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痛み

 クラス中の女子の目がみどりの方を見ながら、ひそひそ話をしている。それぞれ2、3人の島を作って話をしていた女子が、他の島のところに行って耳打ちする。それにみどりが気づいているのかいないのかは表情からは分からない。

 それが明らかになったのは、家庭科の異動のとき。

 いつもみどりのところに来て一緒に行く女子が、みどりの所に来なかった。女子は、誰もみどりに声をかけることなく教室から出て行った。

「やべえ、やべえ」

 そこに、良太が飛び込んできた。

 技術で使う工具セットを教室に忘れたのだ。

 一人だけでいるみどりに気付きながらも、工具セットを持って技術室に戻ろうとする。良太は廊下に出たところで、ハッと気づいて教室を振り返った。まだ何人かいると思っていた女子はみどりだけ。廊下の奥を見ると、女子がおしゃべりしながら家庭科室へと向かっている。再び、教室を見る。

 みどりは、家庭科の教科書を出すと、ゆっくりと教室を出て行った。


 放課後の合唱の練習。

「あら?今日はみどりは?」

 いつもの場所にみどりが座っていないのに気付いた麻耶が聞く。

「知らない。何か用事でもあったんじゃないの?」

 3‐Aの女子が言う。

「そう・・・」

 麻耶は、いぶかしげな表情を受けべながらもうなづいた。

 良太は見ていた。

 いつも合唱に誘ってくれる女子が声をかけなかったことを。

 それなのに、自分も声をかけなかった。

 みどりが嘘をついているかどうか。たとえ、いじめと思われようと、それを確かめてみたいという自分もいた。

 みどりが嘘ついているとしたら、何日で折れるだろう?

 3日?

 それとも1週間?

 もし、1か月たっても話せなかったら、それでも無視する?

 斜め後ろから見るみどりの背中。その背中が振り向いて、助けを求めてきたら、良太はすぐに手を差し伸べる気でいた。

 だが、みどりは決して振り向かなかった。誰にも救いを求めず、自分の周りから談笑がなくなっても、その口を開くことはなかった。

 4日目。良太は、廊下で楓と何人かの3‐A女子が話しているのを見た。楓は、一人だけでいるみどりの方を見て、その女子たちに笑いかけていた。どうやら、その3‐A女子たちは楓の御眼鏡に適ったようだ。

 それを見た良太の忍耐は5日目で切れた。

 放課後、皆がみどりに目もくれず、合唱の練習に向かう中、良太はみどりの前の席に座った。椅子の背もたれに手をかけて、後ろ向きにみどりの顔を直視する。

「少しはうまくなったからさ。合唱聞きに来いよ」

 みどりは、目を丸くした。

 良太は、みどりの手を取ると、合唱の練習に向かった。

 合唱の教室に2人が足を踏み入れると、3‐Aの生徒達の間にどよめきが起こった。そのどよめきは、一瞬で鎮まり、そこかしこでひそひそ話が始まる。

 それも、長くは続かなかった。

 麻耶も、3‐Aの妙な態度に気づいてはいたが、練習が始まると、それも気にならなくなった。むしろ、みどりをエスコートするように入ってきた良太の姿の方が気になった。そんな自分の器量のなさを思い知らされて、麻耶は少し落ち込んだ。

 授業中、良太はみどりにことさら気を使うことはなかった。

 ただ、合唱の練習のときだけは、みどりを置いてけぼりにしなかった。


「お前、何考えてるんだ?」

 天体部の部室で、正臣と2人きりになったとき、良太は正臣から言われた。

「何が?」

「お前が、みどりに気をかけるから、ホントにみどりがしゃべれないのかどうか分からなくなっちまった」

「みどりを無視し続ければ、みどりが弱音を吐くとでも?ホントにしゃべれなかったらどうする?いつまで無視を続ける気なんだ?」

「そりゃ・・・」

「俺もはじめは、マサの言う通りかもしれないと思って、しばらく様子を見ていた。でも、そのうち、みんなの態度が変わってきているのに気付いた。無視されても何もしないみどりのことを笑っている連中がいたんだ」

「笑っている?そんな奴いねえよ」

 正臣は、自分のことを言われたような気になって、強く否定した。

「マサが気づいていないだけだよ。そいつらは、みどりの痛みが分かっていない。このまま無視を続ければ、みんな麻痺して痛みを感じなくなっちまう。ホントのいじめになっちまうんだ」

