こえた所には、昼間の少女がうずくまっていた。
どうも頭を打ったらしく、後頭部を抑えている。
(こいつ、何しに……)
やがて、痛みが治まった彼女は立ち上がると、
ベッドで腹を抑えている明人を見下ろした。
「ちょっと、何寝てんの。
せっかくご主人様が朝っぱらから出向いて来てやったってのに、
どういうつもり?」
「誰のせいでこんな目に遭ったと……。
それに、こっちは夜中だ」
まだ痛む腹を手でさすりながら、時計を指さす。
「そうなの?……あー、それはなんか、悪かったわ」
「…………分かってくれたんなら、それで良い」
(悪気は無かったようだし、責めるのも悪いだろう)
「で、何の用だ?」
そう聞くと、彼女はにやりと笑う。
「そうそう。召喚された時は、バイトあってちゃんと話せなかったでしょ?
だから、今時間ある内にやっとこうと思って」
「ああ、そういう」
確かにお互い、相手のことをほとんど知らないまま契約してしまった。
(いや、それ良かったのか?)
せめて少しでも人となり位は見ておいた方が良かったのでは、などと今更ながら思う。
「色々お互いのこと聞きたいでしょ?」
「え?別に、俺はそこまで……」
興味ない、と明人は続けようとしたが、
「聞きたいでしょ?」
「……」
無理やり押し切られた。
どうも、この主は少々強引な所があるようだ。
(いや、まあ。それは昼のあれで分かってたけど)
「とりあえず、自己紹介しましょ」
(あ、勝手に進めてくのね)
「じゃあ、私から。
私はカレン・ノーシャ。
ハンプティ高等学院実践魔術科の三年生で、今年卒業試験受けるの。
未来の大魔術師様よ。この私に選ばれたこと、光栄に思いなさい」
(何だろう、この痛い子)
「何よその目は」
明人の視線に気が付いたカレンは低い声で尋ねる。
「…………別に?」
(まあ、この位の方が、成功するのかもしんないな。
あ、ひょっとしたら養って貰えるかも。
やったね。ヒモ万歳!……ちょっと痛い子だけど)
明人がそんなくだらないことを考えている横で、
自分の言ったことを思い出して、カレンは少し恥ずかしくなる。
「ま、まあいいわ。
それで?何か私に聞きたいことはある?」
「じゃあ、俺の番な。俺はー」
「ちょお!無視?」
「うるせえな。……えーっと、東雲明人だ。よろしく」
「うわーひどい自己紹介。クラスでボッチ確定じゃない」
(お前のも大概だろ。あれ、絶対浮くぞ)
そう言いたいのをこらえる。
「で、あんた何が出来んの?」
「何って言われても…………」
そう、何が出来るのか、とか聞かれても困るのだ。
「下僕でしょ?
主の質問に答えるのは当然の義務だと思うんだけど?」
「おい、下僕とか言うな。
んー……つってもな……」
この半年間を振り返る。
「こっちじゃ、魔術の訓練位しかしてないしな」
「は?あんた、まさかまだ見習いなの?」
「まあ、なんと言うか。そんな感じだ」
「はああ?」
突然大声を上げたカレンに明人は驚く。
「ちょ、おい!
でかい声出すなよ。隣の奴起きるだろ」
ドンッ
「うっせーぞ!」
本当に隣から苦情来た。
これがリアルな壁ドンか。
「~~~っ!」
しかし、おかげでカレンも静かになる。
(しかし無理も無い。
こいつだって、まさかこんな半人前が来るなんて予想してなかっただろうし)
(落ち着け私。
こいつも召喚魔法使う位だし、結構出来るはずよ…………多分)
気を取り直してカレンが口を開く。
「なら、これまで習ったので良いから、何が使えんの?」
ほれ、と明人はカレンに教科書に使ってたのを二・三冊渡す。
「大体、その本にあるのを実践演習ではやったんだが……」
「へえ」
(まだ希望はある……多分)
カレンは手元の本を開く。そして
「…………」
そんな甘い希望は打ち砕かれる。
二冊目、三冊目と開いていくにつれ、表情がどんどん落胆したものになっていった。
「ねえ」
「何だ?」
引きつった笑みを浮かべながら、カレンが尋ねる。
「まさか……これだけじゃないでしょ?」
「それだけだけど?」
「……え。ホントにこれしかやってないの?」
「だからそうだって言ってんだろ」
「…………」
(嘘でしょ?)
今度こそ彼女は絶望した。
「何だよ」
「あのさ。前半部分しか見てないけど、こんなのは初歩の初歩。誰でも使えんの」
本をバシバシと叩きながら言う。
彼女にしてみれば、こんなのは学院の一年生の時点で習得しているべきものばかりだ。
(ま、そりゃそうだろうな。こっちは始めたばっかだし)
いきなり高度なもん出せって言われても出来る訳ないだろうし、
その点ではあのカリキュラムは、至極真っ当な無理が無いものだったのだろう。
(よりにもよって、魔術師なんかに召喚されちゃってるのに、それが自分より何倍も格下とか)
「はあ~っ。全然使えないじゃない!」
そのままベッドに仰向けに倒れ込み、盛大にため息を吐く。
(悪かったな)
事実だし、こんな役立たず引いたことには同情もするが、
さすがに面と向かって言われると腹も立つ。
(つか、そこ俺のベッドじゃね?)
