第3話 ルール
蒼依は彼を受け入れなかった。
耐えただけだ。
消せないエアコンの音みたいに。
どうにもならない痛みみたいに。
話しかけない。
中に誰かがいるなんて、ないものとして生きる。
イオンはすぐに理解した。
自分が話すと、彼女は止まる。
一瞬だったり。
目に見えるほどだったり。
「黙っていられる」
「いなくなってくれた方が楽」
彼は黙った。
三日後。
四日目のリハーサルで、蒼依はミスをした。
マネージャーの声が上がる。振付師が手を叩く。
いつもなら謝っていた。
でも、その日は違った。
「私のせいじゃない」
空気が凍った。
「君、そんな言い方しなかった」
「聞いてない」
夜が辛くなった。
汚れた雪。電線の音。
拍手を待たない人たちの疲れた顔。
蒼依は、他人の心拍で目を覚ます。
「やめて。頭が壊れる」
「消えられない。でも、引くことはできる。許してくれるなら」
彼女は答えなかった。
その夜、イオンは本当に距離を取った。
消えたわけじゃない。ただ、影になった。
頭の中が静かになる。
それが一番怖かった。
転機は生放送だった。
「蒼依さんはいつも元気ですね。折れない秘訣は?」
言葉が出てこない。
「呼吸して」イオンが言う。「待ってる」
彼女は息を整えた。
「小さな本当を」
蒼依は答えた。
「強くない時もあります。でも、そばにある何かが、私を支えてくれます」
放送後、天井を見つめた。
「あなたのせい」
「君は限界だった」
沈黙。
「受け入れない」
「求めてない」
彼女は少し迷ってから言った。
「でも……外から見られるのね」
彼らの関係は、信頼ではなく取り決めから始まった。
「私の許可なしに介入しない」
「分かった」
「私の体についてコメントしない」
「当然だ」
「“ストップ”と言ったら引く」
「消えない。引くだけだ」
蒼依は頷いた。
時々、ふと気づく。
呼吸が、少し楽になっている。
幸せじゃない。
自由でもない。
ただ、安定している。
それが何より怖かった。




