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ダイヤの原石、ダイヤの輝き

 テストが終わった。

 合唱コンクールの練習が始まる。合唱コンクールは、全生徒が参加する。当然練習も全員参加。帰宅部員も帰宅できない。

 放課後、近々に試合や発表会などがない部活動は、合唱の練習の方が優先される。中には合唱なんて、というやからも何人かいたが、町の人たちの期待を背負って歌に臨むという大義名分は、そういう輩の足も練習にとどめさせた。

 みどりだけ仲間はずれはやめようぜ、という良太の提案で、みどりは教室の片隅でみんなの練習を聞いていた。

 学年合唱が大地讃頌に決まり、指揮者は合唱曲選定の会議を無断欠席した学級委員の如月きさらぎ道彦に決まった。パートごとの練習が終わり、全体練習が始まる。

 最初の1日目は惨憺さんたんたるものだった。

 一部の人はきちんと歌っていたが、その他大勢は、だらだらしていて歌になっていなかった。

「みんなやる気あるの?こんなんじゃ恥ずかしくて合唱コンクールなんて出れないわよ」

 麻耶が、練習に来ていた生徒たちに気を吐く。

「まだ、1日目じゃん。しようがないよ」

「歌い方の話じゃないの。みんなの態度よ。壁に寄りかかったまま歌っても、それは歌じゃないわ。まだ鼻歌の方がましよ」

 壁に寄り掛かっていた男子が、しまったという顔つきで壁から離れる。

「麻耶、カリカリするなよ。これから音楽の授業でも合唱コンクールの練習始まるし、そうすればもう少し良くなるよ。なあ」

 正臣が、みんなに投げかける。

「そうよ、麻耶。まだ1回目だから、これからよ、これから」

 遥果も、正臣をフォローする。

「・・・みんな、もうちょっと真剣に取り組んでよね」

 麻耶は捨て台詞のように言った。

 麻耶のこの歌に対する思い入れもあるだろうが、やっぱり良太がみどりに対してみせたあのやさしげな態度が気に食わなかったのかな、などと正臣は下種げすな勘ぐりをしたりしていた。


「今年は、大地讃頌なの?」

 佐藤先生が麻耶に聞いてくる。

「はい」

「ずいぶん久しぶり。たしか大地讃頌は、あなたのお姉さんが歌って以来じゃないかしら」

「先生覚えていてくれたんですか?」

「あの時の歌は本当に素晴らしかったもの。ぜひ、今年も素晴らしい歌声を湖に響かせてね」

「はい」

 鵬中は各学年2クラスしかない。主要5教科以外の技術や音楽、美術の授業は3‐A、3‐B合同で行う。

 音楽の先生は、佐藤先生。

 普通、公立学校の先生は、4~5年で他校に異動するが、佐藤先生はかれこれ10年以上鵬中にいる。もう年輩のおばちゃん先生で、合唱部の顧問。合唱コンクールの時は授業をその練習に当ててくれる。

 先生は、歌い方の指導はしてくれるが、変な歌い方を矯正しようとはしない。

「みんなが歌いやすいように歌うのびやかな声が好き」

 そう言っていつもにこにこしながら、みんなの歌声に聞き入っている。

 歌いやすいようにみんなが歌うだけではハーモニーは生まれない。

 麻耶は、そんな佐藤先生に不満を抱きながらも、どうしても佐藤先生を嫌いになれなかった。佐藤先生は、人をやさしくさせる不思議な空気を纏っていた。

 だから、楓は音楽の授業に出たことがない。

 いつも尖った空気を全身に纏っている楓は、人をやさしくさせる佐藤先生が苦手だった。エスケイプ常習の楓は、時々授業に顔を出すこともあるが、音楽だけは一度も顔を出したことがなかった。

 放課後。

 佐藤先生の指導を受けて、2回目の全体練習。

 押し付け指揮者道彦の指揮はままならないものの、どうにか歌の方は、形ができ始めていた。

「何人か部活で欠けているけど、2回目でこんなに合うなんてすごいわ。感動」

 一回目の練習の後に見せたあのキツイ態度からは予想もできない麻耶の言葉。

 佐藤先生の指導を受けると、なぜかやさしくなれる。これが、佐藤マジックだ。

「如月君、もう一回だけ通しで歌ってみて今日は終わりましょう」

 指揮者は完全に麻耶に操られている。

 まあ、それでうまく回っているし、全部自分が責任負わなくていいや、と道彦の方は以外とさばさばしていた。

 最後の合わせが始まってすぐ、教室の後方の扉が開いた。

 楓とその従者たちが入ってくる。

 その音に反応してみんなが後方を振り向く。

 道彦の指揮も止まった。

「どうしたの?あたしにも聞かせてよ。みんなの歌を」

 ニヤニヤ笑いながら言う楓に、麻耶が突っ込む。

「楓も歌うの?」

「あたしが?どうして」

「歌わないのなら、みんなの練習の邪魔だから出て行ってよ」

 やべ、麻耶の強気が出た。正臣は渋い顔をした。

 麻耶はそんなに腕っぷしは強くない。

 バリバリの穏和派のくせに、不当なことを断固許さない性格が麻耶に強気の発言をさせている。

「どうしてあたしだけ?そこに歌わないのに歌を聞いている子がいるじゃない」

 みどりのことだ。

 楓は、みどりにいやがらせをするために練習しているところに来たのだ。

「みどりは、歌いたくても歌えないの」

 麻耶が言う。

 楓はその言葉を聞いて、みどりの方に向かった。

「あんた、本当に声が出ないの?声が出ないふりをしているだけじゃないの?」

 楓の言葉を聞いて、その場にいた生徒たちがざわつく。

「声が出ないふりしていれば、転校生でもやさしくしてもらえる。そう思って、わざと声を出さないだけじゃないの?」

 わざと声が出ないふりをしている?

