スタードロップ彗星
天体部の部室は、理科教室。
天体部の活動の中心は、文化祭での研究発表だ。毎年テーマを決めて、毎週火、木、金の放課後に部員が集まり活動する。
部員は17名。だが、その半分は帰宅部だ。
部長は正臣。
良太は、役職には就いていなかったが、活動皆勤賞の優良部員だった。
今は、部長と良太の2人しか席についていない。
「みんな遅えなあ。今年の文化祭で発表するテーマを決めるのに、こんなんじゃ先が思いやられるぜ」
正臣が、ひとり言のように言う。
「なあ」
良太が正臣に話しかける。
「うん?」
「楓の言ったこと、どう思う?」
「みどりがわざと話さないんじゃないかってことか?」
「ああ」
「どうかな。・・・でも、みどりだってそろそろみんなの手伝いがなくても、自分でできるようになったんじゃないか?授業の移動だったりとか。四六時中俺達が面倒みてやる必要はないと思う」
「そうじゃなくて、俺達に嘘を言ってるかどうかって話」
「だからさ、嘘だろうがなんだろうが、みどりはもう自分一人で何でもできるはずだから、俺達が面倒みる必要はないだろうって俺は言いたいの」
「マサは、みどりが嘘をついていると思うか?」
「さあな、俺には分からないな」
「みどりのことを信じられないと?」
「・・・嘘を言っているかどうかなんて俺は神様じゃねえから分からねえよ。でも、確認できる方法はある」
「どうやって?」
「みんなで無視すればいい。もし、嘘なら、さみしさに耐えられなくなって自分から話しだすだろう」
「・・・いじめじゃねえか」
「あれだけのことを楓に言われて、それでもみどりに入れ込むならそれでもいいけど、クラスの連中は楓に睨まれたくねえから、みんなみどりのこと無視すると思うぞ」
良太は、黙り込んだ。
その時、他の部員達が入ってきた。
「遅いよ、お前ら」
妙な空気感を払拭しようと、正臣はわざと大声を出した。
「わりい、わりい」
それぞれ席についても、10人しかいない。
「さて、今年の文化祭で発表するテーマは何にする?」
正臣が、テーブルを囲んだ他の9人に問いを投げかける。
「スタードロップ彗星は?」
あとから入ってきた部員の一人が言う。
「そうだよ、スタードロップ彗星なら、今が旬だからみんな興味を持ってくれるよ」
他の部員も共感する。
スタードロップ彗星。
その名が、新聞紙上に現れたのはつい2か月前だ。
各国の天文台が、その眩く輝く彗星を発見したのは、ほぼ同時。新しい彗星が発見されると、その名は発見者の名前から付けられるが、同時に発見されたため、誰が最初の発見者か特定できなかった。そのため、その眩く輝く明るさと、先のすぼまる尾を描いたその形から星のしずく、スタードロップ彗星と名づけられた。
「おっ、やってるな」
ちょうど寺壕先生が理科教室に入ってきた。
「で、決まったのか?文化祭で発表するテーマは」
「今、出てるのはスタードロップ彗星です」
「スタードロップ彗星か。でも、スタードロップ彗星は謎だらけの彗星だ。それをどうやって検証するか。流行りだからと安易に食いつくとあとが大変だぞ」
「スタードロップ彗星って謎だらけなんですか?」
「お前たち、彗星彗星と言うが、彗星って何でできているか知っているか?」
「・・・岩?」
2年生の部員が言う。
「岩があんな白い尾っぽを作るか?」
「あの尾っぽって、水蒸気みたいなもんなんじゃないですか?」
正臣が言う。
「おっ、図星だ」
「じゃあ、彗星の正体は氷だ!」
「半分当たりだ。彗星は氷った塵や岩石の固まりだ。その中心は核と呼ばれる固体だが、太陽に近づくと氷が溶けて中に閉じ込められたガスを放出し、コマというガスの層を作る。地球でいう大気圏みたいなものだ。さらに太陽に近づくと、太陽から吹く太陽風で、コマからガスが漏れ出し、それが彗星の尾っぽになるんだ」
「・・・じゃ、スタードロップ彗星だって普通の彗星じゃないですか」
良太が突っ込む。
「良太、彗星が光って見えるのはなぜだと思う?」
「分かった!空気との摩擦で光るんだ!」
1年生の部員がしてやったりと叫ぶ。
