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桃太郎パロディ

桃太郎と瓜子姫

作者: nisho

 鬼が出たと噂を聞いた桃太郎は、新しいNaikiのジョギングシューズを履いて和歌山県に出かけた。キジは「消防署に任せておけば何とかなるだろう」といつものクールな調子で言うのだが、桃太郎が鬼と聞いて黙っていられるはずがなかった。

 和歌山県は静岡海岸からちょうど三キロほど離れた孤島の県である。海から山が飛び出たような外見をしており、昼間は海の暖流によって暖かいのだが、夜になると山の高い場所はものすごい冷え込む。この寒暖差ゆえにか、美味しいミカンの産地としてよく知られていた。しかし、切り立つ海岸や、複雑な山の地形ゆえに隠れ潜むには絶好の場所で、各地から逃げてきた鬼達がときどきたどり着くのだ。

 やる気のなさそうなキジを説得するのは諦めて、桃太郎はサルにも話をした。いつもは任務に忠実な猿であったが、このときばかりは「拙者、体がサイボーグで海は苦手でそうろう」と遠征を固く断ったのである。犬は、明日の朝から限定発売されるフィギュアを求めて、昨日の朝からいなかった。

 しかたなく桃太郎が一人でフェリーに乗り和歌山県にやってきた。そこは平和そうな場所で、ミカンは噂通りに美味しかった。これ以上美味しいミカンは食べたことがないと言ってもいい。地中海式農業で生まれたオレンジなどまがい物だ。愛媛では蛇口をひねるとみかんジュースがでてくるそうだが、いやいや和歌山ではみかんが蛇口だと思えるほどにみかんが美味しい。

 島ではなにやら祭りが催されている最中だったらしく、港に着くなり桃太郎は盛り上がる群集からミカンを嫌というほど食べさせられた。「本土から来た人間にはぜひ、本物の和歌山ラーメンを食べてほしい。カップラーメンの和歌山ラーメンなど偽者である」とはちまきをまいた壮年の男性が、桃太郎に特上のラーメンをご馳走してくれた。このように島はいたって平和な様子だった。鬼の出た噂は間違いだったのだろう。気を取りなおした桃太郎は島を観光することにした。

 和歌山県は特に観光名所があるわけでもなく、しいて言えば自然の豊かな場所であった。また、名産の赤土で焼いた壷が自慢のようでもあった。しかし桃太郎は壷にも植物にもとくに興味はなかったので、なにか他に面白いものはないかとぶらぶらとあちこちを見て回った。すると、通りがかった道の脇に小道があり、「この先、三年坂」という看板がかかっていたのだ。桃太郎の気を引いたのは、その看板の下の落書きで「オーラルセックス、そして二十七センチのヒール」という書き込みだった。通りがかった住民にあれはどういうことかと聞くと「ああ。この先の坂には伝説があって。一度転ぶとあと三年しか生きられないのだそうだ」とどうでもいいことをのたまった。桃太郎は興味を引かれてその坂へと行ってみる気になった。

 坂はものすごい急勾配で、登りきった桃太郎は胃のミカンとラーメンを戻しそうになった。だが「そこのお侍様」と若い女の声が聞こえたために、桃太郎の理性は胃の叛逆に打ち勝つことが出来たのである。辺りを見回すのだが、しかし桃太郎には女を見つけることができない。「ここです。木の上です」といわれ、桃太郎が坂の上に立つ一本松を見上げると、そこには振袖を着た若い女性がいたのだ。ヒールは履いていなかった。

 桃太郎が女に素性を尋ねてもいないのに、女は「私は瓜子姫と呼ばれています」と勝手に名乗った。自分のことを姫というような女を桃太郎は信じる気にはなれなかったが、彼女が続けて「川から流れてきた瓜から産まれて来たからこの名がつきました」と言うと、途端に親近感が沸いた。木の上にいる事情を聞くと、どうやらこの坂の上で鬼に襲われ、生皮をはがれて殺されてしまったのだという。「つまり私は幽霊でして。鬼は、私の皮を被り、この島の貴族と結婚してしまいました。結婚式の祝賀会が、昨日から三日間、港で行われているはずです」と言う。なるほど、船を降りた時の祭りは貴族の挙式だったようだ。ミカンを配っていたことも合点が行く。あの果物も皮をむく。鬼はきっと、皮をむくのが好きなのだ。桃太郎は一人納得しました。

 桃太郎は瓜子姫に同情し、鬼の非道を責めました。自分もミカンをたらふく食べたのだが、飽き飽きしてしまった。鬼め、なんて酷いやつだ。おかげでしばらくは桃を食べる気にならない。瓜子姫は「和歌山のミカンは食べ過ぎると、当分は甘いものを食べたくなくなりますよね。あ、糖分は当分いらない、というか」と、喋っている途中で思いついただろうことを言い、満足げな顔をした。桃太郎は少し腹が立ち、幽霊なら幽霊らしくもうすこし陰気臭くしてはどうかといった。そもそもお前には足がなく、ヒールが履けないではないか。瓜子姫は少し考え「いちまーい、にーまい、さんまーい」と何か数え、九の後に「ああ一枚足りない」と言った。四谷怪談のマネか。井戸の中ではなく、木の上で数えるのでは立ち居地があべこべではないかと桃太郎は意見する。「いいえ違います。天の羽衣の最後の一枚が盗まれてしまって空に帰れない天女のマネです」と瓜子姫は言い返す。「十枚で一組の羽衣なんですよね。つまり、テンの羽衣」、瓜子姫はまた得意げな顔をした。

 坂を下りた桃太郎は、看板に書かれた落書きをアセトンをつかって消した。アセトンは油性マジックを良く消してくれる素晴らしい液体である。それから結婚式の新郎と新婦に祝いの言葉を送り、お礼にミカンを一箱もらった。この島では特にやることはなかった。本土でサルと一緒にミカンを食べるつもりだ。

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― 新着の感想 ―
[一言]  おもしろく読ませていただきました。桃太郎が夏目漱石の小説に出てきそうなキャラクターで個人的にツボりました。これからも頑張ってください。
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