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赤い空、青い雨

滅安と常闇

作者: 八代愛

 自分が在学してたのは、『霧ノ井中学』という平凡な学校。

 平凡な学校生活(ライフ)を送る気は毛頭もなく、いわゆる不良(ヤンキー)という立場にあった。

 授業には数回しか出なかったし、たまに出てもずっと寝ていた。ムカつく先公にはアホなくらいキレてたし、警察にも少々お世話になった。それでも卒業できるんだから、義務教育って偉大だと思う。

 そんなんだから勉強の方はサッパリだけど、喧嘩に関してはダントツだった。男相手には、相当酷いことをした。たくさん殴ったし、たくさん蹴った。でも、女子供ご老人には紳士的(フェミニスト)で付き合ってきた。


 まぁ、こんな世界にいる以上、毎日争い事に巻き込まれるワケだ。


 ある日、帰り道を歩いてたら数人に絡まれた。相手は五・六人。みるからに不良。

「霧ノ井の立花敦だな?」

「……そーっすけど」

「ちょっと、ソコまで顔貸せよ」

――ヤレヤレ……前途多難。

 そう思ったけど、即座に囲まれたので仕方がない。大人しく付いていくことにした。

 連れて行かれたのは、お約束の古い倉庫だった。

「お前さァ、最近ここらで出張ってるらしいじゃねぇの?」

「だったらどうしたンすか」

「髪も金髪なんかにしちゃってさぁ。かっこいいねー」

「そりゃどーも」

 話を聞く限り、どうやら霧ノ井の(ヘッド)張ってる俺が気に喰わないらしい。

 中学生にしてグループを持っているということも、苛立ちの一つなんだろう。

「ケンカ得意らしいじゃん。相手してほしーなぁ?」

――中坊相手に、大人気ないなぁー……オイ。

「テメー、聞いてんのか!」

「……っせぇなァ!」

 目の前の拳を避けて、すかさずカウンター。憤怒の感情も勝って、拳は綺麗に相手の横っ面に決まった。

「っざけんなよコルァ!!」

 仲間が殴られれば、当然場は一触即発。こっちは一人だったし、負けるのは目に見えてた。

 けど、ここで逃げたら男が廃るし?

 馬鹿だって分かってても向かって行っちゃうのが、哀しい男の性。

「いいぜ、かかってこいよ」

「中学と高校の違い……キッチリ教えたるわ!」

「ンなモン知るかァァ!!」


 そっからの記憶は――暗転。


――ドサッ

「……ってぇ……」

 当然、結果は袋叩き。何人かは気絶させたけど、あちこち殴られるわ、蹴られるわで散々だった。

 立ち上がろうにも肋骨が痛くて、両手にも血が滲んでいた。

「どうしたぁ? もう終わりか?」

 神経を逆撫でするような声が、上から掛けられる。

 苦痛で立ち上がれないまま、視界に入る奴らを睨み付けた。

「最近の中学生は、口ばっか達者だな!」

「霧ノ井も、鈴ノ瀬もムカつくんだよ。中坊のくせに調子のりやがってよぉ!」

「っ……クソ……!」

 その時、俺の脳裏に浮かんだのは鈴ノ瀬の頭――大橋圭介。隣の地区のグループ『蝙』の大将でもあり、普段からよく喧嘩する相手だ。

「安心しろ、アッチもおれたちが潰してやるからよ」

「なっ……!」

――圭介(アイツ)も狙われてんのか? 俺みたいに、ボコボコにされんのか……?

 その感情は、奴が心配だとか助けるだとか、そんな高尚なモンじゃない。もっと、もっと、単純な感情だ。

――圭介と戦んのは……この俺だ!

「っ…ざけんなよゴルァ。こちとら、伊達に大将張ってねぇんだよ……っ」

 口の中に溜まった血を吐き出して、横たわったまま強がってみせる。我ながらアホだと思う。

「……調子のんのも、いい加減にしろよ……立花?」

「――……!」

 その時目にしたのは、鈍く光る鉄パイプ。それが何に使われるのかくらい、容易に推測できた。

――ちょっ、ヤバくない? 俺ヤバくない?

