7 彼女の母親、彼女の声、彼女を犯す声
速報はすぐには詳しい情報にはならない。まずそれが「速報」から「ニュース」になるにはやや時間が必要である。
NHKの九時のニュースが最初にそれを報道した。乗客には日本人がほとんどいないということである。まだ判っていない、とニュースの当初は言っていたキャスターが、三十分くらい経つと何やら資料を受け取って、今新しい情報が入りました、と告げる。
画面の真ん中に一人の青年の写真が映った。K県の大学生吉浜征志さんと判明しました…
「え?」
まほは目を見開いた。
何でこの顔が映っているの?
見覚えのある顔、だ。
写真だからやや印象は違うけど…
でもあたしがこの顔を間違えるはずがないじゃない。
まほは目を離せない。
だが名前は彼女の知っているものではない。
これは誰?
まほの頭の中で記憶は一気に回り始める。その中で重要なものと今はそうでもないものがすさまじい速さでより分けられ、今この瞬間、この場で欲しい情報が浮かび上がる。
あれは誰?
彼女がサカイと呼んでいた男は吉浜征志という名で画面に映っている。
…現在吉浜さんの遺体は発見されていませんが、絶望視されています…
アナウンスの声が妙に明るく聞こえる。きっと画面を見ずに聞いたら怒りたくなるくらいに明るく。
…現在爆発の原因はこの吉浜さんの席付近と見られているため、現地との連絡がつき次第、その件についても検証していきたいと思います…
「検証ねえ」
ハルはつぶやいた。
「どれだけ当てになることやら」
常にないほどその口調は冷え冷えとしたものであったにも関わらず、まほはそれにも気付かないほど、画面をじっと見つめていた。マリコさんはその様子を奇妙に思いながら見ていた。ハルは気付かない。
そしてしばらくはその事故関係のニュースが続いたが、事故機に日本人乗客がほとんど乗っていなかったことから、さほど長くは続かなかった。その夜はもう一つ重要なニュースがあったのだ。
ニュースが変わったのを見て、マリコさんはやれやれ、と思いながら洗い物をすべくキッチンへ帰った。
「続いて選挙です。県議会議員選挙の速報が入りました…」
あの修正写真の本体は一体どうゆう面してるのやら。ハルはカウチのひじかけに頬杖をついて、ぼんやり眺める。飛行機事故ほどには興味は湧かない。
「マリコさん誰に入れたのーっ?」
「秘密ですよーっ。選挙はそういうものですーっ」
キッチンからそう大声で返す。律儀な人である。
「…区では…」
TVでは次々に決まっていく当選者を映し出す。ぼんやりと眺めていると、何かどれもかれも同じような印象を受ける。色合いというか、年代というか、あのトーンを落とした背広と、不似合いな赤のリボンのばら。滑稽にまで映る。
ところが、である。
その中の一人にふとハルは目が吸い寄せられた。
女性である。だいたい年の頃は三十代後半という所だろうか。
…いや、意図的にそう見せているようにも見える。動きようによってはもっと若くも見せることが可能そうなスタイルだ。実にきびきびと動く。そしてその身につけているモノトーンのスーツが異様に似合っている。
「…区では無所属・新の横川仮名江氏の当選が確定しました」
そしてクローズアップ。
テーブルが音を立てた。
え、?
ハルはその音の方を向いた。
まほが腰を浮かせてTV画面を食い入るように見ていた。その表情はまだハルが見た事がないものだった。いつも割とぼんやりしている焦点が、完全に真正面のTV画面に集中していた。目の見開き具合があのステージの上の彼女に近かった。どうしたっていうの。ハルは声を掛けるタイミングを計る。
「…どうしてよ…」
まほの声がもれる。
「何で、母様が、よこかわ、なのよ!」
かあさま?
