元年 卯月 米櫃
暖かくなった。
寺の裏山の雪もすっかり消え、
境内の草が伸び始めている。
春になると、村の動きが早くなる。
人の足が軽くなるというより、
畑と田が人を急がせるのだ。
寺の前の道を、村の男たちがよく通る。
鍬を担いだ者、苗代を見に行く者、
水路を見回る者。
みな忙しそうだ。
この村では、長男は家に残る。
田と家を継ぐからだ。
次男三男は残らない。
町へ出るか、
どこかの寺へ入るか、
あるいは兵になる。
寺の小僧の半分は、
そうして流れてきた者たちである。
ある日、門のところで声がした。
村外れの百姓が、
小さな子を連れて立っている。
「和尚、頼みがある」
だいたい、この言葉で始まる話は
飯の減る話である。
案の定だった。
「この子を預かってくれぬか」
子はまだ十にもなっていない。
背も低く、痩せている。
父親は言う。
「うちは長男が家を継ぐ。
次の口が増えると、田が持たぬ」
そう言って、頭を下げた。
わしは子供を見た。
子供は黙って地面を見ている。
この顔は、
これまで何度も見てきた。
寺へ来る子供は、
だいたい同じ顔をしている。
家に残れなかった顔である。
「飯は多くないぞ」
そう言うと、父親は何度も頭を下げた。
「それでも構いませぬ」
構わぬのは父親の方で、
困るのは寺の米櫃だ。
それでも追い返すわけにはいかぬ。
寺とはそういう場所らしい。
小僧どもに新しい仲間が増えた。
名を聞くと、
「太吉」と言う。
すぐに小僧どもに囲まれた。
子供というものは、
新しい者が来るとすぐ騒ぐ。
「お前、どこの村だ」
「飯は食ったか」
太吉は戸惑いながらも、
すぐに輪に入った。
子供は慣れるのが早い。
夕方、囲炉裏の前で飯を食った。
椀の数が一つ増えた。
米の減りも一つ増えた。
小僧は九人。
坊主は一人。
寺の姿が、ますます食堂に近づいている。
飯を食い終えたあと、
太吉が聞いた。
「和尚、寺では何をするのですか」
「掃除だ」
そう答えると、
小僧どもが笑った。
寺の仕事の半分は掃除である。
残り半分は、
飯の心配だ。
経を読むのは、
その合間である。
夜、寺の裏から村を見た。
灯りがいくつか見える。
人がいる家の灯りだ。
村の家はそう多くない。
それでも、
長男が家を守り、
次男三男は外へ流れる。
そうして村は、
どうにか回っている。
子は宝だと言う。
だが飯の前では、
宝もなかなか重い。
だから寺には、
今日も小僧が増える。