「どうすりゃ良いのよ。これから卒業試験受けなきゃなんないのに
…………こんなの、無理ゲーよ!」
カレンは、手に持っていた本をぶん投げる。
「危なっ!」
間一髪で明人はそれをかわす。
(ん?卒業試験?)
そう言えば、とゴウカが何か言ってたことを思い出す。
「おい、その試験とやらに俺は関係あんのか?」
カレンはベッドから上半身を起こした。
「私の通ってるハンプティ高等学院では、卒業認定のためのテストがあるの。
習得した単位に関係なく、そのテストさえ合格すれば卒業できる」
(マジか)
これは日本の大学も是非取り入れて欲しいもんだ。
単位に関係なくとか、もう遊びまくれるじゃん。最高。
「実践魔術科では、卒業したら魔術師を名乗れるようになるの。
ただ、そのテストが……」
「何だ?」
「合格率が凄い低いらしくて、毎年三分の二は留年すんのよ」
「…………」
前言撤回。
「でも私、全然成績上位でもないし…………その試験もヤバいのよ」
「さっきの威勢は何だったんだ。どっから来てたんだよ、あの自信は」
「だから、せめて召喚魔法で従者でも、とか思ったんだけど……」
「…………」
(なるほどな)
それで、こんなのに当たっちまったのか。
不運としか言いようが無い。
(たしかに、私が召喚魔法に成功したとしても、
大した相手に巡り合えるとは思ってなかったけど
……さすがにここまでの役立たずとは予想してなかった」
「おい、聞こえてるぞ」
(まあ。でも、このままじゃ可哀想だしな)
「あー、あのさ。
契約解除して他当たるとか出来ないのか?
そういう事情なら、俺がいても役に立たないだろうし……」
(俺も、解放されるってんならそっちの方が良いし。
あの人達も、理由聞いたら大目に見てくれるかもしんないし。
…………してくれるよな?
そして願わくば、次こそは綺麗なお姉さんタイプの人を召喚したい?)
「…………無理よ」
悲痛な表情を浮かべ、カレンは呟く。
「……その印が付いてる限りは、契約切れないし、新しく別なのと結ぶことも出来ないの」
(詰んだな。そしてさようなら、俺の妄想)
「……うぅ…………ぐすっ」
カレンが膝を抱え、泣き始める。
「ちょ、おい!泣くなよ」
さすがに、この状況では明人も彼女を慰めるしかない。
「だ、大丈夫だって!
別に、まだ落ちるって決まった訳じゃないだろ。
やってみなきゃ分かんないだろ?
ほ、ほら、俺も頑張って手伝うし」
気休めだと分かっていて、当たり障りのない言葉を掛ける。
(あ、つい手伝うとか言っちゃったわ)
「……スン……あんたみたいな役立たず連れてったって、どうしようもないじゃない」
「ねえ、この状況でそういう憎まれ口叩くの止めてくんない?
慰めてるはずのこっちが心抉られるんだけど」
少し落ち着いたカレンにティッシュをやり、鼻をかませてやる。
「とりあえず、どんな試験なのかは分かってんのか?」
こくりとカレンは頷く。
「十一人のグループで、一人一人に役割が与えられるらしくて、
それに従って行動するらしいんだけど」
「何、人狼みたいな?」
「じん、ろう?」
(あ、そうか。こいつ異世界人だった。
でも、何で俺日本語で話してて伝わってるんだ?)
「何でもねえ。それで?」
「そこで決まった〈役〉は今後、魔術師として働く上で一生ついて回るらしいんだけど」
(何だそれ。超重要じゃね?)
「その〈役〉の達成条件を満たすことが試験課題らしい」
(なるほど。リアルにゲームみたいなことをやる訳か)
何度か、その手のボードゲームをやったことは明人もある。
別にそこまで強くはないが、やったこと無いよりもマシだろう。
「その〈役〉ってのは、どうやって決められるんだ?」
「くじ引き」
(は?)
「ちょっと待て。
そんな一生を決めるかもしれないことでくじ引き?
いい加減過ぎないか?」
「私に言われても……」
「……で?その〈役〉は何があるんだよ?」
「〈皇帝〉〈賢者〉〈騎士〉〈聖女〉〈魔女〉〈狐〉
〈狼〉〈処刑人〉〈道化〉〈幽霊〉〈預言者〉の十一。
それぞれの〈役〉が何なのか、詳しいことは分からない。
試験受けた上級生も口外禁止らしくて」
「なるほど。実際に受けるまで対策を立てられないか」
それが出来れば、少しは勝算があったかもしれないというのに。
「もう、このまま受けるしかないのよね」
「そうだな」
(まあ、今更足掻いたってどうにかなるもんでもないだろ。
最悪今年落ちても、来年受かれば良いんだろうし。
変に希望持たずに、テキトーに受けとけば良いだろ)
(くよくよしてても仕方無い。しっかりしろ、私!)
「落ちたくないし、無駄かもしれないけど、足掻くだけ足掻いてみる!」
力強く言って、カレンはにっと笑う。
「だから、よろしくね!
私の従者さん!」