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人生、時々春  作者: 神山亮輔
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 青景渉は「今日もか」と一人ごちた。片桐先輩は今日も資料作成を適当に後輩の俺に押し付け颯爽定時退社した。無論この法人営業部第三課で定時に退社できる人間はいない。つまり覚悟を決めた、ということだ。三十歳を前にして自身の人生を見つめ直したのだろう。彼はそれなりに出世ルートに乗っている。それでもなお去りたくなるものは大勢いる。それがメガバンクだ。無論自分たちは大量採用された中の一つの駒に過ぎないから、誰が辞めようと会社はお構いなしだ。元々一定程度は辞めるものと考えて採用している。それにこのところは低金利で融資を行ったところで見込める利ざやも低くメガバンクは冬時代を迎えている。加えてAI活用の波が押し寄せる中、銀行の主たる業務である与信審査を人の手からAIに移行させることで人員を大幅に削減する、と公表しているIR情報の中期経営計画書でも明文化されている。つまり、これから余剰人員は切り捨てる、と経営層は明言していることを意味している。だから昔のようにメガバンクに入行すれば、それなりの待遇が定年まで保障されるなんて時代はとうに過ぎた。そんな中でそう遠くない未来にAIに代替される与信審査業務をひたすらこなしてきた僕達が得たスキルなど今後は一銭の価値もなくなる。そう考えると片桐の行動は至極真っ当だ。今時、「あそこのご主人はメガバンクにお勤めよ」「あら、すごいわねえ」なんて全くの時代錯誤もいいところだ。

 だけど不思議なことにその現実を正面から受け止め自身の進路を思慮する者はほとんどいない。それなりにお勉強ができた人間が集まる集団であるにも関わらずだ。日々の業務に忙殺されて思考停止に陥っている、ということだろう。近年、そういった人間を『社蓄』と評すらしいが、まさに言いえて妙だ。そうは言っても青景も結局は問題を先送りにしているに過ぎず。人のことを思考停止などと論評できる身分ではない。だからこそ、片桐のような人間が羨ましくもあり妬ましくもある。

 当然、課の誰もが彼がもうここを去ることを心に決めたことは分かっている。だけども誰も留意することもないし文句を言うことも無い。去るものは追わず、の論理だ。

とはいえ、実際に彼の直接のライン下にいる青景にしてみれば、ただでさえつまらない案件を大量に抱えているにも関わらず、片桐の分もこなさねばならないから、この数ヶ月は終電ですら帰れない。最近は食欲も無く体重も元々痩せていたが更に5kgは減った。頬も随分こけた、と鏡をみて驚くけど行内にそんな彼を心配してくれる人間もまずいない。

 このフロアだけでも五百人近くの人間がいるけども、誰一人として心開ける相手など居ない。仕事をする場所だからそんな期待を持つことなど意味が無いとわかってはいるが、こんなにも自分の人生の時間のうちで大きな割合を占めるこの場所で、いつまでいっても孤独というのはなんともやるせないことだ。

だからこそ思考停止に陥ってたほうが未だマシだ。人間暇を持て余したところでロクなことを考えない。

 片桐は片桐だ。

 俺には関係ない。

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