第2話 斥候
第二話 斥候
サークルの啓介先輩に呼び出され、
レンたちは大学の共有スペースに集まっていた。
「ほら!!!見てよ!!!生放送にテレポート人間映ってたんだって!!!!ほら!!!!」
うるさくタブレットを見せつけるのは啓介先輩。
「わかったって、わかったから静かにして」
啓介先輩を収めるのはいつも駿平先輩だ。
「これは、テレポートだよ。」
普段無口な先輩、久遠創一先輩が呟く。
「なっ!!!そうだよな!!!さすがはじめんだぜ♪」
「確かにぃ!これ動画の人と同じ服着てるもん!不思議だねぇ………………洗えないのかな?」
「「いーやいやいや!!そうじゃない!!」」
ド天然なつむぎ先輩にレンと啓介先輩が突っ込む。
「しかもこの人あれですよね、前の動画の時も今回も、ずっとこっち見てますね。」
レンがずっと感じていた違和感を口に出す。
「あぁー?こっち見てるだ?なーに言ってんだ。」
啓介先輩は呆れたようにため息をついていた。
「えっ!?さっきまでテンション馬鹿高かったのに急にトーンダウン!?」
「よーし、レンちゃん、表出ろ〜、俺の事馬鹿って言ったの後悔させてやる」
「ひゃ〜!ご勘弁を〜」
レン達はこの茶番をやるのが好きだった。
数時間後
四限が終わり廊下に出ると、ミオと出会った。
「今日は何限まで?」
「今日はこれでおしまいだよ。この後サークル行く予定」
「そっかそっか!じゃあ一緒に行こうよ!俺も今終わったんだ!課題を提出しに行こうとしただけ!」
「そうなんだ、じゃあ付き合うよ」
レンはミオと一緒に課題提出後、体育館へと向かった。
体育館には、まだ誰も来ていなかった。
「流石に誰もいないね〜」とたわいのない会話をしていると、ミオが突然立ち止まる。
その目は、何かを見て怯えているかのようだった。
「ごめんっ、具合悪くなっちゃったから、
先に帰るね!!今日はサークル行けないかも!!」
(今ここで接触したら、レンが標的になる…!)
「あっ、ミオ!!」
ミオは走って体育館を出ていった。
レンはミオが見ていた方へと振り返ると。
何かが消えた後のような気配を感じた。
「……なんだ…?」
――――――――――
「ハァッ、ハァッ」と息を切らし必死に走る、大学を抜け商店街の方へと来た。
「……いるんでしょ。」
ミオは息を整え飲み込んだ。
その瞬間、程々に賑わっていた商店街から音が消えた。
「…なぁんだ、気付いてたんか。」
ミオは声のする方を向いた。
街灯の上にしゃがんでこっちを見ている者がいた。
「……弥生」
「……なぁ、ノア。お前なんで追われてんの?」
ミオの元の名前を知っている、弥生と呼ばれた男は問いかけた。
「……」
「なんで喋んねぇんだよ。なんで追われてんのって。」
弥生はノアの目の前へとテレポートした。
「…言えない。」
ミオは口をぐっと閉じる。
「言えないってお前……はぁー、なんかやらかしでもしたんか?」
弥生は呆れたように腰や頭に手を当て空を見た。
「…………」
「……何、黙るなよ。」
ミオは静かに俯き、目を瞑る。
「……他に誰か来てるの?日向は?」
「日向はタピオカが食べたいって言ってどっか行った。……他はー、えーっと、バリーか」
「……バリー、あの人が出てくるのね」
ミオは苦い顔をする。
「……何となく、察してたけど。お前、殺されるんか?俺と日向の斥候だけならまだしも、バリーが出てくるなんて、もう、それしかないだろ。」
「……うん。そうみたい。」
「……そうか。やっぱそうか〜、やだな〜。俺ノアに貰ったこの能力マジで好きなのに〜。俺も死ぬってことでしょ〜?」
冗談めいた声だった。
けれど、その意味を、
ノアは否定しなかった。
「あと、最後に聞いときたいんだけど、ノアと一緒にいた子、誰?」
