アブサイトミチヨライト
山道を走る佐藤先生の車。
助手席には麻耶。後部座席には3バカトリオが男3人ギュウギュウ詰めになっていた。
「なんで、麻耶まで・・・・」
「あそこまで話を聞かされて、はい行ってらっしゃい、ってわけにはいかないでしょ」
いつもの元気な麻耶節が復活した。
山道を少し入ると、見慣れぬ工事車両が何台も山奥に走って行った。
「なんだ、あれ。この先工事でもするのかな」
と譲吉。
「採掘場の水抜き工事よ。これが始まってしまえば、もうリゾートホテル建設は止められない」
麻耶が呟くように答える。
工事車両も見えなくなって間もなく、何となく見覚えのある山荘が見えてきた。
佐藤先生が呼び鈴を押すと、森村が扉を開けた。
どことなく、この間の頑固そうな強気の感じと違い、悲壮感がその表情に表れている。
「このあいだ、わしが助けた中学生のことを知りたいと?」
「あのあと、調べたんです。僕達が引き返した先は水没していて、空気がたまっているような空間はなかった。それなのに、良太はおぼれていなかった」
正臣が言う。
「良太?」
「このあいだ、お爺さんが助けてくれた中学生です」
「そうか、良太というのか」
「その良太が俺に言ったんです。どうやって、水のドームをくぐり抜けたのかって」
森村の表情が険しくなる。
「水没している先に、水のドームなんてあるわけない。でも、良太はおぼれずに生きていた。剛志の親父さんは、水を抜けた先で落下して、足をくじいたって言っていた。それに・・・・」
少しの間。
森村が正臣の方を見る。
「水の中から良太を助け出したはずなのに、お爺さんの服は濡れていなかった」
森村は、ふうっとため息をついた。
「もう、この子たちにこれ以上隠しておくことはできそうにないな」
そう言うと、森村は、棚の奥から透明な円柱のガラスケースを出してきた。
「これが何か分かるか?」
「・・・・中に入っているのは、水?」
森村の問いに光吉が答える。
「・・・・だとしたら、ものすごく澄んでいるわ。このケースがなかったら、そこに水があるのが分からないくらい」
と麻耶。
「実は、その中には透明な鉱物の結晶が入っておる」
「鉱物の結晶?」
森村の言葉に驚いて、ガラスケースにかじりつく3人。しかし、その中に結晶の痕跡を見つけ出すことはできなかった。
「・・・・全然分かんないや。こんなに透明な鉱物なんて地球上にあったんですか?」
「アブサイトミチヨライト。彼女の夫、佐藤幹夫が発見した質量ゼロ、無色透明な鉱物じゃ」
「質量ゼロ?この地球上に重さのないものなんてあるんですか?第一、質量ゼロで無色透明なら、そこにあるかどうかどうやって確認するんです?」
「質量はゼロでも体積はある。彌絡石の特性は、空洞が多く衝撃に弱いこと。実はこの空洞こそが、アブサイトミチヨライトの結晶そのものじゃった。つまり岩石の中にあれば、その姿形を見ることができるということじゃ。じゃが、岩石内から取り出してしまえば、目で探し出すのは不可能。実際に触ってみる以外確認する方法はない。透明でも、そこにあれば触れることは可能じゃからな」
「そんな鉱物があるなんて初めて聞きました」
「その存在自体が特異なものじゃが、この鉱物の特性はそこではない。アブサイトミチヨライトは、全ての物質、全ての波動を安定化させる。さらには、放射性物質の動きを止め、周りの原子核を保護する働きを持つ」
「それって・・・」
「壊れた細胞を修復し、乱れた電波を正常化する。全てを元に戻す究極の修復力を有する鉱物なのじゃ」
「そう言われてみると、この辺て山だらけなのに、関西圏のラジオも関東圏のラジオも両方とも綺麗に入るな。それって、もしかしてこの鉱物が、ラジオの短波を安定化させているせい?」
光吉が聞く。
「そうかもしれんな」
「でも、そんなにすごい特性がある鉱物なのに、なぜ知られていないんだろう」
「佐藤が封印したんじゃ」
「封印?どうしてですか?」
「この鉱物には、放射性物質の動きを止めるという特性があると先ほど教えたな。つまり、放射能を無力化させることができるということじゃ」
「じゃあ、これを使えば、核ミサイルや原子力発電所の放射能なんか、もう怖くなくなる。人類みんなのために役立つことなのに、どうして封印したんですか?」
「世界中の人々にこの鉱物を配れるなら封印する必要はなかろう。じゃが、アブサイトミチヨライトはこの地以外、世界のどこからも産出されない。その量はわずか。それを手にする者も一部の者だけじゃ。核戦争が起きた時、アブサイトミチヨライトを持っている国は生き残り、持っていない国は放射能で滅ぶ。お前ならどうする?」
「なんとしても、その、アブ・・・アブ・・・」
「アブサイトミチヨライト」
言葉に詰まった正臣に代わって麻耶が言う。
「そう、それ、そのアブ何とかを手に入れようとする」
正臣が答える。
「そうじゃな。無理にそれを奪おうとすれば戦争になる。そして、それを手に入れた国は、相手の国を滅ぼそうと思えば、いつでも核ミサイルを使える。自分の国にアブサイトミチヨライトがあれば、放射能を恐れる必要はないのじゃからな。この鉱物の存在は、核戦争を誘発する。佐藤は、新たな争いの火種になることを、新たな脅威が増大することを恐れて、その存在を封印したんじゃ」
「時には公にしない方が人類のためになる。佐藤さんはそう判断して、これを発表しなかったんだ」
「そのとおりじゃ」
「佐藤先生はこのことを知っていたんですか?」
麻耶が聞く。
「幹夫さんが、何かとんでもない物を発見して、悩んでいたのは知っていたわ。でも、それがどういう物なのかは、一度も教えてくれなかった」
「・・・・でも、この鉱物と、水のドームにはどんな関係が・・・」
と譲吉が、最初に引き戻す。
「ついてくるがいい」
森村はそう言うと、アブサイトミチヨライトの入ったガラスケースと懐中電灯を片手に、奥の部屋に行った。
そして、本棚の横にあるレバーを下げると、本棚が横にスライドし、そこに地下へと続く階段が現れた。
「そこに懐中電灯がいくつかある。それを持ってついてくるがいい」
階段は、かなりの長さがあった。
「この階段は・・・・」
「もともとは、採掘場への新しい入口にする予定だった所じゃ。採掘場の水没でそのまま階段だけが放置されたのじゃ」
「じゃ、森村さんの家は、その入り口に建てたってこと?」
「そういうことじゃ」
やがて、階段の突き当たりに、左右に続く坑道が現れた。右の方が地下に向かって下がっている。森村はそちらに一同を誘導した。
やがて、水没地点に辿り着く。
坑道を、水たまりが完全にふさいでいる。
「ここから、先は初めての経験じゃろうが、水のドームに辿り着きたいなら恐れるな。このアブサイトミチヨライトの結晶には、水をはじく性質がある。これに触れている物質の周りには空気の層ができ、決して濡れることがないんじゃ」
そう言うと、森村は手を差し出した。
「全員手をつなぐのじゃ。決して手を離すな。手を離した途端、おぼれることになるぞ」
正臣は、森村が水の中にまるで普通に歩くように入っていった後ろ姿を思い出していた。森村、正臣、譲吉、光吉、麻耶、佐藤先生の順で手を握る。
「では、行くぞ」




