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今日も明日も明後日も変わらない。漂うだけだ。佐々木洸はなんて退屈な毎日だろう、と思った。教室の喧騒も夕食を囲む食卓の賑やかさも洸には関係の無い話だ。いつも遠巻きに世界を見ている俺の態度が鼻につく奴もいるだろう。だけど、どうしようもないのだ。人はそう簡単には変わらない。
それでも、互いに演じ合っている景色はそれなりに愉快だ。刺激的とまではいかないが、暇潰しには充分だ。学校も家も暇潰しだ。そんな風に思ってしまう自分は自分でも嫌な奴だな、と思う。そんな風に生まれついてしまったんだ。だから、どうしようもない。自分の意思次第で人は変われるんだ、なんてうそぶく人もいるけど、人間の本質などさして変わることは無い。惰性で日々を浪費し、あっという間に灰になる。それだけだ。
昼休み、今日は気が向かないから空き教室で昼寝でもすっか。給食の間はそんなことを考えていた。こんな時、男ってやつは便利だ。いつも行動を共にするような振る舞いをすれば女子か、と舐められる。だから互いに過度な干渉は図らない。そんな空気が存在する。なんて都合が良いのだろう。
数年前まではこの中学は荒れていたらしい。だがそんな噂に乗じて陰湿な奴らは私立中学を受験してくれた。お陰で平和な毎日だ。何よりクラスが減って空き教室が出来た。お陰で窓側南向きの日当たり良好な場所で昼寝が出来る。名前も知らない諸先輩方、どうもありがとう。お陰で俺は凡庸で自由な日々を手に入れることができました。
「洸君、今日はここなんだ」
誰だ。目をやると朝倉美波がいた。
「ああ、少し眠くて」
悪い奴じゃない。それなりに可愛い、というか雰囲気がある。だけど今の俺には何もかもが面倒だ。
「洸君は自由だね」
「私もつまんないことはやめて自由に生きれたらな」
朝倉は独り言のようにつぶやいた。
「自由なんて凡庸と紙一重。俺は選択してる訳じゃない。漂っているだけだ。だから意思なんてものもない。お前はちゃんと意思をもってそれなりに上手くやろうとしているんだろ。俺はすげーと思うよ」
「何それ。嫌味?なんてね。そうかもしれない。私は意識している。だけどそんな自分がつまんないな。って思うんだ」
答えを待っている、のかな。ああ面倒くせえ。
「お前は面白いよ。色んな姿が混在している。おまえはその意思とやらをもって何者にでもなれる。だから面白いだろ。おれはさ、自分の意思なんか無いくせにさ。あーつまんねえ毎日だなって。それだけ」
ああ、余計なこと言っちまった。
「そっか。洸君はつまらなくなんかないよ」
朝倉はそう言って教室を去っていった。踏み込みすぎない。あいつのしおらしい気遣いが眩しくもあり嫌いじゃない。きっと誰だって違う世界を見たいと願っている。だけど、そう簡単じゃない。そんなふうに俺らの頭は複雑にできてなんかいやしないのに、勝手に複雑な回路を構築している。それが面白くもあり歯痒くもある。そんなところだろうか。
こうやって緩く生きる延長線上に何があるんだろう。そもそも面白いとかつまらないとか形容する程、出来た生き物じゃない。なのに悪い気はしなかった。俺はつまらなくなんかない、のか。それはそれでいいのかもしれない。
誰かにとって少しでも面白く映るなら、それだけで人生は成功だ、と思う。皆誰かに承認されたくて生きているけど、本当に欲しいのは誰でもいい誰かの承認なんかじゃない。それが分かっているはずなのに。だけど朝倉は分かっていた。分かっていて、俺をつまらなくなんかない、と言った。
やっぱ面白い奴だ。