「…………だめだよ。巻き込まないで。」
ノアの瞳が強く揺らめく。
「……そうかよ……じゃあ…頑張って逃げてよ、俺、死にたくねぇから。」
弥生は背を向けながら、
人差し指で耳元を軽く叩いた。
それだけだった。
――――――――――
ミオが走り去った後も、
レンはしばらく、その場を動けずにいた。
体育館の中は静かで、
さっきまで誰かがいた気配だけが残っている。
――何か、あった。
そのときは、
本当に体調が悪くなっただけだと思っていた。
だから、追いかけたくなかった。
理由は分からない。
ただ、何かが起きたのだという感覚だけは、
はっきりしていた。
追いかけるべきだったのかもしれない。
けれど、足は動かなかった。
胸の奥に引っかかる感覚があった。
それが何なのか、レンには分からない。
レンはまだ知らない。
あの瞬間から、
自分もすでに巻き込まれていることを。
稽古の時間となり、レンは竹刀を握り続けていた。
だが、昨日と何かが変わった実感はなかった。
踏み込みも、振りも、
教えられた通りにやっているはずなのに、
どこか噛み合わない。
休憩の合図がかかり、
レンは壁際で水を飲んでいた。
「……レン」
声をかけてきたのは、創一先輩だった。
「さっきの打ち、悪くない」
「え、本当ですか」
「うん。でもな」
創一先輩は少し間を置いて、
体育館の床を見下ろした。
「“当てに行ってる”」
「……当てに、ですか」
「そう。相手を見る前に、打とうとしてる」
レンは言葉を探すように黙り込んだ。
「力はあるし、形も崩れてない」
「じゃあ、何が……」
「止まれない」
創一先輩はレンの正面に立ち、
軽く構えを取った。
「打ったあと、一拍置け」
「一拍……」
「そう。走るな。滑れ」
昨日、どこかで聞いた言葉だった。
「怖いんだろ」
「……え」
「当たらなかったら、って考えてる」
レンは何も言えなかった。
「でもな、剣道って、
“当てる”前にもう勝負ついてること、多いから」
創一先輩はそう言って、
竹刀を下ろした。
「焦らなくていい」
「今は、それでいい」
その言葉は、
励ましのようでいて、
どこか突き放しているようにも聞こえた。
喉を通る水が、やけに冷たく感じた。
稽古が再開しても、レンの意識はどこか上滑りしていた。
竹刀を構え、相手と向き合う。
いつも通りの距離、いつも通りの呼吸。
――のはずなのに。
一歩踏み出すたび、
胸の奥に引っかかるものがあった。
(……さっきの)
理由は分からない。
ミオの顔が、言葉が、
何度も頭の片隅に浮かんでは消える。
打とうとした瞬間、
一拍、遅れる。
「――っ」
間に合わず、竹刀が空を切った。
「レン、集中!」
声を飛ばされ、慌てて構えを直す。
分かっている。
今は稽古中だ。
余計なことを考える時間じゃない。
それでも、
身体が言うことを聞かなかった。
打ち終わり、止まれない。
創一先輩に言われた言葉が、
皮肉なほど、頭に残る。
休憩の合図がかかり、
レンは息を整えながら、先程あったミオの顔を思い浮かべていた。
「……なにかに怯えてた……何に?」
さっきの怯えた顔が脳裏から離れない。
「……いやきっと、課題をやり忘れたとかなんだろう。うん。きっとそうだ。」
自分に言い聞かせるように呟いたが、
胸の違和感は消えなかった。
そのときだった。
体育館の入口付近、
一瞬だけ――
誰かの視線を感じた気がした。
それは、
敵意というよりも、
探るような――迷うような気配だった。
振り返ると、黒い服の影が、一瞬だけ視界をかすめた。次の瞬間、もういない。
「……忍者か?……いや気のせい、か」
そう呟いた声は、
自分でも分かるほど、落ち着いていなかった。
レンはまだ知らない。
この違和感が、
ただの気のせいではないことを。