ずいぶんとアナクロな言い方ではあるが、意味は判る。だがあまりにも突然だったので、なかなかその言葉の意味を実際に目の前で起こっているできごとに結び付けるのは難しかった。
「それがあんたの本当の名だって言うの?!」
まほはサイドテーブルをそのまま乗り越え、画面にかじりついた。画面の青い光がまほの顔に反射する。
「じゃああたしは誰だったっていうの?!」
答えなさいよ、と彼女はTVを叩き始める。
そしてやっとハルは現状を把握した。止めなさい、とまほを後ろから羽交い締めにする。彼女の勢いはあまりにも強すぎて、このままではTVか彼女の手のどちらかが確実に壊れそうだったのだ。
やだやだやだ、と彼女はじたばたする。手だけではない。頭だの足だの、何処からこんな力出るんだ、と思うくらいの勢いで振り解こうとする。ハルは羽交い締めにしている腕をすっとずらすと、彼女を力いっぱい抱きしめた。
何秒かして、画面は別の情景に切り替わった。ようやく彼女の動きは止まり…腕と言わず胸と言わず、彼女の動悸や荒い呼吸や汗が伝わってくる。
「もういい?」
ハルはつぶやく様に訊ねた。うん、と呼吸を押さえながらその合間を縫うように彼女は答えた。ハルは腕を解く。とたんに涼しい感触が行き過ぎる。自分の腕に彼女の汗が伝わっていたのが判る。
「まほちゃん」
ハルはほとんど泣き出すか笑い出すかどちらかの爆発寸前のまほに問いかける。
「…あれは『誰』だっていうの?」
「…母様… ハハオヤよ」
絞り出すような声で彼女は言った。
「母親?」
「…ハハオヤよ! あたしを、殺した… あたしだけじゃないわ! きっとサカイも…」
先刻の、ニュースに映し出されたあの見覚えのある顔が彼女の脳裏をよぎる。
「サカイ」。可哀そうなひと。優しかったひと。
あたしに関わらなければ、殺されずに済んだのに。爆破の容疑がかかったまま空中に散るなんて、悲しいなんて思う前に呆れてしまうじゃない。
彼女は胸全体にひどく重いものが広がっているのを感じる。もう見たくもないのに、TVの画面から目が離せない。どういう訳か、一度切り替わった筈の画面がまたあの女に切り替わっている。
嬉しそうなあの女の表情。
背丈より高いだるまの目に恒例のように墨を入れる手。
綺麗な手だ。
そうでしょうよ。家事の一つもしたこともない手なんだから。
自分の産んだ子供の世話なんてしたことがない手だ。
ぴろぴろ、と時々ニュース速報が入る音が耳につく。
ニュース速報は嫌いだ、とハルは彼女とは違う方向から、その時考えていた。あの時も、こんな音ともに、ニュース速報のテロップが画面を横切った。そしてその時の文字は、飛行機事故を最小限の言葉で伝えた。
―――途端、ハルの頭の中で、何かがつながった。
「…まほちゃん… 誰が、殺されたって?」
彼女はひく、と肩をすくませてハルの方を向く。自分は言ってはならないことを言ってしまったのではないか。一瞬彼女の表情の中に躊躇の色が見える。だが自分を見るハルの視線が別の意味で真剣なのが、伝わったのか、彼女は深呼吸を一つしてから、できるだけゆっくりと発音した。
「…あたし、と、あたしのよく知っている人… あたしに傷をつけたひと… 好きだった… 好きなんじゃないかって… 錯覚させてくれた… たった一人の…」
「大切な人、だった?」
「そうよ」
「さっきの飛行機事故?」
「さっきの写真よ」
「あの人が疑われているのじゃないの?」
「そんなこと知らない」
吐き捨てるように彼女は強い口調で言った。大気が震えた、とハルは感じた。耳からとびこんで、コトバと音は心臓をわし掴みにする。こういう声があるんだ。
ハルは自分の呼吸が奇妙なリズムになっているのを感じていた。
こんな内容のことを聞いているのに、自分も自分にとって大切なことを聞こうと思っているのに、そんな理性とは関わりなく、全身がぞくりとする。脳天から足先まで突き抜ける、一番敏感なところを柔らかい筆でなぶられているような感覚が全身にまわり、何を聞こうとしていたのか、それすらも忘れそうになってしまう。危険な声だ。胸がどきどきする。