 やけに他人事のように感じてたけど、多分顔はひきつっていたんだろう。パイプを構えた男がニヤッと笑った。

「さぁー、ねんねの時間だぜ!」

「くっ……!」

――サヨナラ、俺。あぁ神様、来世は鳥になりたいです。


「オイ、テメェら。人の領地(シマ)で何やってんだ」


 突然掛けられた声に、全員の動きが止まる。痛みに耐えながら首を動かすと、倉庫の入り口に人影が見えた。

「なんだ、お前」

「コイツの仲間か?」

「……仲間?」

 その言葉を受けた人物は、ゆっくりと歩いてくる。近くまで来ると、その顔がはっきりと見えた。

 その人物は、男にしては整った顔立ちをしていた。一瞬女子かと思ったけど、スカートを穿いていなかったので、その考えはナシ。

 何処かで見覚えのある制服なのだが、意識が朦朧としている所為か、学校名が思い出せない。

 しかし、高校生であるのは間違いない。

「仲間ねぇ……」

 自分を見下ろす瞳は、血のような紅の色。正直、怖い。

――誰だっていい、助けて下さい! 世界の中心で叫ぶから!

「お前……香坂の生徒か? 私立のお坊ちゃんが何の用だ」

「コイツを助けに来たんなら、帰った方が利口だぜ?」

「助ける? ……ククッ…ハハッ! 笑わせんじゃねぇよ」

 いきなり笑い始めた彼に、全員が呆気にとられた。

 長めの黒髪の間から、紅い瞳が妖しく光る。

「寄って(たか)って、中坊一人をフクロってか。面白ェ、俺も参加させてくれよ」

「……!!?」

――ジーザス! 九死に一生の一生が無くなっちまった!

 絶望に打ちのめされた一瞬の沈黙の後、その場に笑い声が響く。

「変な奴! ま、構わねぇよ。じゃあ、トドメはアンタに任せる」

 そう言って男は、彼に鉄パイプを手渡した。受け取った彼は、面白そうにパイプを眺めている。

 でも次の瞬間、彼から尋常じゃない気配を感じた。

――あ、ヤバい。

 倒れている自分にしか見えない角度で、彼は笑った。多分、この直感は当たっている筈だ。

「では……遠慮なく」

――ドカッ!

「ぐあっ……!」

「藤森!!」

 その人は自分ではなく、近くにいた男に向かってパイプを叩きつけた。直感通り、その様子はやけに楽しそうだ。

「おい、倒れるにはまだ早いぜ」

――ドカッ!

「ぐっ!」

 口許に笑みを残したまま、彼は別の男の肩を殴る。男は一撃で地に伏した。

「どうしたどうしたァ!? もっと歯ァ食いしばれよコラ!」

 彼がパイプを投げ捨てて叫ぶと、男達が一斉に襲いかかる。

――ドカッ!

――ドスッ!

 数人をものともしないで、彼は次々と男達を倒していく。その攻撃は、目にも止まらない速さだ。何が起こったのかも分からない。

「他人の領地(シマ)荒らすんならなァ、ちったぁ愉しませてみせろ!」

――怖い! 怖すぎる! 絶対ゲームに出てくるキャラだよ! ラスボスよりも最強の裏ボス的なキャラだって!

