決行の日
採掘場の工事現場。
巨大な排水ポンプで、水を吸い上げる作業が続いている。
黒塗りの車が乗り付ける。
呼水町の町長が、作業服姿で車から降りてくる。
現場監督責任者が、町長に駆け寄る。
「予定どおり明日で、第2鉱区の水は完全排水できそうか?」
町長が聞く。
「はい。水の侵入口を塞ぎながらの作業だったんで手間取りましたが、侵入口は完全にふさぎましたので、明日には、水に沈んでいた採掘場を町長にお見せできるかと」
現場監督責任者が答える。
「数年以上水没していた箇所だ。作業には細心の注意を。また事故など起こさぬようにな」
「分かりました。明日は、9時でよろしいでしょうか?」
「うむ。登庁前に寄る」
「それまでには、採掘場跡がお見せできるよう準備をしておきます」
「よろしく頼むぞ」
町長は、いそいそと黒塗りの公用車に乗る。
ドアを開けて町長を待つ運転手の胸には、「坂崎」の名札が。
中学校近くの公衆電話。
「どうだ?坂崎」
譲吉が聞く。
「間違いない。明日の9時に町長が採掘場に入るって」
坂崎が、受話器を下ろして答える。
「大丈夫だろうな。明日でなかったら、2度目は無理だぞ」
と正臣。
「大丈夫だよ。俺んちの親父は町長の公用車の運転手だから、リアルタイムのスケジュールを把握しておかなくちゃならないんだ」
「怪しまれなかったか?」
「まあ、なんでそんなこと聞くんだって言ってきたけど、適当にごまかしておいた。牟誇崎台まで俺達を止めに来ることはないさ」
理科室。
光吉たち3バカトリオのほかに、麻耶や良太、みどりもいる。
「明日だ。明日、採掘場から完全に水が抜かれる。第2鉱区は俺達が森村の爺さんに連れて行ってもらったところだ。あの巨大なアブサイトミチヨライトを隠していた水のドームが取り払われる。そうなれば、スタードロップ、いやエンフォニウムペテラは、すぐに反応するだろう」
正臣が説明する。
「明日、牟誇崎台には、何人くらい来るかな?」
良太が聞く。
「一時期はみんな盛り上がったけど、今は冷めてきている。全校生徒の半分も来ないかもしれない」
麻耶が答える。
「熱しやすくて冷めやすいのが鵬中生の悪いところだよな」
と譲吉が嘆く。
「ばれれば、学校や親ともひと悶着あるからな。ビビっている奴も出てくるかもしれない」
光吉が言う。
「麻耶、風中はどうなんだ?」
正臣が聞く。
麻耶は首を横に振った。
「その後、何も話はない」
「麻耶の方から連絡は?」
「できないわよ。あんなことがあったのに、『明日、学校をズル休みして牟誇崎台に全員集合』なんて言えるわけないじゃん」
「・・・・・そうだよな。俺達だけでやるしかないんだな」
「・・・・うん」
その日の放課後。
いつものように合唱の練習が終わる。
「じゃ、明日」
「明日ね」
生徒たちは、暗号のようにお互いに確認し合いながら教室を出て行く。
帰ろうとする生徒の中に、楓の姿を見つけて麻耶は駆け寄った。
「やっと来てくれた。遅いぞ楓。街で約束してから何日たったと思ってるの?」
「うん、まあ、・・・・ごめん」
「まあいいわ。そのかわり、明日は必ず来てよね」
「明日?」
「聞いてないの?明日は学校を休んで牟誇崎台に集合よ」
「・・・・いよいよなのね」
「明日は、何人くらい来るか分からないの。一人でも多くの人たちに来てもらわなくちゃ。・・・・本当は風中の人たちが来てくれたら心強いんだけどな」
「風中?」
「あれから、何の連絡もないんだ。あんなことがあったから、こっちから電話するわけにもいかないし。だから、鵬中生は一人でも多くの人に来てほしいの」
「・・・・・うん、分かった」
楓は取り巻きたちと、校門を出た。
そこに、昔ながらの電話ボックスがある。
楓がその電話ボックスに気付いて立ち止まる。
「どうしたの、楓」
楓が突然立ち止まったので、取り巻き女子の一人が聞く。
「うん、ちょっと、電話かけたいところがあるんだ。先行ってて。あとで行く」
楓がそう言うので、うなづきながら女子2人は歩いて行った。
楓は電話ボックスの扉を開けた。
制服のポケットに手を突っ込む。
くしゃくしゃになった英単カード。
それを広げると、電話番号が書いてあった。
硬貨を入れて、そこに書かれた電話番号に電話をかける。
受話器を耳に当て、相手が出てくるのを待つ。
やがて相手が出た。
「・・・・あ、天宮君ですか・・・?」
その日、鹿西先生は、早めに中学に来た。
久しぶりの一番乗り。ゆっくりと、日ごろたまっていた事務処理をしようと机に向かった途端、電話が鳴った。
「はい、こちら鵬台中学。休みの連絡ですね。はい。1年B組の・・・」
メモに書き取る。
「では、お大事に」
受話器を下ろす。
途端に、また電話が鳴りだす。
「はい、こちら鵬台中学。休みの連絡?・・・あ、はいどうぞ」
そういっている間に別の電話も鳴りだした。
3つくらいの電話が同時になる。
2番目に来た先生が慌てて鳴っている電話をとる。
「はい、鵬台中学。欠席の連絡ですね」
これが始まりとなって、欠席の連絡が8時過ぎまで職員室から鳴り止むことはなかった。
「昨日は、普通だったんですね」
教頭が学年主任に聞く。
「はい、昨日の欠席は全校で5名でした」
「それが今日は、186人?そんなはずはない。これは何かあります。何かそれらしきことを知っている先生はいませんか」
教頭が語気激しく言う。
「3年の鳳麻耶が、合唱コンクールのことで、佐藤先生にいろいろ相談していたみたいです」
寺壕先生が手を挙げて答える。
「合唱コンクールですか?」
「会場変更のことで、鳳や三宅は、風中と連絡を取り合っていたみたいです」
「それと、この欠席とどう関係が」
「教頭先生は気付かなかったんですか?合唱コンクールの会場変更が、生徒たちにどれだけ動揺を与えたのか」
「そういう話は初めて聞きました。他に心当たりのある先生は?」
誰も、反応がない。
寺壕は段々イラついてきた。
「佐藤先生なら、何か知っているかも。彼らの行き先も」
これが最後の引導とばかりに教頭先生に言う。
「合唱コンクールと今回の大量欠席は直接関係があるとは思えませんが、寺壕先生、それらしき所を知っているなら、佐藤先生とそこを探してきてもらえませんか」
教頭先生の特命をとりつけた。
「分かりました」
そう言うと、寺壕は職員室を出て行った。




