元年 長月 米の匂い
朝の風が少し軽くなった。
葉月までの暑さが嘘のように、
朝だけは涼しい。
寺の裏山では、
蝉の声が急に減った。
代わりに、
草むらで虫が鳴いている。
季節というものは、
誰かが合図を出すわけでもないのに
きちんと交代する。
人の世より
よほど規律が良い。
村では稲が色づき始めた。
田はまだ青いが、
ところどころ黄色が混じっている。
遠くから見ると、
風が吹くたび
田が波のように揺れる。
秋の田は
見ているだけなら
実に立派だ。
だが
作る方は楽ではない。
村の男たちは
朝早くから田に出ている。
稲の様子を見て、
水の具合を確かめる。
鳥も来る。
猪も来る。
気を抜けば
一晩で荒らされる。
米というものは
取れるまでが
やけに長い。
小僧どもも
田へ行って手伝っている。
とはいえ
子供の仕事は
そう多くない。
雀を追う。
畦を歩く。
大声を出す。
それでも
人がいるというだけで
多少は違うらしい。
昼頃、
村の男が寺へ来た。
汗だくである。
「今年は出来が良さそうだ」
そう言って
水を飲んでいる。
その顔は
少しだけ明るい。
米の出来が良い年は、
村の顔が変わる。
争いも減る。
声も大きくなる。
人というものは
腹が満ちる見込みがあると
急に気が大きくなる。
だが
秋まではまだ少しある。
稲というものは
最後まで気が抜けぬ。
風が来る。
雨が来る。
病が出る。
一晩で
全部駄目になることもある。
夕方、
寺の裏から田を見る。
風が吹き、
稲が揺れている。
あれが全部米になるなら
村は楽だろう。
だが
世の中というものは
そう上手くいかぬ。
実る前に
刈り取られることもある。
兵が来る。
年貢が来る。
どちらも
米の匂いを
よく知っている。
囲炉裏の前で
小僧どもが芋粥を食っている。
椀を抱えて
ふうふうと息を吹いている。
粥というものは
腹には入るが
すぐ減る。
それでも
鍋が空になる頃には
皆満足した顔になる。
白い飯の話をしながら
芋粥を食う。
人というものは
だいたい
そういう食べ方をする。
わしは思う。
米はまだ
田の中にある。
だが人は
もう食った気でいる。
人というものは
腹より先に
夢を満たす生き物らしい。




