妙薬
この一件で、3‐Aのみどりに対するいじめが発覚した。
みどりの嘘つき疑惑がそのきっかけになったことも分かった。
午後の最初の授業は、急きょホームルームに変わった。
寺壕先生は、3‐Aの副担任として教室の隅の席に座っていた。
柿崎は、中学に出てこなかった。教室の中、柿崎と良太の席だけが空いている。
正担当の鹿西先生は、誰が嘘つき疑惑をクラス全体に広めたかを生徒たちに問いただした。
全員が口をつぐむ。言いだしっぺは、楓だったかもしれない。だが、それに従わなければこんな問題には発展しなかったのだ。誰もが沈黙を守るなか、鹿西先生が切れた。
「お前たち、分かっているのか。みどりの心が傷つけられただけじゃない。そのいじめが発展して、良太まで傷つけられたんだぞ。それでもみんな黙っているのか」
「良太を傷つけたのは柿崎だ。俺たちじゃないよ」
男子が言う。
「柿崎が来るまで、みどりのいじめはなかったのか?その前からあったんじゃないか。お前達、みどりをかばう良太をみてどうしたんだ?何もしなかったんだろう?そのことが、柿崎を助長させたんじゃないのか」
正臣は、胸が痛くなった。
なぜ、俺はあの時、良太の言うことを信じられなかったんだろう。もし、良太と一緒にみどりのことを信じてやれたら、楓の言葉なんかに惑わされず、みどりを信じてやれたら・・・。
その時、突然教室の後ろの扉が開いた。
一斉に、皆が後ろを向く。
「おはようございます。・・・じゃなくて、もうこんにちは、かな?」
そこには、けろっとした表情で良太が立っていた。
「林・・・もう大丈夫なのか?」
鹿西先生が聞く。
「体の方は大丈夫です。心のケアは必要ですけどね」
「心のケア・・・」
鹿西先生は、オウム返しに呟いた。
良太は、自分の席に座った。斜め前のみどりが振り向く。心配そうな顔を見た良太は、にっこり笑った。
鹿西先生は、口をつぐんでしまった。
いじめを受け、体を傷つけられた自分の心のケアをどうしてくれるのかと、良太に問題を投げかけられたと思ったのだ。
寺壕先生は、良太の顔を見た。
次の言葉を言う気はなさそう。寺壕先生は立ち上がった。
「良太、その心のケアってのはお前のことか?」
「俺のこと?俺の体は大丈夫って言いましたよ」
「そうか。これからお前のことを鋼鉄の男って呼ばさせてもらうよ」
「そんな風に名付けられたら、名前負けしちゃいますよ」
鹿西先生が、寺壕先生の方を見る。
寺壕先生は、うなづいて鹿西先生から授業を引き継いだ。寺壕先生は、教壇に立つと、生徒たちの顔を見渡した。
「ようやく普通の顔にもどったな。さっきまでのお前たちの顔。まるでこれから飛び降りようとしている自殺志願者みたいな顔していたぞ。どうして、そんな顔してたんだ。先生に教えてくれないか。マサ」
寺壕先生は、正臣に振った。
そのとき、再び後ろの扉が開いて誰かが入ってきた。
楓だった。
鹿西先生が立ち上がったのを寺壕先生が、手のひらを広げて制止する。
「楓、いい所に来たな。お前も一緒に聞け」
一瞬の間の後、クラスメイトの視線が正臣に注がれた。
正臣には、寺壕先生の問いへの答えが分かっていた。
だが、それを口に出して言う勇気がまだ少し足りなかった。
正臣は、良太の方を見た。
良太も、正臣を見ていた。
言え、今しかないぞ。
良太の眼がそう言っていた。
正臣は、正面を向くと言った。
「たぶん・・・・痛かったからだと思います」
正臣は、なんとか絞り出すようにそれだけ言った。
「・・・そうか。痛かったのか・・・」
寺壕先生は、しばらく間を置き、突然言った。
「楓、楓はどうして、この教室に来たんだ?」
「えっ?」
いきなり振られ、動揺する楓。
「何の理由もなくこの教室に入ってくるはずないだろ」
「良太が・・・・学校に来たって言うから・・・」
「心配だったのか」
「・・・・・」
「楓、お前も痛みを感じてたんじゃないのか?」
「えっ?」
「だったら、その痛みにつける薬を探さなくちゃならないな」
「薬?」
「その痛みの原因は何だ?分かるか?」
寺壕先生お得意の訳の分からない質問が続く。
いつもなら捨て台詞を吐いて教室を飛び出して行くところだが、楓は踏みとどまった。
ここで逃げてしまったら、もう二度と引き返せない。
そんな気持ちが、楓の口を開かせた。
「あたし・・・みどりのことが信じられなかった。話せないふりしてカマトトぶってると思った。そのみどりのことを信じてる良太のことも信じたくなかった。でも、そんな2人のことを信じられない自分のことが一番歯がゆくて、いらいらして・・・・」
