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約束

 採掘場の水抜き工事が始まる日、生徒は全員牟誇崎台に集合。

 鵬中の生徒たちの間に広まる情報。

 だが、先生には漏らすな。

 どうせ、バカなことはするなと止められる。

 それと同時に、みどりのことも広まった。

 みどりは、地球を救うためにやってきた宇宙人。

 普通だったら笑い飛ばすことだろう。

 だが、つい1か月前まではなかったもう一つの月が見下ろす今の世界では、何を信じたらいいか分からなくなっていた。

 生徒たちの心に巣食うスタードロップに対する漠然とした不安感の隙間に、その話は浸透していった。

 生徒たちの反応はまちまちだった。

「みどり、あたし必ず行くからね。信じてるよ」

 そう言ってくれる生徒もたくさんいた。

 だが、みどりのことを遠巻きに見て、無反応を決めている生徒たちもいた。誰も彼らを責めはしない。彼らも何を信じたらいいのか分からず、迷っているのだと分かっていたから。

「あれ?三宅君は?」

 麻耶が、3‐Bの教室に入ってきて、そこにいた女子に聞く。

「さあ、3バカトリオと屋上じゃない?」

「三宅君たちのこと、3バカトリオなんて言うな!」

 そう言いすてると、麻耶は3‐Bの教室を飛び出して行った。

「・・・・麻耶、どうしたんかな?」

 言われた女子が隣の女子に話しかけると、隣の女子も首をかしげた。

 その屋上に正臣たちはいなかった。

 誰もいない屋上にいたのは良太一人。

 良太は、屋上で寝転がって月を見上げていた。

 やっと言うことができた。

 寺壕先生も、正臣たちも、俺の言うことを信じてくれた。

 そして、その波は鵬中の生徒の間に広まり、今は多くの仲間が俺を受け入れてくれている。

 すべてが満たされているはずだった。

 だが、何かが心の奥底に引っ掛かっている。

 その原因が分からないまま、良太は不快な気持を抱き続けていた。

 屋上の扉が開く音。

 良太は音に気付いて、上半身を起こして扉の方を見た。

 そこにみどりが立っていた。

「みどり・・・」

 みどりは何も言わず、良太の方に近づいてきた。

 そして、何も言わず良太の隣に座った。

「どうして、ここに?」

「あなたが、ここにいたから」

 不思議な感じだ。

 良太は声を出しているのに、それに答えるみどりは直接脳の中心に語りかけてくる。

「ずっと感じていました。あなたの心に引っかかっているものを。いつか言おうと思っていましたが、どうしても言いだせませんでした」

「言うって、何を?」

「あなたの心に引っかかっているものの正体です」

「えっ?」

 俺自身が分かっていないのに、みどりには分かるのか?

「あなたがアブサイトミチヨライトの干渉を受けてから、わたしはあなたの思考の奥底まで感じ取れるようになりました。あなたたちのいう深層心理の奥底までも」

 良太は、突然自分が丸裸にされたような気分になり、どきっとした。

「そういう反応になることは分かっていました。だから、なかなか言い出せなかったのです。でも、せっかくみんなに真実を話せたのに、心の重荷が下りていないままのあなたを見続けているのがつらくなったのです」

 良太は、思わせぶりなことを言って真相を言わないみどりになんだか腹が立ってきた。

「心の重荷ってなんだよ。言ってみろよ」

「すべては、あなたのやさしさが原因なのです」

「やさしさ?」

「あなたの心に引っかかっているのは、自分のことではなく、わたしのことなのです。わたしが声を発して、元に戻れなくなったあとどうなるのか。自分たちに何かできることがあるのか。そして、もっと深いところで抱いている疑問。どうして、本来の姿を捨ててまでも、わたしがあなたたちを救おうとするのか。それが何一つ分からないことに重荷を感じているんです」

「・・・・46億年前もそうだ。自分たちが元の星に帰れなくなるとわかっていながら、なぜこの地球を救ったんだ。人間たちは愚かだ。スタードロップ彗星が来るという恐怖で、互いに殺し合うような種族だ。人間は、科学力におぼれて滅んだ時と何も変わっていない。なぜ、そんな種族を救おうとするんだ」

「人間は、トーホム・エンザの時代から、精神的に幼いまま何も変わっていない。それでも、わたしたちはこの星を救う必要があるんです」

「それはいったいなぜ?」

「歌を残すためです」

「歌・・・・?」

「トーホム・エンザがわたしたちに最初にあたえた知識。それが歌だったのです。例え音に出さなくても、思考の波に乗ったその美しい音階は、わたしたちにそれまで味わったことのない安らぎを与えてくれました。それ以来、歌はわたしたちにとって、何より大切なものになりました。わたしたちは、全宇宙を探索しましたが、歌で相手に想いを伝える種族はトーホム・エンザの種族のみ。これが滅ぶことは歌が滅ぶこと。なんとしてもこれを止める必要がありました」

