第7話 あなたは変わった
最初に異変に気づいたのは、アオイ本人ではなかった。
確認用モニターの再生を止めたのは、プロデューサーだった。
「……ここで一度、止めてください」
画面に映っているのは、ほんの数秒の映像。
ダンスの途中。
視線を上げる、わずかな間。
「以前は、このタイミングで一拍遅れていました」
誰かが頷く。
「今回は遅れていませんね」
「かといって、前のめりでもない」
モニターが切り替わる。
別日のリハーサル。
別番組の収録映像。
「全体的に……安定しています」
分析担当が淡々と報告した。
「心拍変動、平均値が下がっています。
表情筋の動きも、ブレが少ない」
数値が並ぶ。
「良い変化、ですよね?」
若いスタッフが確認するように言った。
プロデューサーは即答しなかった。
「“良い”かどうかは、もう少し様子を見ましょう」
その言い方で、会議室の空気がわずかに引き締まる。
別の資料が投影される。
配信アーカイブ。
コメントログ。
雰囲気変わった?
表情、前より落ち着いてない?
ミス減ってる
でも、ちょっと違う感じ
「反応率は上がっています」
アナリストが続けた。
「特に共感系コメントが増加傾向です」
「“作られた印象じゃない”という評価ですね」
沈黙。
プロデューサーは腕を組んだまま言った。
「数字だけ見れば、悪くない」
一呼吸。
「ただし――」
視線が、アオイに向けられる。
「再現性が読みにくい」
その言葉は、業界では注意喚起に近かった。
「今までのアオイさんは、
パフォーマンスの振れ幅が小さかった」
誰かが、悪気なく補足する。
「つまり、扱いやすかった」
アオイは、何も言わなかった。
モニターに映る自分は、
確かに以前より落ち着いている。
ミスも少ない。
だが――
「予測しにくい」という評価が、
静かに貼り付けられていく。
アナリストが、もう一枚スライドを切り替えた。
「一点だけ、補足があります」
声は淡々としていた。
「ポジティブな反応とは別に、
一部ユーザーの感情振れ幅が大きくなっています」
画面に、いくつかのコメントが表示される。
昔のほうがよかった
最近、別人みたい
無理してない?
変わる必要あった?
「批判というほどではありません」
アナリストは続ける。
「ただ、拒否反応に近い温度のものが、
少数ですが確認されています」
誰かが首をかしげた。
「よくある反応では?」
「はい。現時点では」
すぐに肯定する。
「ただし――」
一拍。
「変化が継続した場合、
感情の向きが固定化する可能性があります」
プロデューサーが、ゆっくり息を吐いた。
「依存が強い層、ですね」
「その可能性があります」
別のスタッフが、慎重に言葉を選ぶ。
「以前のアオイさんのイメージに
強く結びついていた層、という理解で?」
「はい」
アナリストは頷いた。
「変化を“裏切り”として受け取るケースも、
理論上は否定できません」
「今のところ、行動化は?」
「ありません」
即答だった。
「現段階では、すべてテキスト上の反応です」
プロデューサーは腕を組んだ。
「要対応、というほどではない」
「はい。念のための共有です」
少し間があった。
「本人には、伝えますか?」
その質問に、即答はなかった。
「いや」
プロデューサーは首を振る。
「今は不要でしょう」
視線をモニターに戻す。
「ただし、“新しいアオイ”のままで行くなら」
言葉を選ぶ。
「本人にも、周囲にも、
余計な摩擦が出る可能性はある」
誰も反論しなかった。
「警戒というほどではない」
プロデューサーはまとめる。
「が、想定外の反応が出やすい状態ではある」
次のスライドに進む。
「何か、取り組みを変えましたか?」
形式的な質問だった。
「……体調管理を、少し見直しました」
事実ではあった。
プロデューサーは、深追いしなかった。
「承知しました」
「現段階では、修正は不要です」
「ただし、今後しばらくは――」
一瞬、言葉を探す。
「慎重に経過観察しましょう」
それが、この日の結論だった。
会議は予定通りに終了した。
「様子を見る」
「大きな変更はしない」
「ただし、注視する」
廊下に出たとき、
アオイはようやく息を吐いた。
もう、気づかれている。
問題だとは言われていない。
でも、「通常運用」からは外れた。
「……ねえ」
心の中で、そっと呼ぶ。
「うん」
イオンの声は落ち着いていた。
「私、変わった?」
少しの間。
「変わった」
彼は、はっきり答えた。
胸が、わずかに縮む。
「でも、不安定ではない」
「それが、厄介なんだと思う」
イオンは続けた。
「君はいま、
“想定外だが安定している”
いちばん管理しづらい状態にいる」
アオイは、壁にもたれた。
「じゃあ……どうすれば?」
「元に戻ることはできない」
イオンは静かに言った。
「もう、戻らないほうがいい」
少し間を置いて。
「だから――」
「だから?」
「これからは、
本当に慎重にいこう」
アオイは、小さく頷いた。
「……うん」
背筋を伸ばして、歩き出す。
イオンの声が、低く締まる。
「なら、なおさらだ」
「――とても、注意深くやらないといけない」




