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安全宣言

 合唱コンクールの練習は続いてた。

 風中が来てくれるかどうか、その答はまだもらっていない。

 だが、もし、来てくれることになったら、みっともない大地讃頌を歌う訳にはいかなかった。

 みんな、牟誇崎台集合のことで浮足立っていたが、先生たちに気付かれぬよう、平静を装う必要があった。そのための合唱練習でもあった。

 麻耶は、楓が最近練習に参加しなくなったことが気になっていた。側近たちは練習に参加していたので聞いてみた。

「楓の姿が見えないけどどうしたの?」

「声かけてるんだけどね。最近、付き合い悪くなったんだ。一人で街中ぶらついてる」

「街中を?」

「楓に何かあったの?麻耶、何か知らない?」

 逆に質問されて、麻耶は言葉に窮した。

 ちょうど、そこに正臣が通りがかった。

「あっ、三宅君ちょっと」

「俺?」

「ちょっと、付き合ってくれない?」

「何?どうした?」

「楓のことなんだけど、最近合唱の練習で姿見ないでしょ」

「そう言えば」

「街中で一人でブラブラしてるんだって」

「やっぱり、風中のことが、相当ショックだったのかな」

「授業もエスケイプばっかりしているからつかまらないの。三宅君、一緒に街中探してくれる?」

「街中を?」

「風中の天宮君との約束。合唱コンクールには楓を参加させるって。このまま、逃げてばかりじゃ楓だって絶対あとで後悔する」

「まあ、いいけど」

 街中で2人きりなら、デートみたいなもんだ。

 何となく浮足立つ自分がいるのを正臣は自覚していた。


 人口が減少したとはいえ、駅前は採掘業盛んだったころの名残がある。4階建ての百貨店に、通りをはさんで反対の複合ビルには、大型の街頭ビジョンが設置され、今もニュースやら広告を流している。

 近郊の村や風応町の固定客もいて、まだ駅前の風情は往年の時と変わっていなかった。だが、これもいつまで続くか分からないが。

 麻耶と正臣は、楓が行きそうな、ファストフード店や洋品店を探して回ったが、楓の姿は見つけられなかった。

 辺りが暗くなり、街灯がつき始める。

 帰宅する人たちで、人通りが増え始めた。

「もうすぐ7時になる。8時過ぎたら、中学生同士の外出は禁止だぜ。どうする?」

 正臣が言う。

「7時?・・・・あっ、今日ってスタードロップ彗星のことで安全宣言がある日じゃない?」

「安全宣言?なんだそりゃ?」

「知らないの?確か外国のどこかでやるのを全世界に中継するはずよ」

「安全宣言なんて何を根拠にやるんだか。まったく、何も知らない連中は呑気だな。そう言えば、寺壕先生は、世界に呼び掛けるみたいなこと話していたけど、それっていったいどうなっているのかな」

 その時、駅前の街頭ビジョンの映像が切り替わった。

「スタードロップ彗星安全宣言」とテロップが流れる。

 麻耶が、それに気付く。

「始まったわよ」

 麻耶の視線に気づいて、正臣も街頭ビジョンの方を見た。

 まず、NASAのお偉いさんらしき人物が英語で話す。

 字幕と、同時通訳で日本語が英語の声に重なる。

 スタードロップ彗星が、予測不可能な動きをする特別な彗星だったこと、地球への衝突の危険があり攻撃衛星での迎撃を決行したこと、その後彗星は地球への直撃軌道をそれて、地球の重力に掴まり衛星軌道に乗ったことなどを説明した。

「なんだか、この説明を聞いていると、ミサイル迎撃のおかげで軌道がそれたみたいな言いっぷりだな。本当は、彗星自体の意志で軌道に乗ったのに」

「しっ。スピーチが始まるわよ」

 NASAのお偉いさんから、スピーチをする人の紹介がある。

「えっ?」

 麻耶は思わず言った。

「今、おおとりって聞えた。同じ苗字じゃん」

 と言った正臣は画面に映った女性を見て、動きが止まった。その人に、正臣は公方天文台で会っていた。

「あ、あれって、麻耶の・・・・」

「お姉ちゃん」

 正臣から引き継ぐように、麻耶が呟いた。

 NASAのお偉いさんからマイクを引き継ぐ。

 由美は、緊張しているのか、マイクをもらってからしばらく沈黙していた。やがて顔をあげて流暢な英語で話し始めた。

 スタードロップ彗星が岩石や氷でできたものではなく未知の元素から成るものであること、その元素はコマを形成すると高温高圧になり太陽の様な活動をするため、光のエネルギーを自ら放射していたこと、またその軌道上にあった火星の衛星ダイモスはその高温で溶けてしまったことを説明する。