 そんなことを思っているうちに、制圧完了。あんな派手な喧嘩をしてたのに、彼は無傷だった。

「チッ、弱すぎて話にならねぇ」

「あ……あのー……」

「よォ、生きてるか」

「……どうか、命だけはご勘弁を」

 苦笑いしながら言うと、彼は不適な笑みを浮かべた。

「安心しろ。もう気は済んだ」

「は、はぁ……」

 どうやら、これ以上ケガすることはなさそうだ。

 彼は、倒れたままの自分の隣に腰を下ろす。その時の不良(ヤンキー)座りが、やたら格好良く見えた。

「あの人数相手に一人ってか? 実力(ちから)がねぇなら、それは無謀っつーモンだぞ。ニワトリ頭」

「だって……逃げたらダサいっしょ……」

 ゆっくり身体を起こすと、彼も立ち上がった。

「助けてくれて、どーもっす。今回はマジで死ぬかと思ったから……」

「別に助けたつもりはないぜ」

「結果オーライだから大丈夫! ……って、痛たた……」

 痛みに顔をしかめると、彼は面白そうに笑った。

「無駄に体力使ったな……帰るか」

「あっ、名前教えてくれ!」

「は? 名前?」

「命の恩人の名前くらい、知っとかないとさ」

 ただお礼をしたいと思って聞いたのだが、彼は答えようとしない。

「知らない人には名前を教えてはイケマセン。学校で習わなかったのか?」

「習いませんっっした!!」

「あ……そ」

 彼は溜め息をついただけで、いっこうに名前を教えてくれない。でも、教えてくれないなら余計知りたくなるのが人情。

「教えて下さァァァい!!」

「嫌なこった。とっとと病院行ってこい」

「へ? あ! ちょっ、待って!」

 頭を下げている間に、彼はもう出口の所にいた。瞬間移動ってのは大袈裟かもしれないけど、マジでそう見えた。

「っ……ありがとうございましたっ!!」

 とりあえず、九死に一生を得られて良かった良かった。


 翌日は学校に行った。と言っても、ほとんどの時間を屋上で過ごしていたけど。怪我の理由やら何やらで、先公にアレコレ言われたくなかったからだ。

 煙草を吸いながら、それとなく昨日のことを仲間に話してみた。

「情けねーよ、敦。リーダーが負けるなんざ霧ノ井も終わりだぁ」

「終わってねぇよ、俺だって健闘したわ!」

 自分のグループ『橘』の一人、流木将吾。

 同じクラスのよしみで入った彼は、威勢だけはいい。

「いやー、あの先輩マジでかっこ良かったー! 俺も、あーなりたい~」

中学(ここ)で一番なんだから、別にいいじゃん」

「中学と高校は違う! って、言われたんだぜ。大体強いったって、圭介とは決着つかねーしさぁ……」

 ジュースを一気に飲むと、少し傷にしみた。

「しっかしまー……名前がわかんないんならどうしようもなくね?」

「だから、こーして情報集めてんでしょー。ねぇねぇ、何かない?」

「香坂の生徒だろ? 普通は喧嘩なんて考えらんないけどなー。アソコって、超有名校だし」

 確かに、『香坂学園』は優秀の名で通っている私立校だ。そんな学校に、不良がいるなんて到底思えない。

「あっ、俺聞いたコトある。香坂って学年ごとに特殊クラスがあるらしくてさ、その組って、結構ヤバい奴ばっかなんだってよ」

「オレも知ってるー。高一の特殊クラスに、やたら強い不良が二人いるって噂だよな」

「マジでか!!」

 『棚からケーキ』、じゃなくて『ぼた餅』だ。情報よ来い!

「どんな奴? どんな奴?」

「確か……『碧の瞳』と『紅の瞳』の奴らしいけど……」

「それだ! 紅い方の名前は!?」

「名前? えーっと…確か……シイナだっけ?」

「シイナァァァァァ!!!」

「お、おい敦! どこ行くんだよ!」

 将吾の声を無視して、階段を二段飛ばしで駆け下りる。みんな、ありがとう。持つべきものは仲間だな。

 廊下で先公に会ったが、説教もスルーした。学校なんかクソくらえだ。

 目的地に向かって、一気に走り出した。

 走って走って、ようやく辿り着いた香坂学園。

「でっかー……!」

 学園のデカさに、思わず門前で立ち尽くす。

 さすが私立。公立の学校とは雰囲気(オーラ)が違った。

 とりあえず中に入ろうと、前に足を進める。

――バチッ!

「痛てっ!!」

 何もない空間に踏み入れた途端、電気が身体を走った。

「な、何だよコレ!?」

 目をこらしても、怪しい物は見えない。一体どうなっているのだろう。

――俗に言う、侵入者防止システムか!

「……しゃらくせぇーー! 一気に行ってやるーー!!」

 馬鹿の特権は、ポジティブシンキングだ! とばかりに、謎の空間に突っ込んで行った。当然、電流ビリビリは覚悟の上だ。

「ぅぉぉおおおおおおおお!!」

――シュッ

「入れたぁぁぁぁぁっ!?」

 意外にも、今度は拍子抜けするほど楽に入れた。とにかく侵入成功。

「よしっ……第一関門は突破だ……!」

 近くにあった案内板の地図を見ると、幼等部から大学院まで、同じ敷地内にあることがわかった。

「高等部は……このまま右か。でも会えんのか?」

 自分もそうだが、大抵の不良は時々しか学校へ来ない。だから校舎に入れても、会える確立はかなり低い。

――大体、名前も『シイナ』しか知らなーし……やっぱ難しいか。いや、諦めるな俺! 『成せばなる、成さねばならぬ、何事も』だ! あれ、続きなんだっけ!