「サカイは、自分はあのひとに逆らえないって言ってた、あのひとは自分の大切な家族を握っているからって、だからあたしを殺すんだって、あたしに謝って、そして…」
くらくらする。彼女の声はヴォリュームを上げて、くるくるとハルの頭の中を掛け巡り、かき回し、全身をぐしゃぐしゃになぶりつくす。いけない、聞かなきゃ、大切なことがあるのに。
「だから、まほちゃんを、あなたを殺したってことを隠すためにそのひとも消された、って言いたいのね?」
…助かった、とハルは思った。タオルで手を拭きながら入ってきたマリコさんの、冷静な声が耳に届く。
「それが飛行機事故」
彼女はうなづく。大きくはないが形のいい目が一杯に開かれている。
「…でも本当は事故ではない? まほちゃんあなたはこう思っているのではないの?」
マリコさんの声はあくまで冷静だった。
「彼は、自分を殺す爆発物を持たされたのだって」
「…マリコさん」
「ハルさんもそう思ったのでしょう?」
ええそう、とようやくハルは答えた。ふっと寒気がする。気がつくと、背中が、額がびしょびしょになっていた。ひどく汗をかいている。ふう、とハルもまた深呼吸をした。乱れている呼吸はなかなか戻らないけれど。
その様子を見てマリコさんは大丈夫? とコップに水をくんできてハルに手渡した。飲んでいるうちに、次第にその冷たさが身体の中でうずくものを冷ましたのか、コップをテーブルに置くころには、ほぼ平静を取り戻していた。
マリコさんはハルの言いたいことが予想はついていた。だが、その予想はあまりにも口にするには気をつけなければならないのではないか、と感じていた。だから、まずは落ち着かなくては、と考えた。そして改めてマリコさんはお茶をいれるわ、何がいい? と言った。濃いコーヒー、とハルは言い、ミルクティ、とまほは言った。
マリコさんは彼女のために、紅茶はミルクで煮だしたものにした。インドのチャイのように、甘く。
マリコさんが二人のいるリビングへ戻ると、TVのチャンネルは既に変えられていた。関東地方の各県に一つはあるような地元のTV局だった。全国区では選挙速報をしているというのに、この局はのんびりしたもので、音楽番組を流していた。二人はぼんやりとその画面に見入っていた。同じ方向は向いているけれど、決して二人して見合うことはしていなかった。
「…音楽ビデオの番組ですか?」
「初めて見た」
くすくすとハルは笑う。その言葉に弾かれたようにまほはハルに向かって、
「…嘘」
「嘘じゃないわよお。ずっとキョーミがなかった」
「今はあるの?」
「曲は大したことないじゃない、これって。おんなじことの繰り返し。でも画面があるのって大きい…」
お茶が入りましたよ、とマリコさんが声をかけた。
「…インパクトかあ…」
ぼそっとハルはつぶやいた。何ですか? とマリコさんはそれに反応する。何でもないわよ、とハルは自分のカップに手を伸ばした。
「あち…」
口元を押さえてまほがカップを置いた。マリコさんはそれを見て慌てて、
「あ、ごめんなさい、熱かった?」
「…ううん、大丈夫」
「ちょっと待って、冷たいミルク持ってくる…」
そう言ってマリコさんはキッチンへ向かった。ハルはコーヒーのカップを持ったまま、彼女に向かって、
「火傷したの?」
「…んー… たぶん」
「ちょっと見せて」
やや顔をしかめながら彼女は舌先をちょっとばかり出すと、ハルの方を向いた。どれ、とハルはやや顔を近づける。
「…ああ、この位なら大したことはないって…」
口元が、目の前にあった。ハルはめまいがするのを感じた。この口元から、あの声が、出る…
ハルは視線を外さずに、カップをトレイに置いた。何? と彼女は一瞬不安気な表情になる。
そして、それは一瞬だった。
「…まほちゃん?…」
ほんのわずかな時間、だったと思う。少なくともマリコさんはそう思った。なのに、何故、こうなっているのか、よく判らなかった。そして目を疑い、耳を疑った。