「嘘八百だ。麻耶の姉さんは、今言ったことが真実だと本当に信じているのか?」

 正臣は、隣の麻耶の表情を見た。

 麻耶は、注射を打つ時の子供の様な眼で画面を見つめていた。見たくないけれども、見続けなければならない。そんな表情だ。

 辛い気持が痛々しいほど正臣にも伝わってきた。

 正臣は、街頭ビジョンに視線を戻した。

 由美は、スタードロップのそうした特殊性が、地球の衛星軌道に乗ったことでコマと同時に消失し、今は高温や光の放射の心配がなくなったことを説明していた。

 あとは、安全を宣言するだけ。

 由美が突然、口をつぐんだ。

 そのまま顔を伏せる。

 安全宣言をするための小休止にしては長すぎる。

 中継現場での、ざわめきが映像から漏れ聞こえる。

 由美が顔を上げた。

「スタードロップ彗星の脅威は去っていません」

 突然英語ではなく、日本語で話しだした。

「スタードロップは、意志を持つ特殊生命体。地球の軌道に乗ったのは、わたしたちの世界が自らの弱点である音に溢れているからです。スタードロップは光を自由に操ることができる。その力を使われた時、わたしたちは光を奪われ、絶望し、沈黙するでしょう。世界中の皆さん、決して希望を失わないでください。暗闇に包まれ、沈黙が世界を支配しようと、再び声を上げることを決して忘れないでください。あなたたちが絶望に屈しなければ、人類はスタードロップの脅威に必ず打ち勝つ事が出来ます」

 突然、壇上に屈強な黒人たちが上がってきて、半ば抱えるように由美を演壇から引きずり降ろす。画面から、由美の姿が消えた。

 安全宣言の現場は、怒号とステージに詰め寄ろうとする人たちで、混乱のるつぼと化した。

 どこをどう連れてこられたのか分からない。だが、もみくちゃにされながら、黒塗りの車に放りこまれるのに抵抗する気力は、由美には残っていなかった。車の扉が閉められると、由美は、上半身をシートの座面に押しつけられた。

 これでわたしはNASAを敵に回した。

 いや、今日のスピーチで心の安心を得ようとテレビを見ていた全世界の人たちを敵に回した。

「全世界がお前の敵になっても、俺は常にお前の味方だ」

 寺壕のその言葉が、頭に浮かんだ。

 たとえわたしの味方でも、日本からここまで飛んで来ることなんてできないよね。

 由美は、自嘲的な笑みをもらした。

「いやー、まいった。まさか本当にやるとはね」

 由美はどこかで聞いたような声に、ハッとした。

 シートに押し付けていた力が弱まり、由美はシートに上半身を起こした。

 助手席に乗っている男が振り向く。

「よっ、1カ月半ぶりか?」

「諸田君?どうしてここに?」

 そう、振り向いたのは諸田だった。

「分かるだろ。寺壕の命令さ。由美が真実を言ったら大混乱になるから絶対に救い出せって」

「寺壕君が・・・・」

「俺は、由美にそんな勇気はないと踏んでいたんだけどな。寺壕はお前のことを信じていた」

 由美の目から、涙が一粒こぼれ落ちた。

「おっと、こんなとこで、湿り気はなしだ。本番はこれからだ。由美の勇気を今度はネットで流す。全世界の人に、スタードロップに屈しない強い心を持ってもらわないとな」

 そう言うと諸田は、運転手と、後部座席で由美を座面に押し付けていた外人の2人と片手を打ちあわせて、由美救出作戦の成功を伝えあった。


「えー、現場は大混乱です。スピーチをしていた鳳由美さんの姿はもうすでに会場にはないようです。先ほどのスピーチの真偽のほどは・・・・」

 テレビ局も大混乱のようだ。

 正臣と麻耶の周りもざわざわしている。

 麻耶も茫然と、画面を見つめたままだ。

「麻耶」

 正臣の声にも気づかない。

「麻耶、おい!」

 正臣に、肩を揺すられてようやく気付いた。

「行くぞ。何も言うな。今日は帰るんだ」

 正臣は、麻耶の手を引いて、歩き始めた。

「待って!」

 突然麻耶が立ち止まって、正臣の手を振りほどいた。

「今度は何だよ!」

 正臣が振り向く。麻耶の視線の先を見ると、そこに楓が立っていた。

「楓・・・」

 2人がじっとしていると、楓も2人に気付いた。

 楓は、悪びれもせず、2人の方に歩いてきた。

「あなた達、なんでこんなところにいるの?デート?」

「な、何言ってるんだよ。お前を探しに来たんだよ」

 正臣が、慌てて否定する。

「あたしを?」

「お前が学校にも来ないで、街中ブラブラしてるっていうから、麻耶が心配して探しに来たんだよ」

 正臣の言葉に楓は、ちょっと面倒くさそうな表情をしたが、頭ごなしに否定するそぶりは見せない。

 楓は、麻耶の方を見た。

 いつもだったら、真っ先に楓を怒鳴りつける強気の麻耶の姿はそこにはない。

「さっきの人」

 話題をそらそうというのか、突然楓が言う。

「さっきの人?」

 正臣が聞き返す。

 楓は正臣を横目に、麻耶に向き直った。

「あのビルの大型ビジョンに映ってた女の人よ。鳳由美さんて、もしかして・・・」

 楓が麻耶に聞く。

「あたしのお姉ちゃん」

 弱弱しい声で麻耶が答える。

「やっぱり」

 楓は笑った。

「あんなことを言っちゃうなんてすごい。さすが、麻耶の姉ちゃんだね」

 話題をそらそうとしているとは分かっていても、麻耶は、姉のことを褒められてうれしかった。

「うん。すごく・・・誇りに思った」

「何言ってるんだ!大変な事をしたんだぞ!もっと心配しろ!それに、自分のことだって・・・・」

 言いかけた正臣は、麻耶の目に大粒の涙が浮かんでいるのを見て、その先を飲みこんだ。

「・・・・とにかく、今日は家に早く帰るんだ。それから楓」

「何?」

「お前、明日から絶対合唱の練習こいよな。来なかったら承知しねえ」

 楓は、麻耶の方を見た。

「・・・・分かったよ」 


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