 格言の続きは思い出せず仕舞いだったが、兎にも角にも自分に渇を入れ、いざ高等部へ。

 綺麗な小道を歩いて、目的の高等部に到着。今日は早帰り日らしく、半分の生徒は帰宅し、残り半分の生徒は部活に熱中していた。

「……コレ無理じゃね? 絶対残ってねーよ。ゲーセン探した方が早いかも」

 独り言をぼやきながら、グラウンドに目を向ける。全員が活き活きとした表情をしていて、少し遠くに感じた。

「…………」

 香坂は、いかにも『良い学校』って感じがする。こういう学校は、憧れるけど苦手だ。自分が惨めでちっぽけな存在(もの)に思えて、ムカついてくるから。

「……帰ろっかな」

――漫画みたいに、運命的な出会いを期待しマス。

 そう思って、踵を返した。その時。

――ふわっ……

「! ……楽譜?」

 突然、横から楽譜が一枚飛んできた。反射的に拾って、その内容に目を通す。

「なんだコリャ? オタマジャクシ分かんねー!」

 その時は叫んでたから、近づいてくる足音に気付かなかった。

――パタパタ……

「確か、こっちにも一枚……」

「わっ……!」

 楽譜を追って現れたのは、めっちゃ可愛い女のコだった。紫がかった銀髪で、紫の瞳が驚いたように自分を見つめている。

――ヤッベ、ストライク!!

 さすが香坂、女のコのレベルも高い。羨ましい。

「ぁ、あの……っ」

「あっ、スイマセン! あの、えっと、ちょっと人を捜しててっ……!」

 彼女の震えた声に、我に返って弁解する。他校の生徒が敷地内にいるんだから、怪しまれて当然だ。

 その時、彼女が抱えていた紙束に目を留めた。

「そうだ、コレっ……今飛んできたっス」

「ぁ……ありがとうございます」

「い、いえ……っ」

 笑った表情(かお)も可愛い。そんなことを思いながら、次の言葉を選んだ。

「ピアノ、やってるんスか?」

「はい。帰ろうと思ったら、風で楽譜が飛んでしまって……」

――カーワイー……和む~……。

「貴方は、香坂の生徒じゃない…ですよね? 誰を捜しているんですか?」

「えっとー……たぶん高校生だと思うんすけど、『シイナ』って人、知ってます?」

「シイナ? それって……」

「雪ー、こっちにもあったよー」

 声と共に現れたのは、香坂の男子生徒。手には数枚の楽譜、そしてその顔には恐ろしいほど見覚えがあった。

「椎名くん!」

「椎名?」

――運命的出会いキターー!! マジで会えたよ! 俺スゴくね!?

 奇跡って本当にあるんだと、心の中で叫ぶ。

「あ、あのっ!! 昨日は、助けてくれて……ありがとうございましたッ!!」

「え?」

「あのっ、椎名くんを捜してたって……」

「僕を? ……あぁ」

 その人は小さく笑うと、会釈をしてくれた。

「どうも。高等部一年、椎名(そら)です。こっちは、同学年の(あかなし)雪さん」

「あっ……霧ノ井中学三年、立花敦っス」

「霧ノ井か……じゃあ、やっぱりアッチ(・・・)の知り合いだね」

 丁寧な物腰に、正直拍子抜けした。喧嘩の時の雰囲気とは、まるで別人みたいだ(・・・・・・)

