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幸せな私を演じている私を彼は心の中で嘲笑っているのだろうか、哀れんでいるのだろうか。どっちだっていいや。でもさ、彼はいつも一人だけど私より広い世界に生きている。そんな気がするんだ。
私はそれなりに上手く友人関係を築いてそれなりに楽しそうに、きっと周囲からは見えて、そんな学生生活を不満に思っている訳じゃないけど寂しいな、とふと思う。そんな時、彼が見ている景色を一瞬でいいから見てみたいな、と思う。
朝倉美波は今いるこの小さな世界で、ちっぽけな自尊心を満たす自分の狭量さを、本当は自分が一番嘲笑っている。それを私はわかっている。
彼はけして人と対立したり、誰かの不満の捌け口になったり、そんなことはない。いつも独りだけど、独りじゃない。
私だけじゃなくて、きっと彼のことが気になって仕方ない、そんな女子は実はそれなりにいることを私は知っている。
〈ねえ、どうしたらそんな風にいられるの〉
〈私は互いに都合の良いそんな繕った世界より、誰かにとっての大切であり続けられるあなたが羨ましい〉
美波の胸の裡はいつも脆い。なんとか平静な振りをして日々をこなしている。そう、『こなしている』のだ。
私は母の側の世界にいる。だからなんとなく先が見えてしまうのだ。母もそれなりに穏やかで理想の母でご近所とも親戚づきあいも、そして家族の中でも、それなりに上手くやっている。
父は私とは反対の世界にいる。父が私の世界とは違うところで、どんな風にして生きているのか本当のところは知らない。だけど私に移る父の姿は、彼に重なる。けして繕うことなく、自然体で、不器用だけどけしてかわいそうじゃない。けして自慢の父とはいえないけど、けして恥ずかしい存在ではない。嫌いじゃない。というか、本当は羨ましい。
兄はわからない。どっち側かな。どっち側なんてことすら気にしないんだろうな。そう考えると彼や父のような世界で生きているのだろうか。
明日、なんてない顔して、私は私の世界を生きているから、そんな顔して平然といられたら。どんなに面白いだろう。
〈彼と今日、何回か視線が重なったような気がした。確信は無い〉
美波は、ああ自分にも人並みの淡い恋心みたいな、ものがちゃんとあるんだな。安心したよ。だけど、この先何か変化があるのだろうか。私は変化を本当に求めている?だとしたらどうしたらいい?
〈生きるってとても複雑なように思いたがるけど。皆はどうか分からないけど。少なくとも私はそんなに複雑じゃない。わかっている〉
父はいつも同じ時間に家を出て、同じ時間に家に戻る。その繰り返しだ。いつか聞いてみたい。
〈お父さんに世界はどう見えていますか?〉