トレイを落とさなかったのが不思議なくらいだった。
*
ドアを後ろ手で閉めると、心臓がばくん、と一瞬大きく打った。
マリコさんが立っていた。
「…どういうつもりですか」
「どういうつもりって?」
「自分の胸に聞いてください」
怒っているのではないのだ。それは判る。それはマリコさんの表情だけで判る。長いつきあいなのだ。
「いったいどうしたんですか… あなたにそうゆう趣味があったとは思いませんでしたけど」
「あたしだって知らなかったわよ」
「それでいきなりアレですか?」
「…」
そう言われたって困る。実際ハル自身が困っていたのだ。あの瞬間まで、全くそんな気はなかった。少なくとも、意識したことはなかった。
「声がね」
「声?」
マリコさんは眉根を寄せて問いかえす。それがどうしたのだ、と含ませて。
「あたしにも判らないのよ。ただ、あの声を聞いてるうちに理性がどっかへ行ってしまったというか」
「…まほちゃんの声ですよね? 私はそんなことないですよ?」
「そんなことマリコさん見てりゃ判るわよ… だからあたしだけなのかもしれないけれど… 駄目なんだってば…」
「どう駄目なんですか」
マリコさんは容赦なく問いつめる。何故、どうして。マリコさんはハルを追いつめる気はない。それはあくまで好奇心だった。好奇心でこういうことを聞いていいのか、それは判らない。
だが、理解できない感情なら、せめて因果関係をはっきりしておかないと、ハルとのつきあいまでしこりができてしまいそうで嫌なのだ。はっきりできるものならはっきりさせておきたい。少なくとも自分にはそういう趣味はないのだ。
「最初にあの子の声聞いた時からそうだったわよ。理性とかそういう意識のある部分じゃなくて、あたしが何も考えてない所で勝手に身体が反応してしまうのよ。気持ちいいのよ。そう言ってしまうと何だけど… 声だけで、それまでやってきたことより何より気持ちいいものが走ってしまったんだってば」
「身体に?」
「今まで関係した連中誰もそんな感覚くれなかったわ」
「誰も?」
「誰も、よ。あの子は声だけで、あたしの中をかきまわしたのよ」
「…それじゃハルさんの方が彼女の声に強姦されたようなものじゃないですか」
「知らないってば」
ハルは苦しそうに首を振る。
「ただ… それで… その声を出しているのがその口だと思ったら、欲しくなったのよ、その声を出すもの全てが」
それだけ?マリコさんは聞きたかった。
ハルは苦しそうに胸を押さえている。思い出すだけで、その感情が振りかえし、全身に走る。言ったことは本当だ。だが全てではない。ハルは一点だけマリコさんにも隠していることがあった。
その瞬間、それはだぶったのだ。ずっと前から、自分自身にすら隠していて、絶対に出すまい、と無意識の方で押さえつけていた感情が、その「似た身体つきの」「別人である」彼女、そして自分をその声でかき回した彼女に。
訳が判らなくなっていた。自分が誰を抱きしめているのか、誰を抱きしめたかったのか、そして誰を抱きしめたいのか。
それはここにいるハル自身にも、答が見つからないのだ。
「あたしを軽蔑する? マリコさん」
片手で顔を半ば隠しながら、ハルはマリコさんに訊ねた。軽蔑されても、おかしくはないし、仕方がないことだと思うのだ。少なくとも、マリコさんは、多少ずれているとはいえ、ある程度一般的なモラルの中で生きてきた人だから。
「軽蔑するでしょう? あんたは男も女もきょうだいも誰でも見境がないのかって」
「…」
「そうでしょう? そうなんでしょう?」
答えないマリコさんに、今度は真正面から見据えて訊ねる。マリコさんは静かに言った。
「あなたを軽蔑して何になるんですか」
ひどく冷静だった。
「私は、そうであれどうであれ、ここで、あなたと暮らしてるんです。あなたが何であったとしても、私はここに、居るんです。軽蔑してどうなります?軽蔑するような相手と一緒に暮らすことを選んだ私まで私は軽蔑しなくてはならないでしょう?」
「マリコさん?」
