元年 弥生 橋
川の水が増えた。
雪解けというやつだ。
寺の裏の坂を下りると、村の外れに川がある。
普段は石が見えるほど浅いが、この時期だけは別の顔になる。
水は茶色く濁り、流れも早い。
山の雪が全部ここへ来るのだ。
去年の大雨で橋が流されたままになっている。
丸太を渡しただけの粗末な橋だったが、
それでも無いと少し困る。
もっとも、誰も直そうとはしない。
直すには人手がいる。
木もいる。
縄もいる。
そして何より、暇がいる。
戦国の村には、
だいたいその暇がない。
村の男どもは、もう田の準備を始めている。
まだ風は冷たい。
朝には霜も降りる。
それでも鍬を持って田へ出る。
田は、人の都合では休まぬ。
人が減っても、
戦があっても、
春になれば耕す。
そうしなければ、秋に食うものがない。
当たり前のことだが、
人は当たり前のことに一番追われる。
寺の前を、村の若い者が二人通った。
肩に鍬を担いでいる。
「和尚、橋を直さねえとな」
「そうだな」
「でも今年は人が足りねえ」
そう言って、二人は笑った。
笑っているが、半分は本当だ。
去年の戦で、村の若い者が何人か帰っていない。
帰らぬ者の家では、
女と老人が田を見ている。
田は待ってくれぬからだ。
昼頃、小僧どもが川を見に行った。
増水した川というのは、子供には面白いらしい。
「和尚、橋がなくても渡れるぞ!」
そう言って、浅いところを探して石の上を跳ねている。
一人が滑って、尻を濡らした。
境内に戻ってきて、
「寒い寒い」と騒いでいる。
わしは囲炉裏の前に座らせた。
火の前で乾かしてやる。
小僧どもはすぐに元気になる。
子供というものは、
濡れても転んでも、
少し火に当たればまた走り出す。
大人はそうはいかぬ。
濡れたままの話を、
何年も引きずる。
夕方、寺の裏から田を見た。
あちこちで土を返している。
まだ水も入っていない田だが、
春の匂いがする。
土が黒くなり、
鳥がつつきに来ている。
橋は流れたままだ。
川は荒れている。
それでも田の準備は進む。
人というものは、
不思議な生き物だ。
戦があっても米を作る。
橋がなくても米を作る。
米がなければ、
戦どころではないからだろう。
土というものは、
人より真面目だ。
人がいなくなっても、
春になれば必ず柔らかくなる。
耕せば受け入れる。
文句も言わぬ。
人の方が、
よほど面倒である。




