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人生、時々春  作者: 神山亮輔
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青葉は片桐を見送った後、先ほどの片桐の様子を思い返した。人事部長が「それなりに少しの贅沢が出来るほどの給料は保障する」といった時に一瞬目が輝いたのを見過ごさなかった。青葉は悪くないと思った。彼は正直者だ。きっと彼は明日連絡をしてくる。間違いない。

青葉はここに来てから何人もの人間を見てきた。そしてうちを選ぶ人間がどういう人間か、そして人事部長がどうやって採用するか否かを判断しているのかもなんとなく分かるようになた。

うちを見つけて面接に来る人間はいずれも大企業とりわけ入社倍率の高い人気企業に在職する者ばかりだ。彼らはそれなりに現実を社会に出て知った。そしてその中でも少し人より頭が働く。だが却ってその頭の良さは大企業では諸刃の剱だ。上手く立ち回れば出世の道が待っているが、その頭の使い方によっては扱いにくい一癖ある面倒な社員との扱いを受けてしまう。そして彼らは世の中の本当の仕組みがどう動いているのか理解する。誰もが名前を知る企業に勤めることが必ずしも自分が追い求める幸せにつながるとは限らないと早々に悟る。

彼らは子会社であってもそれなりの待遇が受けられる当社の事業構造を理解している。当社は正社員二百人程度と小さな所帯だが売上高は年間約二千億円、税引後純利益は年間で約二百億円規模、すなわち単純計算で一人で約十億円売上げ、約一億円を年間で稼ぐのだ。だから当然、正社員への分配率も高い。そして何より子会社であることが鍵だ。親会社の一事業部門としての位置づけだから、なまじその高利益率が注目を浴びることはない。無論親会社の有価証券報告書に一事業部門としての数値として投資家の目にはさらされる。だから見るものがみればすぐにその本質は見抜ける。多少の投資家目線を持つものが見れば親会社の主要事業である鉄道事業が本業と思われがちだが、実際には当社が手がける住宅リース事業が筆頭の稼ぎ頭であることは一目瞭然だ。

投資家は別にして、会社に帰属する社員は驚く位に自社の財務構造に疎い人間が少なくない。あくまで大事なのは隣人に自慢できる肩書きか、合コンで受ける社名かどうか。そんなしょうもないことだ。

新卒で会社を選択した際には大量採用の大手企業にそれなりの学歴とそれなりに素直そうで、従順な兵隊と化してくれそうな人物として選ばれた彼らも自分がけして特別な誰かでなんかないことに早々に気づく。

そして、自分の人生とやらを見つめ直す。このまま軍隊のように毎日終電まで働き少しだけ人より年収が多い、それだけの人生だ。

会社という場所だけに自分の人生の全てを捧げることがいかに無謀なことか、に気づいてしまう。自分が資産運用をするには分散投資を意識するのに、ちっぽけな虚栄心や自尊心から自分の人生のポートフォリオも冷静に考えられない。そんな人間が世の中にはごまんといる。思考停止状態なのだ。大企業に入りそれなりの待遇と福利厚生に守られ、酷使されながらも家庭を築き、定年まで蟻のように働き続ける。それが当たり前で、疑問の余地などない。だが片桐のように少しだけ頭が働く人間はその事実を受け止め行動を起こす。そして一度タガが外れれば、自分の本能には逆らえなくなる。

程々に安定し、程々にゆとりのある仕事。

彼らが求めるものが、合致する。

その瞬間、彼らの目の色は一瞬、明らかに変わる。

そうなれば彼らは必ずここにやって来る。

無論、大企業に入ったものの、名前は通るがそこまで待遇は良くない、と自分を過大評価して、更なる年収増を求め、転職活動をする者も、うちには多くやってくる。

だが人事部長があれ程までに『程々』と繰り返せば、ここは自分の求める場所ではないのだ、と悟る。

人事部長も暇つぶしに、そうとわかれば彼らに何故現職を辞めたいと考えているのか理由を尋ねる。誰もが自分の能力が活かしきれない、もっと言えば自分の能力から言えばもっと金を貰えてもいいはずだ、とあっけからんと言っているようなものである。

なんと傲慢なことか。

だから人事部長も青葉も片桐のように現実的に考え、正直に自分の求めるものを明確に定義できる人間に好感を持つ。片桐のような人間は平気で嘘をつけるが、逆説的だが嘘の無い素直な人間なのだ。

そして片桐は恐らくすぐには電話を差し向けない。

程々という言葉を体現するかのように明日、絶妙なタイミングを見計らうかのように連絡してくるだろう。そういう打算は大いに結構だ。良く信頼に値するかどうか、で商売は決まる。そんな風に偉そうに言う経営者がいるが、あれは誤解を招く。彼らが本気でそんなことを思っているのかは青葉には露知らないことだが、信頼など虚構だ。人は平気で嘘をつく生き物だし、嘘をつかない人間など恐れ多い。そもそも信頼など商売には無い。あるのは何かが欲しいという欲望だけだ。その需要と供給が一致するか否か。ただそれだけのことだ。

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