第6話 協力
次の日のリハーサルは、特にきつかった。
音楽は止まらない。
振付師の声は鋭い。
体は、もう限界に近かった。
疲労が、内側から静かに積み上がっていく。
ここで崩れたら、もっと面倒になる。
アオイは指に力を入れ、リズムをつなぎとめた。
「……イオン」
呼ぶまでに、少し時間がかかった。
「手伝ってもらえる?」
言葉にするのは、思った以上に難しかった。
返事はすぐだった。
「どうすればいい?」
一瞬、アオイは動きを止めた。
「体には触れないで」
「わかった」
彼は指示を出さなかった。
動きを直そうともしなかった。
ただ、呼吸を思い出させる。
重心。
リズム。
この体が、もう覚えていること。
パニックは消えなかった。
でも、広がらなくなった。
リハーサルは、ミスなく終わった。
息を整えながら、アオイは思う。
一人でやった。
でも、完全に一人じゃなかった。
夜。
鍋に手を伸ばしたときだけ、短く声が入った。
「無理するな。腰」
アオイは動きを止めた。
「……ありがとう」
それ以上、彼は何も言わなかった。
夜、風呂に入る前。
「……入る」
「離れてる。違和感があったら言って」
アオイは何も言わなかった。
そして、イオンも何もしなかった。
翌日、彼女は確認した。
「私が“助けて”って言ったときだけ、動く」
「うん」
「黙ってるときは、黙る」
「うん」
「“ストップ”って言ったら」
「下がる」
小さく、頷く。
信頼じゃない。
ただの手順だ。
難しい通し練習で、また息が乱れた。
「……助けて」
声は小さかった。
イオンは体に触れない。
テンポを保ち、
呼吸の位置を思い出させ、
焦点を戻す。
曲が終わったとき、
アオイは少し遅れて理解した。
終わったのだ、と。
心臓は速かった。
でも、恐怖ではなかった。
楽屋で、彼女はぽつりと言った。
「変な感じ。
あなたがいても……私は私のまま」
「それ以外の形は、意味がない」
淡々とした声だった。
鏡を見る。
同じ顔。
でも、視線は少しだけ安定している。
その日、アオイは初めて、
とても単純なことに気づいた。
一緒だと、耐えやすい。
彼が強いからじゃない。
引っ張らないからだ。
こうして、
二人の最初の“本当の協力”の日が始まった。
信頼でも、
受け入れでもない。
ただ――
一人で壊れるより、
二人で持ちこたえるほうが、
現実的だった。




