元年 睦月 餅
雪は薄いが寒い。
寺の屋根の茅は、今年もどうにか持ちそうだ。
去年の嵐で半分ほど飛びかけたが、村の男どもが縄で縛ってくれた。
縛り方は雑だが、どうせ春まで持てばよい。
茅葺きの屋根とは、だいたいそういうものだ。
朝、寺の裏へ回る。
ここから村がよく見える。
白い田の向こうに、茅葺きの屋根が並んでいる。
その上から細い煙がいくつも立ち上っていた。
わしは毎年、それを数える。
煙のある家は、生きている家だ。
煙の出ぬ家は、そのうち荒屋になる。
今年は……二十ほど。
去年と、あまり変わらぬ。
それなら、よい年なのだろう。
戦国では、減らぬ年がよい年だ。
煙の数を数え終えると、境内の方から騒ぎ声が聞こえた。
小僧どもが、何かを見つけたらしい。
「和尚、餅があるぞ!」
囲炉裏の横に置いてあった正月の残り餅である。
硬くなりかけているが、焼けば食える。
「残っているなら、わしが先に食う。」
そう言ったら、小僧どもが笑った。
数えてみれば、小僧は八人いる。
坊主は一人だ。
寺というより、ただの食堂ではないか。
それでも子供に追い払われる寺では困る。
仕方なく、餅を小さく切って囲炉裏で焼いてやった。
八人で分ければ、餅などあっという間である。
小僧の一人が言う。
「和尚、もう一つ焼いてくれ。」
「仏様の分がある。」
そう言うと、
「仏様は食わんだろう」と返された。
たしかにその通りである。
だが、仏様の分と言っておかねば、
寺の餅は一日で消える。
世の中というものは、
だいたいそういう理屈で出来ている。
餅を食い終えると、小僧どもは境内で遊び始めた。
雪を踏み固めて城を作り、枝を槍にして戦ごっこをしている。
一人が倒れ、一人が勝つ。
倒れた者はすぐに立ち上がり、また戦う。
子供の戦は便利だ。
死なぬからだ。
本当の戦では、そうはいかぬ。
村の若い者も、何人かは戦に行った。
帰らぬ者もいる。
だが、正月の間はあまりその話をしない。
人というものは、
年が変わると少しだけ安心するらしい。
去年の厄介ごとは、去年に置いてきたような顔をする。
もちろん、春になればまた思い出すのだが。
昼になると、村の婆さまが大根を一本持ってきた。
「和尚、今年も頼みますぞ。」
何を頼むのかといえば、
仏様の前で経を読むことだ。
わしは大根を受け取って言う。
「今年も村が残るよう祈っておこう。」
婆さまは頷く。
だが、村が残るかどうかは
仏より米の方がよく知っている。
米があれば人は残る。
米がなければ、人は去る。
それだけの話だ。
夕方、もう一度寺の裏へ出た。
煙はまだいくつも上がっている。
二十軒。
去年と同じ数。
それなら、まずは十分だろう。
戦国では、減らぬ年を豊作と言う。
寺へ戻ると、小僧どもが囲炉裏の前で丸くなっていた。
火のそばにいると、すぐ眠くなる。
人もまた、火がなければ長くは持たぬ。
煙は屋根を守る。
火は人を守る。
そして飯は、寺を守る。
小僧が八人。
坊主が一人。
……やはりこれは寺ではなく、ただの食堂ではないか。
まあよい。
腹を満たす場所があるうちは、
村もまだ生きている。
煙も、二十。
それなら今年も、
まずは悪くない始まりだろう。




