元年 皐月 雨
雨が続く。
春の終わりというものは、
だいたいこうなる。
空は灰色のまま、
昼になっても明るくならぬ。
寺の屋根に落ちる雨の音が、
一日中続いている。
茅葺きの屋根というものは、
新しいうちは水をよく弾く。
古くなると、
音だけは立派にする。
困ったものだ。
寺の裏の川も、
日に日に水が増えている。
雪解けの頃ほどではないが、
流れは速い。
村では、堤の様子を見に行く者が増えた。
堤が崩れれば、
田が水に沈む。
田が沈めば、
その年の米は終わりだ。
米が終われば、
村も終わる。
それほど大げさな話でもない。
村の男たちは、
交代で土手に立つことになった。
昼も夜も、
川の様子を見張る。
寺の前を、
蓑を着た男が何人も通る。
肩には鍬や土嚢。
顔はみな、
少し眠そうだ。
昨夜も数人、土手に立っていたらしい。
川の音は、
夜になると大きく聞こえる。
暗い川ほど、
恐ろしいものはない。
小僧どもは、
最初は面白がって川を見に行った。
だが大人に追い返されたらしい。
「遊びじゃねえ」
そう言われれば、
子供でもわかる。
戻ってきては
大人の口ぶりを真似て
笑い転げている。
昼過ぎ、村の長老が寺へ来た。
濡れた蓑を脱ぎ、
囲炉裏の前で手を温めている。
「川はどうだ」
そう聞くと、
長老はゆっくりと腕を組んだ。
「まだ持ちそうだ」
まだ、という言い方が
あまり良くない。
持つかもしれぬし、
持たぬかもしれぬ。
川というものは、
気まぐれである。
人がどれだけ土を積んでも、
一晩で持っていくことがある。
夕方、小僧どもに
土嚢を運ばせてくれと言われた。
村の男手が足りぬのだ。
わしも一緒に行った。
堤の上には、
何人も立っている。
雨の中、黙って川を見ている。
誰もあまり口をきかない。
水の音だけが大きい。
ときどき土を運び、
堤に積む。
人は土を積む。
川はそれを持っていく。
自然の方が、
仕事が早い。
それでもやる。
やらねば、
全部流れるからだ。
夜になるころ、
雨が少し弱くなった。
男たちが少し息をついた。
村に戻る途中、
誰かが言った。
「これで持てばいいがな」
誰も返事をしない。
皆、同じことを考えている。
寺へ戻ると、
小僧どもはもう寝ていた。
子供は疲れるとすぐ眠る。
それは良いことだ。
大人は疲れても、
なかなか眠れぬ。
川の音を思い出すからだ。
囲炉裏の火を見ながら、
わしは思う。
川は嘘をつかぬ。
崩れる時は、
必ず音を立てる。
人の世より、
よほど正直だ。