「歌は、地球にしか存在しないってのか?」

 みどりはうなづいた。

「・・・・でも、そのために自分の命をかけるほどの価値が歌にあるのか?歌なんて、そんなに特別なものなのか?」

 良太が聞く。

「唇を開けば、歌はすぐに歌える。あなた達にとっては簡単なことかもしれません。しかし、わたしたちが歌を歌えるようになるまでには、トーホム・エンザがわたしたちの前に現れるまで悠久の時を待たねばなりませんでした。さらに、わたしたちが唇を震わせるようになるには、変身を経て、声を発することに対する恐怖に打ち勝たねばならないのです」

「声を発する恐怖?」

「わたしたちは、生まれてから声を発したことがありません。そのことが自分に何をもたらすか分からない恐怖。その恐怖も、この体を得てから初めて感じたものでした」

「この体を得てから・・・・」

 良太はそう言われて、目の前にいるみどりが人間ではない存在だったことを思い出させられた。

「人間の姿に変身してから、わたしは言葉というものを知りました。それは素晴らしい体験。歌を聞く安らぎ以外、何の感情もなかったわたしに様々な感情を与えてくれました。でも、言葉は時にわたしに敵意をむき出しにしてきました。そのことに対する恐怖。何か行動を起こそうとしても、それを止めてしまう感情。恐怖という嵐になんの防御もできなかったわたしの前に、あなたは立ちふさがってくれた」

 みどりは、良太を見た。

 良太はその澄んだ目で見られて思わず視線を外した。

「恐怖はやさしさを打ち破ることができない。わたしは、あなたのやさしさに包まれて、この初めての世界で体験する様々な恐怖からずっと守られてきました。でも、声を発することの恐怖は、誰かのやさしさで打ち破ることはできません。その方法もあなたが教えてくれました」

「俺が?」

「勇気です。あなたは、誰からも手をさしのべられなくても、恐怖に打ち勝つために、自分の中の勇気という感情を奮い立たせた。わたしに今必要な感情は、その勇気です。その勇気さえあれば、わたしは声を発する恐怖を打ち破ることができる。この世界で生きて行くことに対する恐怖を打ち破ることができる。わたしが勇気という感情を奮い立たせること。それが、あなたを心の重荷から解放する方法なのです」

 みどりは、良太の心の中を何でもお見とおしだ。

 それに比べて、自分はみどりの心の中なんて何も分からない。自分からみどりの心の中に入っていけるわけじゃない。一方的に心の中を探られるだけだ。

 そのことに対する不快感が、良太の心を覆った。

 良太は立ち上がった。

「じゃ、俺にはもう何もしてやれることはないな。あとは、みどりが勇気を奮い立たせるのを横で見ていればいいってことだ」

 みどりも立ち上がった。

 みどりには、良太の不快感が丸見えだった。

 みどりに背を向けて、扉の方に向かおうとした良太の手をみどりが握った。

「こうなることは分かっていました。思考の波を受け入れることができない人間にわたしたちが干渉したらどうなるか・・・・。でも、どうしても伝えたかったんです。あなたの心が抱いている重荷を少しでも軽くしてあげたかったんです。わたしたちは、感情というものがどうやって生まれてくるものか分からないから・・・・」

 良太の手を握るみどりの手に力が込められた。

「嫌わないでください・・・・」

 その言葉を聞いた瞬間に良太は気付いた。

 採掘場から救い出されたあと、突然脳の中に現れるイメージで混乱した時、内側からあふれ出してきた暖かい感覚。現実の世界に自分をつなぎ止めてきた、懐かしく、清らかで、柔らかなイメージ。

 あれはみどりの波動だったのだ。

 みどりも自分のことを信じてもらえるか不安で、良太が追い詰められるまで直接脳に語りかけることができなかった。

 でも、過去の記憶のフラッシュバックで良太が苦しんでいる時、言葉にはできなくても、自分の思いを思考の波にのせて送り、手を差し伸べていたのだった。

 それは、言葉を発することができなかったみどりの精一杯の感情表現だった。

 良太は、みどりの手を握り返した。

 力強く暖かい手が、みどりの手を包みこむ。

「嫌うわけないだろ。俺、今までお前のこと気付いてるようで気付いていなかったんだ。今、ようやく気付いた。約束だ。俺が手を貸してやる。必ず、お前のそばについている。だから、その時が来たら声を出すことをためらうな」


 その2人の様子を、階段室の中で、扉の隙間から見ている人影があった。

 麻耶だった。

 麻耶は、ぐっと唇をかむと、2人に気付かれないように階段を駆け降りた。 


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