「ありがとう楓。よく話してくれたな。痛みの原因さえ分かれば、薬はおのずと分かる。原因の逆をすりゃいいだけだ」
寺壕先生は、そこで口をつぐんだ。
楓の次の言葉を待った。
楓は、黙ったまま良太の席に向かって歩きだした。そこで、良太に謝罪する気だと誰もが思った。
だが、楓は、良太の席の横を通り過ぎ、斜め前に座るみどりの前に立った。
「疑ったりしてごめん。あなたは嘘なんかついていない。話せないのは演技なんかじゃない。良太は最初にそれを信じた。自分が傷つくことになってもそれを信じた。だから・・・あたしもそれを信じる」
みどりは楓の言葉に満面の笑顔で答えた。
その笑顔に釣られ、自分も笑顔になるのを、楓は感じていた。
ちらりと良太の方を見る。良太も満面の笑顔でその様子を見ていた。
「痛い思いもしたけど、今のでみんな帳消し。これでみんなの信頼が得られるなら、安いもんだ」
良太の言いっぷりに寺壕先生が突っ込む。
「良太、言葉を慎め。うれしいのは分かるがお前の言葉、軽過ぎ」
良太と寺壕先生の掛け合いで、クラスのみんなにようやく笑顔が戻った。
楓が、3‐Bの教室に戻ると、遥果と話していた麻耶がつかつかと近づいていた。その麻耶に、あわてて遥果が追いすがる。
楓の前に立ちふさがるように立つと、麻耶は言った。
「楓、あんたってサイテーだね」
自分に分からないように、みどりをいじめていたことを知った麻耶の怒りが一気に噴き出した一言。
「麻耶、言いすぎだよ」
遥果が、諭すように麻耶に言う。
楓は、麻耶のことをじっと見ていたが、何も言い返さなかった。
「・・・・でも、これからは、みどりのこと信じるんだよね」
楓は、麻耶の目を見たままうなづいた。
「だったら、今日からみどりと一緒に合唱の練習来てよ」
「えっ?」
「あたし、知ってるんだから。楓が小学校の時、すごく歌うまかったの。あたしにもその歌声聞かせてよ」
「なんで、あたしがあんたなんかのために・・・・」
「あたしのためだけじゃなくて、みんなのため。あなたの歌声がなくちゃ、今年も風中に負けちゃう。楓にとってはいらないものでも、みんなには歌が必要なの。あたしにも、みどりにも、それに、林君にも」
楓は言い返せなかった。
「じゃ、教室で待ってるわよ」
やはり、鵬中で最強の女子は麻耶だった。
休み時間。
女子は皆家庭科室に移動する。
みどりを残して移動する中、最後に教室を出ようとした女子2人が、教室の方を振り返って止まった。2人で顔を見合わせると、その2人は教室の方に戻った。
「みどり、一緒に行こう」
2人の内の1人が、みどりの席まで歩いてくると言った。
技術室。
男連中のむさくるしい空気の中、良太は、正臣に声をかけた。
「佐藤先生から聞いた。マサとジョーとミツの3人が俺のことを見つけてくれたって。ありがとう、俺を助けてくれて」
「いや・・・。俺はついて行っただけだ。良太を助けたのは、剛志の親父さんだ」
「剛志?そういえば、風中の子がもう一人いたって」
「良太は覚えてないか。同じ小学校だったんだぜ。まあ剛志は、小六の終わりに転校しちまったから、覚えてないのも無理ないか」
「うん、剛志って名前に覚えないな・・・」
「剛志だって良太のことなんて覚えていなかっただろうけど、その親父さんが、良太を見つけてくれたんだ」
「そうだったのか。・・・でも、剛志の親父さんて、どうして俺がいる場所を見つけ出せたんだろう」
「信じられないだろうけど、突然、良太が採掘場で倒れている光景が頭に浮かんだんだってさ」
「何それ?それって・・・テレパシーとか超能力ってやつ?」
「剛志の親父さんて、採掘場の事故の生き残りなんだ。生き残った人は、みんな幻覚みたいなのに悩まされて、中には精神病院に入院している人もいるんだって。超能力どころか、病気扱いってわけさ」
「幻覚って、どんな幻覚なんだ・・・」
「彗星がどうとか、月がどうとか言ってたって話だ。詳しいことは当人に聞かなきゃ分からないけどな」
「彗星・・・月・・・・」
良太の表情が、真剣なものに変わる。
「・・・どうした?何か思い当たることでも・・・?」
表情が急に変わったのを見て、正臣が聞く。
「うん、いや何でもない。今日は部活だよな?」
良太は口を濁した。
「ああ、それなんだけど、今日は俺行けない」
「どうして?」
「風中の合唱コンクール実行委員が鵬中にくるんだ。一応、こう見えても鵬中の合唱コンクール実行委員なんでね。麻耶と一緒に、風中とコンクールの打ち合わせ会議ってわけ」
「そうか。分かった。部活は副部長と一緒に進めとくよ」
「ああ、頼む」