「俺は、みどりをいじめてなんかいない」

「分かってるよ。おれは信じてる。マサはそんな奴じゃない。どっかで痛みに気付くって」

「・・・・・」

「俺は、俺自身の考え方を信じる。みどりは嘘なんかついていないって。でも、マサにはまだそれが信じられないのなら、自分自身の考え方を信じて行動すりゃいい」


 その翌日、良太が靴箱を開けると、中から多量の紙が落ちてきた。下に落ちた紙を拾う。

「偽善者」

「いい子ぶり」

 紙には、そんなことが書いてあった。

「おいおい、良太。朝から大量のラブレターか?」

 体育の先生が、その様子を見て言う。

「どうでもいいけど、ちゃんと拾っておけよ」

 良太は、書いてある内容を先生に見せようか迷ったがやめた。誰が書いたか分からないものを見せても、犯人は見つからない。むしろ、変に犯人探しを始めたら、クラス中を敵に回してしまうと良太は考えたのだ。

 教室に入ると、みんなの雰囲気が変わっていた。妙に緊張して、あちこちでひそひそ話しをしている。

 教室の廊下側の方に、楓とその仲間がたむろしている。

 その中心に、柿崎仁がいた。

 あいつが戻ってきたのか。

 良太は、嫌な予感を感じていた。

 柿崎仁は、鵬中卒業生のチンピラとつるんでいる札付きのワルだ。楓は、授業に出なくても毎日中学に来ているが、柿崎は中学に来ること自体珍しい。1か月前、校内で1年男子に傷を負わせる騒動を起こし、2週間自宅謹慎していたのだ。

 良太が見ていると、楓がこちらを見て何か柿崎に話しかけている。柿崎がみどりの方を見る。その瞬間、一瞬良太と目があった。良太はすぐに視線を外したが、その目はいい獲物を見つけたハイエナの目だった。


 その日も、生徒が皆出て行ったあと、良太はみどりを連れて合唱の練習に向かおうとしていた。

 2人が教室の前の扉から廊下に出ようとすると、それを塞ぐように柿崎が立ちふさがった。

「どいてくれないか?」

「俺は、偽善者は嫌いなんだ」

 柿崎がにやけて言う。

「俺は偽善者なんかじゃない」

「じゃ、その女置いてけよ。何一人でいい子ぶってんの?」

 良太は教室の後ろの扉に向かった。するとそこに宗十郎が立ちふさがっていた。

 良太は、そこを押しのけて出て行こうとした。

 途端に、宗十郎が両手で良太を後ろに突き飛ばした。良太は後方に転び、みどりにぶつかった。

 宗十郎の後ろから、柿崎が現れる。

 良太はゆっくりと立ち上がった。

 みどりの手を握る。

 前の扉には、今は誰もしない。

 良太は、その扉に向かって走り出した。

 良太の手を離さないようにみどりも走る。

 柿崎が動く。

 あと少しで扉というところで、柿崎は横から良太に飛び蹴りを食らわした。その蹴りをまともに食らい、横に弾き飛ぶ良太。したたかわき腹を打つ。良太は、呼吸ができなくなり、わき腹を抑えてかがみ込んだ。

 柿崎が、かがんだままの良太の頭上に顔を寄せる。

「いい子ぶるのはよして、その女置いてけよ。目立つんじゃねえよ」

 次の瞬間、良太は勢いよく立ち上がり、柿崎の顎に渾身の頭突きを食らわした。柿崎がよろける。良太は、その柿崎の両肩を掴むと、その顔面に再度頭突きを食らわした。

 柿崎は、鼻を抑え倒れ込んだ。

 鼻を抑えた指の隙間から鼻血が垂れる。

 宗十郎が、柿崎に駆け寄る。

 良太はその隙に、みどりを連れて教室を飛び出して行った。


「ばっかじゃないの?」

 楓が言う。

「あたしは、みどりを何とかしてって言ったのよ。あのカマトトぶっているみどりが気に入らないから」

 鼻を怪我した柿崎は、それを他の連中に悟られないようマスクをしている。

「そのカマトトをいい気にさせているのは、あの男が面倒みているからじゃねえのか」

 柿崎がマスクの下から言う。

「良太は、前から得体が知れないやつなんだよ。何考えているか分からない。ちょっかい出すとこっちが割食うから手を出すのやめな」

 楓が柿崎に忠告する。

「ふん。そうかい。じゃ、楓はそうしろ」

 柿崎の目に危険な光が宿るのを見た楓はもう一度言った。

「無茶しないでよね、あたしの中学で。この学校の中で変なことしたら承知しないよ」

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