世界の不具合(バグ)、それは魔王ではなかった
魔軍数万を瞬殺した俺の前に、ついに「本物」が現れた。
王都の空がガラスのように割れ、そこから一人の男が降り立つ。
禍々しい鎧も、角もない。ただの青年のような姿。だが、彼が放つ圧倒的な存在感に、神獣シルバーですら身を竦ませた。
「……君か。この世界の『最適化』を始めたのは」
男——魔王ゼノンは、悲しげな瞳で俺を見た。
「魔王、でいいのか? お前を倒せば、この世界の争いは終わるのか?」
俺が問うと、ゼノンは自嘲気味に笑った。
「皮肉なものだ。……アルト、君なら視えているはずだ。この世界の理が、どれほど『不完全』であるかを」
俺は『最適化視界』を最大まで広げた。
すると、世界を構成する魔力の糸が、ある一点に向かって不自然に収束しているのが分かった。
それは、魔王城でも、この王都でもない。
「勇者」というシステムそのものだ。
「この世界は、周期的に『勇者』と『魔王』を産み出し、戦わせることで魔力を循環させる欠陥構造にある。……君の元仲間、ゼクスもその歯車の一つに過ぎない」
魔王の言葉に、地下牢から引きずり出されてきたゼクスが目を見開く。
「な……俺が、システムの歯車……? 勇者は選ばれた特別な存在じゃないのか!?」
「残念だが、君は『魔王に敗北して絶望を撒き散らす』役割として最適化されていたに過ぎない。……だが、そこに現れたのがアルト、君だ。君の『万能職』という異物が、世界の予定調和をすべて壊してしまった」
ゼノンが手を差し出す。
「さあ、選べ。私と共にこの欠陥世界を一度リセットするか。それとも、この歪んだ理の中で、偽りの平和を守り続けるか」
王都の民たちが、エルセが、息を呑んで俺の答えを待っている。
俺は、隣に寄り添うシルバーの頭を撫で、エルセの方を一度見て、それから空を仰いだ。
「……リセットも、維持も、どっちも面倒だな」
「何……?」
「歪んでいるなら、直せばいいだけだ。俺のスキルは、そのためにある」
俺はポーチから、これまで一度も使わなかった「何の特徴もないただの石ころ」を取り出した。
それは、俺が旅の途中で拾った、世界のどこにでもある欠片。
「【自動最適化:事象の全書き換え(フル・オーバーライト)】」
俺がその石ころを握りつぶした瞬間。
世界から「色」が消えた。
魔王も、聖女も、没落した勇者も、すべてが一時停止する。
俺の脳内に、世界を構成する数千億の魔導数式が流れ込んでくる。
『勇者』という理不尽な強制力。
『魔王』という悲劇の舞台装置。
それらをすべて、俺は指先ひとつで「削除」し、書き換えていく。
「——ここからは、誰かに決められた物語じゃない。みんなが勝手に生きる、ただの『普通の世界』だ」
世界が激しく震動し、純白の光がすべてを飲み込んだ。
「アルト! お前、何をするつもりだあああぁぁぁ!」
ゼクスの絶叫が光の中に消えていく。
光が収まった時。
魔王ゼノンの姿は消えていた。
空を覆っていた不吉な魔法陣も、俺を縛っていた『万能職』という肩書きも、すべてが消滅していた。
残されたのは、ただの青空と。
ただの「一人の男」に戻った俺だけだった。
「……ふぅ。これでようやく、静かに暮らせるかな」
だが、俺はまだ気づいていなかった。
世界を再構築した際、俺がうっかり「自分を世界の中心」として最適化してしまったことに。