「そりゃ、流星だろ。流星は、地球の大気圏内に突っ込んできた隕石が燃えるから光るんだ。彗星は違う。彗星は宇宙空間を飛んでいるものだ。宇宙には摩擦を起こす空気なんかない」
正臣が言う。
「おっ、さすが部長だな。じゃ、空気がないのに光るのはなぜだ?」
「月と同じ原理だ。太陽の光があたって光るんじゃないか」
良太が答える。
「そのとおりだ良太。彗星は、太陽に近づくほど明るくなる。逆に、太陽から遠ざかればそれだけ暗くなるということだ。良太、彗星はだいたいどのくらい太陽に近づけば、観測できるようになると思う?」
「10億キロ」
「おしいな。2001年に発見された彗星は、約16億キロ先で発見された。土星より外側だ。その時の明るさは17等級。明るさの等級は上がるほど暗くなる。ちなみに北極星の明るさは2等級だ。1等級上がるごとに2・512倍暗くなるから、その彗星は北極星の100万倍暗かったということになる。じゃあ、スタードロップ彗星はどの辺で、どのくらいの暗さで発見されたと思う?」
全員が首をかしげる。
「天王星の外側、30億キロ先で発見された」
寺壕先生自ら答える。
「そんなに離れていたら、真っ暗じゃないですか。それなのに、世界中の天文台が同時に発見するなんてことあるんですか?」
「世界中の天文台がどこでも観測できるほど明るかったのさ。最初に発見された時の明るさは8等級。肉眼で確認できる明るさが6等級だから、ちょっと倍率の高い望遠鏡なら俺達でも確認できたかもしれないな」
「でも、そんなのおかしいです。16億キロで17等級にしかならないはずなのに、その倍の30億キロ先で8等級の明るさなんてありえません」
「お前たちもおかしいと気付いたようだな。それが謎の一つめだ。もうひとつの謎はスピードだ」
「スピード?」
「彗星も地球と同じで、太陽系に入ってきたものは太陽の重力に引き寄せられる。太陽に近づけば近づくほどスピードは上がる。だが、遥か太陽から離れた彗星のスピードは、地球が太陽の周りをまわるのと同じ秒速30キロと言われている」
「秒速ですか?」
「30億キロ離れていれば、秒速30キロの単純計算でも、地球まで3年はかかるはずだ。だが、今スタードロップは木星を通り過ぎようとしている。わずか1カ月ちょっとの間に、天王星の外側から木星まで22億キロも移動したんだ。その距離を1カ月で移動するためには、秒速600キロ以上は必要だ」
「太陽から遥かに離れているのに、太陽の引力でそんなスピードを出すこと出来るんですか?」
「それが謎の2つめだ。いいか、スタードロップは形こそ他の彗星と同じようだが、形以外は他の彗星ではありえないことばかり。すでに解決されたものを確認だけするなら実験をすればいい。求められるのは、実験の手順を誤らない正確性だ。だが解決されていない謎を解くには、理科の実験とは違った能力が求められる」
「それはなんですか?」
「想像力だ。今までにないものを検証するには、今ある知識を使ってもむだだ。突拍子もない考え方が真理に辿り着く鍵になる。果たして、お前たちの固い頭でスタードロップ彗星の謎を解く鍵を開けることができるかな」
「分かった!前読んだSFで、宇宙人が彗星に乗ってやってくるってのがあった。きっと、スタードロップ彗星には宇宙人が乗っているんだ」
流星と彗星を間違えた一年生が叫ぶ。
「宇宙人が彗星に乗ってるって、どうやって確かめるんだよ」
すかさず、正臣が突っ込む。
「そうか・・・。そうですよね・・・」
「まあ、そう落ち込むな。その可能性だってゼロじゃない。問題はどうやってそれを確かめるかだ」
「でも、先生どうやって・・・」
「それも想像力だ」
全員黙りこむ。
「それでも、スタードロップ彗星でやってみるか?」
あらためて、寺壕先生が皆に聞く。
「先生にそこまで振られて、やらないわけにはいきません。なあみんな」
正臣が、他の部員に言う。
他の部員はお互いの顔を見合ったが、良太が大きくうなづくと、2年の部員からも
「やりましょう。仮説で終わってもいいから、とんでもない仮説を考えてやりましょう」
こうして、今年の天体部の文化祭発表はスタードロップ彗星に決まった。




