牟誇崎台に集う人々
「行ってきます」
制服を着て家から出ると、同級生が何人かで待っている。
鵬中生たちは、登校するふりをして、みんなで呼水駅へと向かった。
駅員は、いつもと違う光景に戸惑ったが、学校の課外授業か何かだろうと何の疑念も抱かなかった。
鵬中生たちは、誇牟崎台駅で降りると、ぞろぞろと誇牟崎台の展望台の方に向かった。
「リゾートホテル建設用地」の看板と、三角コーンに縄が張ってあるが、生徒たちはそれを乗り越えて行く。
麻耶は、生徒たちの人数を数えながら、楓の顔を探した。
「誰か探しているのか」
正臣が聞く。
「楓がいない」
「あいつ、結局合唱練習来なかったじゃねえか」
「来たわよ」
「いつ?」
「昨日」
「昨日?昨日一日だけかよ」
「一日だっていい。約束どおり、合唱練習来てくれたんだから、今日だって来てくれる」
そう言うと、麻耶は、生徒たちの後ろの方に楓の姿を探しに歩いて行った。
みどりは、牟誇崎台の断壁まぎわに立ち、空を見上げていた。
みどりには、分かっていた。
エンフォニウムペテラは、アブサイトミチヨライトの場所を認知したら、そこにセンサーを張り巡らす。アブサイトミチヨライトからの攻撃は、そのセンサーに捕捉されすべて防御できる。それさえ整ってしまえば、あとは他の星と同じだ。光を奪い、絶望の暗闇が星を覆えば、全ての音は沈黙し、エンフォニウムペテラの侵入を遮るものは何もなくなる。光の波動以外大気を通せないエンフォニウムペテラは、大気層を破壊するために、一度大気中に入らなくてはならない。だが、暗闇の中、音もなく大気中に侵入するエンフォニウムペテラを把握できるものは、地球上にはいないはずだった。
ただひとり、みどりを除いて。
みどりは、思考の波を感知できる。
どんな暗闇であろうと、大気中にエンフォニウムペテラが侵入すれば、思考の波がそれを把握する。
みどりだけがそれを把握し、エンフォニウムペテラが大気層を破壊する前に、声を発することができる。
そう、その声こそが、エンフォオニウムペテラを滅ぼす唯一の武器であった。
みどりは、その瞬間に備えていた。
エンフォニウムペテラの思考の波をとらえるため「思考の根」が失われないよう、みどりは声を出さなかった。「思考の根」は、声を発した途端に失われてしまうからだ。
あとは、勇気だけ。
声を発することへの恐怖に打ち勝つこと。
それが、地球を救うため、みどりに課せられた最初で最後の試練だった。
みどりは、ふと隣に人を気配を感じた。
良太だった。
良太も空を見上げていた。
「たとえ、暗闇に包まれても、沈黙に押しつぶされそうになっても、俺はここにいる。みどりのそばに立っている。今日来てくれるみんなも信じている。みどりは必ず声を出してくれると」
みどりは、良太を見た。
良太もみどりを見る。
「みどりが声を出してくれたら、俺達の声が後に続く。絶対に絶望なんかに飲まれない。必ずみどりの声に応えるから」
みどりは、笑顔で良太のその言葉に応えた。
「これで終わりか?」
生徒たちの後ろの方で、正臣が言う。
「待って」
麻耶の言葉に、視線の先を見ると誰かが1人で歩いてくる。
「楓・・・・」
麻耶は、一人で歩いてくる楓に駆け寄った。
「来てくれたのね」
「約束だから」
楓は笑った。
そこへ、一台の車が乗り付ける。
麻耶たちが何ごとかと車を見ていると、中から寺壕が出ていた。
「先生」
麻耶が笑顔になる。
「佐藤先生も乗っているぞ」
助手席から、佐藤先生も降りてきた。
「佐藤先生」
「あなたたちの頑張る姿をどうしても見たくて」
佐藤先生がやさしげな笑顔で答える。
「ここに来たのは、お前たちを連れ戻すという名目だ。この場所を中学に知らせるつもりはないが、あまり俺達が遅いと他の先生が動くかもしれん。まあ、その時は俺が何とか説得を試みるが」
「そん時は、よろしくお願いします」
そう言った正臣の表情が、寺壕の背後を見て変わる。
その表情に気付いて寺壕が振り向くと、1台の車が呼水町方面から走ってくるのが見えた。
「まずいな。もう来やがったか・・・」
寺壕がつぶやく。
「先生・・・」
「お前たちは、準備をしていろ。俺が何とかする」
そう言うと、寺壕は、自分の車の隣に停車した車に近づいた。
運転手側の扉が開く。
「よう、まだ間にあったようだな」
出てきたのは、諸田だった。
「モロ・・・。お前、いつ帰ってきたんだ?」
「俺をいつまでも、海外にいさせるなよ。ここは俺の故郷なんだから。なあ、由美」
「由美?由美もいるのか?」
寺壕の言葉に応えるように、助手席の扉が開いた。
車から由美が降りてくる。
由美は、寺壕を見るとぎこちなく笑った。
寺壕は、由美に近づいた。
「大丈夫だったか?」
由美はうなづいた。
「諸田君が、色々手配してくれて」
「やってくれたのか?」
寺壕は諸田を振り向いた。
「当たり前だ。高校時代の親友にあんな真剣に頼まれたらやらざるを得ないだろ」
「でも、どうやって・・・・」
「俺は、海外が長かったんだ。俺の人的ネットワークをバカにしてもらっちゃ困るぜ」
「インターネットだけじゃなかったんだな」
「ああ、ちゃんと流しておいたぜ。『いいね』は、まだ16億くらいだったけどね」
寺壕は、諸田の肩に手をまわして、肩を組むように抱き寄せた。
「モロ、お前は最高だ。俺は、お前の友達でいられることを誇りに思う」
「同じ言葉をお前に返すよ」
諸田は、照れ笑いしながら言った。
寺壕は、由美の方に向き直った。
「・・・・JAXAは首になったのか?」
「分からない。あれから、諸田君と一緒に逃げ続けていたから」
「だが、いつまでも逃げ続けているわけにはいかない。由美、もし、これでどこにも行き場がなくなったらその時は・・・・」
寺壕は由美の目を見た。
「俺のところに来い」
真剣な表情の寺壕の目を見て、由美は動揺した。そして、その動揺隠しで、無理に笑顔を作って言った。
「・・・・・な、何勝手なこと言ってるの?まるで、自分がわたしに重荷を背負わせたみたいに。あれは、わたしの意志で決めたことなの。寺壕君なんて全然関係・・・・」
それ以上の言葉を言う前に、由美は寺壕に抱きしめられた。
「俺は、由美の笑顔が見れればいい。膨れっツラで俺に文句を言う由美でいてくれればいい。だから、この件で変わるな。由美は由美のままでいてくれ」
寺壕はそれだけ言うと由美を解放し、空を見上げた。
そこには、七色のマーブル模様を浮かべたスタードロップが寺壕たちを見下ろしている。
「これ以上狂わされてたまるか。お前がどんなに恐ろしい手を使って俺達を痛めつけようと、俺達は決してお前が望むように変わったりはしない。俺達は決してくじけない。スタードロップ、俺達はお前に決して屈しない」