 クラスメイト達の視線が、みどりに注がれる。

「みんながちやほやすれば、この子はますますつけあがって、何でもかんでもみんなにさせるようになるわよ。それでも、みんな今までと同じようにこの子にやさしくしてやるつもり?」

 楓は勝ち誇ったように、その場の生徒たちに言う。

 それは、この子にやさしくした子は自分の敵とみなすと宣言した様なものだ。その言葉を聞いた生徒は、みんな楓をおそれてみどりに近づかなくなる。

「そんなこと言いに来たのなら、すぐに出て行って。ここは歌の練習をするところなの。せっかく、みんなの気持ちがまとまってきたところなのに、それを崩そうとするのはやめて」

 麻耶が言う。

「何、そんなに歌に真剣になっているの?バカみたい」

「なんですって?」

 合唱部の麻耶にとって、聞き捨てならない一言だった。

「歌がなければ生きていけないの?歌がなければ地球が滅亡する?砂漠に一人だけ置き去りにされたら歌なんて歌う?歌なんかよけいなもの。生きて行くのにはいらないもんじゃない」

「楓、お前、面白いこと言うな」

 突然、教室の前方で声がした。

 皆が振り向くと、いつの間に入ってきたのか、理科担当の寺壕先生が立っていた。

「たまに、教室に入ってきたと思ったら、やけに哲学的なこと言うじゃないか。たしかに砂漠で一人置き去りにされて歌を歌ったって誰も助けにきやしない。何もない所に放りだされたら、泣こうがわめこうが何も役に立たない。そうなりゃ歌なんていらない、声だっていらない、音だっていらない。でも楓、お前はそれでほんとにいいのか?」

「何が言いたいの?」

 楓が寺壕先生に突っかかる。

 寺壕先生は、この中学に赴任してから3年目。自分を俺と呼び、思いもよらないことを急に言い出す。楓が苦手な先生2号だ。

「もったいないと思ってな」

「もったいない?」

 寺壕先生は、ゆっくりと教室に入ってきた。

「地球上じゃ、声が出るのは当たり前、音を聞くのも当たり前。だが、ひとたびこの地球を出たら、そこは音のない世界だ。この宇宙のどこかには、音を知らない生物がいるかもしれない。その生物にとって、声は魔法であり、脅威であり、神の力そのものだ。それを、楓はいらないという。もったいないと思わないか」

「あたしは、宇宙になんか行かない。この地球にいる限り声は魔法でも、脅威でも、神の力でもない。歌だってそう」

 楓は、麻耶の方を見てわざと付け足した。

「楓、たまには夜空を見上げてみろよ。空には満点の星だ。その光は、何千、何万光年も先の星の光だ。なぜ、そんな遠くの光が届くのに、音は届かない?楓、不思議に思ったことはないか」

「思わない」

 楓は、完全にあまのじゃくになっていた。

「宇宙では、光より音の方が貴重で特別なものなんだ。その貴重で特別なものに、この地球は満ちている。地球に充ち溢れた音はダイヤの原石だ。それを磨いてこそダイヤは輝く。声が原石なら、歌は磨き上げられたダイヤの輝きだ。俺は、ぜひみんなのダイヤの輝きをこの耳で聞きたいと思ってるんだがな」

「何、訳の分からないこと言ってんの?バカみたい」

 楓は、なんだか寺壕先生と言い合ううちに急にしらけてきた。自分が何をしようとしていたのかさえ忘れてしまった。

 楓は振り返ると、従者たちを連れだって教室を出て行った。

 寺壕先生は、楓が出て行ったのを見届けると、生徒たちを振り返った。

「俺は、何か訳の分からないこと言ったか?」

「言った」

 正臣が言う。

「そうか。まあいい。練習の邪魔して悪かったな。続けてくれ」

 寺壕先生は、天体部の顧問。ちょっと変わったところも、正臣と良太は慣れっこだ。あしらい方も心得ている。

 麻耶も、寺壕先生はちょっと変わっていると前から思っていた。でも、歌のことをダイヤの輝きだと言われ、すっかり寺壕先生のイメージが変わった。好感度20ポイントアップだ。

「じゃ、如月君、もう一回だけ歌って終わりにしましょう」

 麻耶は、道彦に言った。

 寺壕先生は、教室の隅に座ったままのみどりの方に歩いていくとその隣に立った。

 そして、生徒たちのダイヤの原石をその耳で聞いた。

 みどりは、寺壕先生を見上げた。

 寺壕先生は、その視線に気づくと、みどりを見下ろし、にっこり笑った。そして、片手をみどりの肩に置いた。

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