3. 名前の呪縛
ハムのユーシャへの第一印象を一言で言うのなら、「めちゃくちゃ可愛い」という言葉に尽きる。
透き通るような白銀の髪。あどけなさを残した顔。そんな子供っぽさとは対照的に、出るところはしっかりと出た身体。
思春期真っ盛りなハムが見蕩れるのも仕方の無いことだろう。
「……あの、ハム、さん?」
しかし、ユーシャはそれどころではない。
ただでさえ逃げ出したい気持ちを抑えて勇気を出して来たのに、賢者候補は無言で値踏みしているかのような視線を向けてくる。
話しかける前にあった勇気がみるみるうちに萎んでいった。
見蕩れていたことを自覚したハムは慌てて向かいの席を指し示す。
「すみません。どうぞ向かいに座ってください」
「あ、は、はい。よろしくお願いします、ハムさん」
普段であれば否定する名前呼びも、ハムは気づかない。気づかないほどに、慌てていた。
だからユーシャが前の席に座ると、ハムは気づかれないように深呼吸をする。
「……よし。確認ですが、ユーシャ・二ナールさんで間違いないですか?」
「は、はい。そうですっ」
ガチガチのユーシャ。
比較的平静を装えているハム。
ひとつ言えることは、この場に冷静な人はいないということだ。
「ユーシャ・ニナールです。役職は、剣士です!」
想像以上に大きな声が出てしまう。
それに気づいたユーシャは恥ずかしそうに口を隠す。
「ごめんなさい。声、大きかったですよね」
「ああいえ。綺麗な声でしたよ」
「うきゅ」
「あ」
二人揃って真っ赤になる。
無言の時間が少し流れたが、誤魔化すようにハムは咳払いをひとつ。
「それでは、面接を始めましょうか」
「よ、よろしくお願いします!」
再び緊張感が戻ってくる。
「ではまずは……どうして冒険者を志したか聞いてもいいですか?」
ド定番の質問を投げかけるハム。
ユーシャはそれにたどたどしくも答える。
「一番は、御伽噺の勇者のようになりたいと思ったからでした。昔から好きで……それに憧れて、冒険者になりました」
無難な解答。
だが、受付嬢に勧められて面接をしているだけのハムにはこれだけで十分だった。
しかし、彼女の言葉はまだ続く。
「でも、それと同じぐらいに……私の名前が原因でもあります」
ぽつりと呟かれた名前、という単語。
それを聞いたハムは無意識のうちに身を乗り出していた。
「名に負けないように、名に恥じないように、何者かにならなければならないと、そう思っていました」
ニナール家。
優秀な家族に囲まれた日々。自分も彼らと同じようにならなければならない。家族と同じように何かを成し遂げなければ家族でいられないと、日に日に焦っていた。
「そうして名前に振り回されて、今ここにいます。……ごめんなさい。こんな話をして。やっぱり私はハムさんのパーティーには相応しくな」
「――そんなことない!」
ハムはいつの間にか身を乗り出していた。
ユーシャはそんな彼の様子に驚き、目を見開く。
「俺も名前に振り回されてきた! 何度も、何度も違う家に生まれていたらって考えたこともあった!」
思い出すのはバカにされ、笑われてきた日々。
テストに名前を書きたくなかった時のこと。
卒業式で名前を呼ばれ、クスクスと笑い声が聞こえた時のこと。
――全部が全部、悪いことばかりではなかったけれど。それでも、名前が違ったらって思ったことは何度もあった。
「俺と君は一緒だ。悩みは違うかもしれないけど、きっと一緒なんだ」
名前が普通だったなら、前よりもっと友達が出来たかもしれない。自己紹介の時にもっと堂々と出来たかもしれない。
「いっ、しょ……?」
「名前通りにしなければならない。そんな風に言われる気持ちはよく分かる」
そう言ってハムは優しく微笑んだ。
――ここで補足をしておくが、周山 ハムは勘違いをしている。
ユーシャはニナール家という存在に振り回されている、と語っているが、ハムはユーシャという名前に振り回されていると考えてしまっていた。
「仲間になってくれ、ユーシャ。俺はずっと、同じ悩みを共有出来る友達が欲しかったんだ」
ユーシャが可愛かったことに加え、同じ悩みを共有出来ると考えたハムはとても浮かれていた。
「二人でなら、この悩みもきっと乗り越えられる。だから――!」
本当にすっごく浮かれていた。
突拍子もない言葉の連続。冷静に考えれば、ハムが何かを勘違いしていることは一目瞭然だった。
――そう、冷静ならば。
「い、いいんですか……?」
「もちろんだ!」
ユーシャは緊張や照れでまともな思考力は残っていなかった。
その結果、
(ハムさんにも優秀な家族がいたんだ……!)
優秀な兄弟。そして家族と比べ続けられる日々を送るハム。そんな中でも努力を続け、賢者候補と呼ばれるまでに上り詰めた。という感動ストーリーが脳内で展開されていた。
「俺は有名になって、名前で何か言われないようになってやる!」
「|名前で何かを《ニナール家だというのにと》言われないように……!」
「二人でなら、辛いことも耐えられる!」
「二人でなら、辛いことことも乗り越えられる……!」
そうだ。
御伽噺の勇者は何時だって仲間がいた。
「『僕はひとりでは何も出来ない。でも皆がいたら、何だって出来る気がするんだ』」
「え?」
「私の好きな物語の一節です」
どうして忘れてしまっていたんだろう。
物語の勇者だって、仲間と居たから勇気を出せたんだ。
それを、ハムさんは気づかせてくれた。
ユーシャはそう解釈する。
「……それで、どうかな。俺としては君とパーティーを組みたいと思っている」
――同じ悩みを抱える者同士として。
そんな思いを込めてハムは提案する。
それに対してユーシャは涙声で返事をした。
「はいっ。よろしくお願いします!」
かくして。
ハムとユーシャはパーティーを組むことになった。
(ハムさんと一緒なら、きっと御伽噺の勇者のようになれる……!)
少女の中に、憧れと恋慕と少しの独占欲が生まれたことはまだ誰も知らない。
☆ □ ☆ □ ☆
キィッ。
音を立てて扉が開く。
家の中には既に料理の良い匂いがしていた。
「……た、ただいま」
返事を求めない小さな声。
キッチンに立つ母親に聞こえているとは思えなかった。
だが、
「おかえり」
母親は手を止め、ユーシャを一瞥する。
「明日も早いの?」
逃げるように自分の部屋に入ろうとしたユーシャは足を止める。扉を開けようと伸ばしていた手を胸の前に戻して、ギュッと握った。
「うん。ちょっとだけ、ね」
その返事に、母親は料理を再開する。
娘の様子は確認しない。しなくても良いと、思ったから。
「そう。よかったわね」
その返事だけで、十分だったから。
「面白かった」「また読みたい」と思っていただけたなら、広告下にある☆ ☆ ☆☆ ☆ をタップして、ブックマークをしていただけると幸いです。
また、感想を貰えるととても嬉しいです