君を助けた僕(・・・・・・)ってさ……()、紅くなかった?」

「へ? あぁ、紅かった……」

 その時、初めて気付いた。昊先輩の瞳は、海みたいに綺麗な(あお)だった。

「あれ? そういえば髪も結んでないし……でも顔は同じ……?」

「アハハッ、間違えるのも仕方ないよね。君を助けたのは、椎名之亜(ノア)。僕の双子の兄だよ」

「双子!!?」

 まさか、こんな展開になるとは夢にも思わなんだ。

「えっと……じゃあ、お兄さんは……?」

「あー、多分……」

「――コッチだ。早く済ませようぜ」

 突然、向こうから声が聞こえてきた。途端に緊張する。

「ヤベッ……!」

「シッ、大丈夫」

「敦くん、こっちに……っ」

 言われるままに茂みに隠れると、二人は俺を隠すように前に立った。

 声の主が姿を現したのは、ほぼ同時。

「! 椎名に……杜?」

「こんにちは、風紀委員さん」

――風紀委員!? うわっ、ヤな響き。

 現れたのは、数人の男子生徒。先輩が話しかけたのは、その中のリーダー格らしい生徒だ。明るい髪色が印象的で、いかにも優等生風な男だった。

 真面目そうな奴らだから、見つかったら処罰は確定だろう。草陰で、全力で息を殺していた。

「あー……邪魔したか?」

「ちょっと邪魔かな。団体様で珍しいね? (るい)

「何か正門の結界が、一時的に切れたんだってさ。今新しく張り直したから、その確認だ」

 泪と呼ばれた男は、面倒くさそうに溜め息をつく。

――正門? それって、俺が通ってきた場所じゃん。つーか、結界って? あのビリビリしたヤツ? まさか……俺の所為で切れたのか!?

 心臓が、やたら激しく動いている。こんなに緊張したのは久しぶりだ。

「そ、ごくろーさまデス。後輩イジメちゃ駄目だよ」

「うわっ、ムカつくコイツ」

「頑張って下さい、泪くん」

「ありがとー。じゃあな」

 そう言って、彼は文句を言いながら正門へ向かっていった。とりあえず、一難は去ったようだ。

「た、助かったー……!」

「泪が来るなんて、少し焦ったよ。霊力(チカラ)使って、何とか誤魔化したけど……」

「チカラ?」

「バレなくて良かったね……!」


「ホント。危なかった、危なかった」


 返されたのは、目の前の昊先輩と変わらない声だった。

 しかし、聞こえてきたのは、別方向。

 そして遂に、追い求めた姿が視界に入る。

「よォ、シン。泪を欺くたァ、やるじゃねぇか」

「……どっかの誰かさんみたいに、演習サボってないからね。それより、お客さんだよ」

「あァ?」

「し、椎名先輩!!」

 結んだ黒髪に、紅の瞳。間違いない、本物だ。

「昨日のニワトリ頭か」

「はい! ありがとうございましたッ!」

「テメェに礼を言われる筋合いはねぇよ」

 不機嫌な物腰で返されたが、大して気にならなかった。

 ようやく会えた憧れの存在。それにしても、双子とはいえ、ここまで雰囲気が違うものなのか。

「先輩ッ! あの……お願いがあります! 俺を……弟子にして下さいッ!!」

「敦くん!?」

「は? 舎弟って言いたいのか」

 自分の声明に、全員が驚愕の表情を浮かべていた。

「俺、先輩みたいに強くなりたいんっス!!」

「っせーなァ……断る」

――オゥノゥ! フラれた!!

 軽くショックを受けていた、その時だ。

 突如、椎名先パイの瞳が楽しげに細められた。

「いや……イイこと思いついた」

――ガッ

「あり?」

香坂(ここ)じゃ場所が悪ぃな。アッチで話ぐらい聞いてやるよ」

 腕を掴まれ、半ば引き摺られる感じで椎名先輩に連れていかれる。

 昊先輩と杜先輩は、驚いた様子で追いかけてきた。

「おいノア! 敦くんにヒドいことするなよ!」

「お前らは、ついてくんな」

「俺なら大丈夫っすー。昊先パーイ! 杜先パーイ!どーもありがとーございましたーー!!」

 死神に黄泉へ連れていかれるみたいだ。

 そんなことを思いながら、香坂を後にした。

 連れて行かれたのは、暗めの路地裏。そこには、十人は越える不良達が待っていた。

――もしかしてリンチ? 俺が調子乗ってたから!?