「私ができるのは、どういうあなたであれ、そういうあなたと上手くやっていくことだけなんですよ」
あきらめではない。もうずっと前に、決めたことだった。この家の人々が好きだった。自分に楽しい記憶をくれた人達だった。少なくとも、その記憶は嘘ではない。その記憶を愛している。その風景を構成したもの全てを愛している。なのにその殆どが失われてしまった今、残されたものを守りたいと思うのは、マリコさんにとって当然のことだった。
「それはそれでいいんですよ… あなたがそれで納得しているんなら… ただ私は、一つだけ確認しておきたいことがありまして」
「…何?」
「飛行機事故ですよ」
「…」
「あの時私はあなたの考えてるだろうこと、予想しているだろうこと、半分だけ、彼女に聞きました。でも半分は聞いてません」
「半分だと思ってるの?」
「あなたがそう思ってるんじゃあないですか?『もしかしたら』『あの飛行機事故も』」
ハルはぱっと顔をあげた。
「『あの飛行機事故も、あの子のハハオヤの仕組んだものかもしれない』」
「マリコさん」
「違いますか?」
ぐっと、胸に重いものが付き上がる。顔をしかめてハルは言葉を探した。違わない。確かにあの時自分はそう考えたのだ。何の裏付けもないが、直感的に。
「違わないわ」
「私もそう思ったんです」
「何故」
「TVのニュースや新聞の報道、雑誌の報道の仕方を色々見ていたんですが… 調べ方と報道の仕方がてぬるいんですよ。その後に急に芸能系の事件が大がかりに起こってる…」
「そういえば」
そういえば、その時急に芸能界の麻薬関係のネットワークが見えてきた云々で、一気に女性雑誌やスポーツ新聞が埋まってしまった記憶がある。
「あれからいきなり関係記事が少なくなって、原因究明に関しても、追求の手が緩んだんです。話はいきなり遺族への賠償問題にすり変わって、原因の方はそこでストップしているんです。ただし、表面上は『打ち切り』なんて言いませんから、『機長の神経異常』と一言で片づけられて」
「あの死んでしまった機長でしょ」
「でも彼にそういった異常があったりはしていないんですよ」
「学校のときの知り合いに手を回したのね」
「はい」
あっさりとマリコさんは言う。
「確かにカルテは作成してありましたが、それは『ある日いきなり』作られたものです。別にあんなものは紙切れ一枚のことですから、作成しようと思えば簡単ですし、何人かが『通院していた』と証言すれば済むことです」
「だとすれば」
「それは本当の目的を隠ぺいする目的となります」
「目的」
「誰が乗っていたか」
マリコさんは殆ど表情を変えず、目線はハルから外さない。彼女がこれらのことをずっと考えていたということにハルは気付いた。自分がぼうっと、それまでしてきたことも、これからすることも何も判らずに、ただ時間を食いつぶしてきたうちに。
「調べてあるの?」
「一般に発表してある範囲では」
「それで何が判ったの」
マリコさんは黙って、本棚から大きめの封筒を引き出した。中には幾つかの新聞の切り抜きが入っていた。当時のものだった。飛行機の乗員名簿、写真、爆発の位置関係云々、新聞で報道されたもの全てが、大手から地方紙、関係の深そうなものが殆ど網羅されていた。
「はじめ私はこの名簿に何の符号性も見いだせませんでした」
農協のツアー、一般の観光客、単なるビジネス関係で往復する企業戦士…県会議員…
「ただ、この観光客と、県会議員は関係がありました。だからこの関係かとも思ったんですが、それでもまだ… ところが」
「ところが?」
「まほちゃんがさっき言った『ハハオヤ』を代入すると、方程式は解けるんです」
まほの言った「ハハオヤ」…横川仮名江女史。
「あの女史は、なかなかとんでもない人ですよ」
マリコさんは断言した。
「明日からしばらく、彼女について調べてみます。もしもこの予想が正しかったら」
「あたし達の怒りの行き場は同じになるって訳ね…」
「はい」
「あの子がずっとここにいる理由はできるわね」
「…」
―――すぐには、答えられなかった。