debugroid episode00
頭上と足元を罫線が這う空間で、一昔前に流行った2Dのアクションゲームのようなふざけた効果音が飛び交っていた。
そこかしこで、ぴょろりん、という気の抜けた音と共にさらさらとバグが消えていく。
目の前で起こったそれに、詰めていた息を吐く。
だが、ため息を吐ききるより先に、すぐ側から聞こえたばりばりという新たなバグが生まれる音がして、舌打ちを抑えることが出来なかった。
暴れすぎて破損した箇所のリカバリをしていた隙に次々と現れるバグに、際限が見えず絶望に背筋が引き攣る。
流れていく数字の波に乗り、バグがこちらへ向かってくるのが見えた。
「リカバリを頼む!!」
そばにいた仲間にそう言って、バグの群れに飛び込んだ。後ろから呼びとめる声が聞こえた気がしたが、気のせいにしておいた。
デバッグコードと呼ばれる細長い杖を振りかざして、押し寄せる黒の大軍にコードを詠唱する。
まばゆい光がバグを砂のように変えて、そして溶けるように霧散されてゆく。
一息ついて、リカバリコードを詠唱した。
それによって、欠けたまま流れていく数字がみるみるうちに修復されていった。
「よし、帰るぞ!」
リーダーが周りを見渡しながら叫んだ。
遠くで一息ついていた奴らも、帰還コードの詠唱を始めた。
次々と帰還する仲間を見送りながら、転送コードの詠唱をする。
まだまだ仕事は終わらない。
行先は戦場だ。
***
転送されて早々、敵が突っ込んできた。それも、先程とは比べ物にならない軍勢だ。
「おい、流されんなよ!!!」と怒号が飛んできたが、バグに埋もれて声の発信地は見えなかった。
「遅かったじゃねーか。」
どん、と背中に衝撃があり、振り向けばよく知った仲間。
「ずいぶんなご挨拶だな。」
お互いに軽口を叩いているが、実のところ息が上がっていて笑う余裕なんてなかった。
「こいつをつくったプログラマは、アホか、よっと」
デバッグコードを振り回していると、背後でばしばしとバグが消えていく音が響く。
その勢いはまるで八つ当たりのようで、実際相当ストレスがたまっているのだろう。
自分自身も先程のデバッグ作業での疲労が尾を引いていて、正直もう帰りたかった。
背後で、仲間が倒れる音がした。
「おい!!」と振り返った瞬間、異変が起きた。
突然、視界が真っ白になったかのような光に包まれ、目が眩んだ。
きょろきょろとあたりを見回して、光の正体を見つけた。
長いツインテールを垂らした、青い影。
「ぜろ…わん…」と倒れていた仲間が言った。
ゼロワン…たしか初代のデバグロイドだ。
量産化される前の、試作機的な扱いであったが、量産化が進むとアップデートテスト用のものとして、戦線に現れることはまず無いはずだった。
なぜゼロワンが、とはここにいる量産型デバグロイド全員が思ったことであろう。
ゼロワンは、静かに量産型の一人に近づくと、何かをつぶやいた。
何をつぶやいたのかは分からなかったが、唇の動きから、コードの詠唱のように見えた。
ゼロワンがすうっと手をかざすと、量産型は粒子となって消えてしまった。
目の前の出来事を、誰もが理解出来なかったはずだ。
次にゼロワンに目をつけられた量産型は、じりじりと後退を始めた。
一体どういうことなのだろう。
なぜ、試作機がこんなところで、しかも仲間を殺すのだろうか。いや、殺すといってもデバグロイドにとっての死は、跡形もなく消え去るだけなのだが。血が流れることは無いし、悲しむ者もいない。人間にしてみれば、とても悲しいことらしい。
次々と仲間が消えていくが、こういうときのトラブルシューティングはプログラミングされていない。
想定外ですら想定出来なかったであろう事態に誰一人動けぬまま、時間だけが過ぎていった。
呆然と立ち尽くす中で、ばりばりと空間が裂ける音がやけに大きく響く。
空間の狭間から上半身を乗り出したのは先の戦線にいた量産型だ。
「ゼロワンが暴走した!早く帰還しろ!!」
手を差し出した仲間に手を重ねて、それからゼロワンの方を振り返る。
ゼロワンは、どうやら他の量産型を消滅させてしまったらしく、こちらへ向かってくるところだった。
「いくぞ!!」
仲間の声に、腕を引かれて空間の狭間へ飛び込んだ。
title:「デバグロイド」
プログラムのデバッグを行うためのモジュールであるデバグロイド量産型03モデルの話。
デバッグを行うソフトウェアであるが、暇なプログラマがデバッグ作業を可視化するために創った人モデルのデバッガの一種。他にも戦闘機モデルもあるとかないとか。
イメージソング:ぼくらの16bit戦争