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人生、時々春  作者: 神山亮輔
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 朝倉浩平は東亜住宅リースが分社する前からの古株だ。東亜鉄道がまだ高卒採用を行っていた頃に入社して以来、一貫して不動産事業部門を渡り歩いてきた。朝倉の通っていた高校は当時既にほとんどの生徒が大学に進学していたが、朝倉は迷うことなく就職コースを選択した。大学など行った所で楽しいキャンパスライフが待っている訳でもない、ことは想像がついた。ならば少しでも早く社会に出て稼ぎ、コツコツと金を稼ぎ、程々の生活を手に入れたほうがいい。そう思っていた。特に就職先にはこだわりは無かった。東亜鉄道を就職先に選んだのには深い理由は特に無い。紹介された就職先の中でも程々に心地よさそうかな、と思っただけだ。他にはメガバンクや大手通信会社など大手企業もあったが、きっとこれからの時代は大卒限定に舵を切るのは朝倉でも想像がついた。そうすればきっと高卒組は肩身の狭い思いをしながら働かねばならないだろう。ならば未だにのんびりとした風土のインフラ企業の方が程々に居場所を見つけられる。そんな気がしただけだ。

 朝倉の目論見は概ね間違っていなかった。高卒組だからといって待遇に大きな遅れをとることもなく、順調に収入も年を追うごとに伸びていった。けして皆が羨むほどの高待遇でも無いが、仕事は程々な忙しさで済んでいることを考えると割は良い、と思う。社内恋愛をして子供を二人もうけ、都内に四十坪の戸建を構えた。家族仲も悪くない。俺は充分すぎる位に順調な人生を歩んでいる、と思っている。

「朝倉さん、先日の片桐さんですけどやはり当たりましたよ」

 出社すると、勝ち誇ったように青葉が声をかけてきた。一見頼りなく見えるけど青葉は人を見る目に関しては一流だ。今まで外れを持ち込んできたことはない。そういう意味ではうちは適材適所に人材を配置することに秀でている、と思う。

 妻は朝、美波がこのところ上の空なことが多いんだけど、と朝話していた。学校でいじめられているのか、だとかそんな心配をしている様子だ。だがその話しぶりに切迫した様子は無い。恐らく思春期特有の考え事をしているに過ぎないだろう、そう朝倉は踏んでいる。むしろ健全だ。右へ倣えの毎日に疑問を持ち生きる意味だったり、自分とは異なる佇まいの人間に関心を示したり、そんなところだろう。極めて健全な感情だと思う。誰かへの淡い恋心の芽生えに戸惑っているなら、それはそれらしく、距離を置いて見守ってやればいい。過度に親が心配する様子を子供に察せられるのは、彼女にとって気持ちのいいものではないだろう。加えて、朝倉にとっても気持ちのいい話ではない。家族とは言えど、いや家族だからこそ適度な距離感は大事だ。気にかけている。その事実だけで充分だ。何か言動でその素振りを示すのはあくまで親のエゴに過ぎない。彼女の世界を僕らが勝手に覗く必要は無い。誰だって、悩んでも仕方の無い悩みや逡巡を通過すべきだ。そういう余白が人生にはとても大切だ。だからけして踏み込みすぎずに、かといって放任という名の責任逃れを振りかざすこともなく、彼女の表情や様子を見守っていけばいい。朝倉はそう考えている。そして敢えて口にしなくても妻もそれ以上、父親らしくここは何か取り計らってくれ、と言うような度の過ぎた態度に出ることもない。そんな妻の適度な無関心さを朝倉は好んでいる。

 「朝倉さん、例の案件。継続で淡々と進めます。利ざやは小さくなりますので例の通り必要最低限の対応で進める予定です」

 「うむ。それで問題ない。ああいう面倒な相手は深く突っ込んでも分が悪いだけだしな。それに彼を除けばあの一家は良心的な客だ。そういう意味でも深追いをしないほうが懸命そうだしな」

 「じゃあ、いつもどおり例のところで対応してもらいますね」

 「ああ。それで問題ない。淡々と進めてくれ」

 「了解です」

 部下の須藤美佳は会話に無駄が無い。朝倉はそんな彼女を頼もしく思っていた。単身の老人が甥姪に遺産相続をする。甥姪はハコモノを経営する意思は無く現金化し、甥姪間でのやり取りを極力回避したいらしい。要注意人物の甥が面倒な人物で、姪二人はとにかく甥との関わりをこれ以上続けたくない。だから相続を受けたマンションを共同経営するでもなく、売却して現金化したい、とのことだ。とりあえずうちが窓口にはなるものの。この厄介者の甥が色々と難癖をつけたがる人物で直接うちが対応していてはキリが無い。こういった面倒な案件は転がし専門の業者を得意先として抱えていて、彼らに投げることにする。当然手数料をとられるため、うちの利幅は減るが、下手に労務費を割いても仕方が無い。こういった割り切りが重要だ。

 何事も程々が充分。この理念はきちんと浸透している。

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