「あ、あのー……何すか? コレ」

 小さく呟くと、先輩が耳元で囁く。

「ヨソの高校(やつら)が喧嘩売ってきたから、暇潰しに買ったまでよ。全員、テメェにくれてやる。アイツらを一人で打ちのめしたら……さっきの申し出、受けてやるよ」

「えっ……!」

 妖しい表情と共に、ギラリと輝く瞳が間近にあった。

 何て人だろう。神もビックリな、超ドS級の冷笑だ。

「怖ぇんなら俺がやる。その代わり、二度と俺の前に現れんな」

「……いいっスよ。啼き喚くホトトギスを黙らせてみせまショ?」

「オーケー、見せてもらおうか」

 その後のことは、よく覚えていない。ただがむしゃらに突っ込んで行って、手当たり次第に殴ったり蹴ったりしていた気がする。

 何とか認めて欲しくて、その一心で身体を動かした。

「―――分かったか、立花敦。霊力(ちから)にしろ、腕力(ちから)にしろ、弱ければ自分(テメェ)が傷つく。この世界は、そう甘くねぇんだよ」

 満身創痍の自分に、先輩は冷たく言い放った。倒れている自分の近くにやって来ると、傍に倒れていた不良に目を向ける。

「まぁ、コイツらよりはマシらしいが」

「くそっ……椎名…テメェ……!」

「ククッ…中坊一人にブッ倒されても尚、俺の名を呼ぶか。……下衆が」

――グシャッ!

「ぐぁっ……!」

「俺だったら即病院送りだ。命拾いしたなァ?」

「っ……!」

 男の頭を踏みつけながら言葉を紡ぐ様は、確かに恐怖を感じた。でも同時に、凄くかっこよく見えた。

「弱けりゃ負ける。負けた狗は、屈辱の末に捨てられる。コイツのように」

「……そうは、なりたくないっすね」

「立花、香坂に来るか? あのくらいの結界を破れるくらいの霊力(ちから)があんなら、馬鹿でも入学できるぜ」

 徐に告げられた言葉に、上手く声が出せなかった。ようやく出せた声は、情けなくも震えてしまった。

「俺が……香坂に?」

「入学すんならV組だ。それ以外のクラスは意味がねぇ」

 狂気を秘めた瞳は、全てを見透かす瞳。

 その紅に、引き込まれるような気がした。

「俺が…俺なんかが、入れるんすか?」

「入ろうと思えば……な」

 先輩はしゃがんで、自分の金髪を撫でる。中指に嵌めているシルバーがキラキラと光っているのが見えた。

「その霊力(ちから)……捨てるには惜しい」

 悪魔の声はこうまでに甘く、死神の笑顔はこうまでに魅力的なのか。

 そんな歌詞みたいなフレーズが頭に浮かんだ。

 こうして、俺は安息を失う。


――それから、一年後。

 心地よい風に髪を靡かせ、屋上に居座る影が二つ。

 退屈そうに欠伸をしながら、ノアは玲の苺牛乳のパックを見つめた。

「今日は紅茶じゃねぇのか?」

「単に気分よ気分。飲む?」

「結構……アツシィー」

「ハイハーイ!」

 ノアの声に応えるように、慌てて敦が走ってくる。

 苦労の末に香坂に入学できた敦は、ノアの舎弟として充実した学校生活(ライフ)を過ごしていた。

「コーヒー買ってこい。三十秒で」

「流石に三十秒は無理ッスよッ~」

――ボキキキッ

「行ってきます!!!」

 手首の骨を鳴らせば、敦は凄まじいスピードで売店へと走っていった。

「しかしまぁー、入学早々からパシらせるなんて、先輩も悪どいねー?」

「何言ってんだ。舎弟なんざ、パシリに使ってナンボだろーが」

「うわっ、非道だ。血も涙もないよ? ノアちゃーん」

「泣かすぞテメェ」

 そんなやり取りの後、二人は空を仰ぐ。

「敦、ちゃんと買ってこられっかね?」

「さぁ……」

「先パーイ! 買ってきたっすーー!!」

 特殊クラス・V組の課程で鍛えられた速力で、見事時間内にコーヒーを買ってきた敦。記録は29.83秒。

 しかし、その手のパックは、明るい茶色(・・・・・)だった。

 それを見た玲は苺牛乳を吹き出しそうになるのを堪え、ノアは瞳孔が開く。

「いいね…! アホな子ほど可愛いって言うもんね…っ」

「へ?」

「……ぉれはブラック派だっつってんだろッ!!!」

「スンマセンしたァァァ!!」

 立花敦。

 ボコられながらも、毎日頑張ってマス。


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