今さら戻ってこい? お断りだ、こっちは神獣のブラッシングで忙しい
聖女エルセに導かれ、俺は森の出口にある彼女の野営地へと向かっていた。
後ろには、すっかり俺に懐いて離れない神獣(名前はシルバーにした)が、巨大な犬のように尻尾を振って付いてきている。
「アルト様、信じられません……。そのシルバー様は、我が国の建国神話にのみ登場する守護獣。それが、初対面の貴方にこれほど心酔するなんて」
「いや、ただの迷子だと思って。足のトゲを抜いてやっただけだよ」
俺が苦笑いしながら答えると、エルセは頬を赤らめて溜息をついた。
「……トゲ、ですか。あれは神をも滅ぼす『深淵の呪い』でしたが……。アルト様にとって、世界の法則はあまりに些細なことなのですね」
そんな会話をしていた時。
エルセの部下の一人が、血相を変えて駆け寄ってきた。
「エルセ様! 救援要請です! 近隣のダンジョンで、Sランクパーティ『黄金の夜明け』が壊滅の危機に瀕しているとのこと!」
その名を聞いた瞬間、俺の眉がピクリと動いた。
『黄金の夜明け』。今朝、俺をゴミのように捨てたゼクスたちのパーティだ。
「……あの、エルセ様。そのパーティ、どうしてピンチなんだ?」
「報告によりますと……リーダーのゼクス殿が放った『極大火炎魔法』が、あろうことか制御不能に陥り、味方の陣地で暴発。さらに聖女クラリス殿の障壁魔法も、なぜか強度が以前の百分の一以下まで落ちているそうで……」
俺は思わず、天を仰いだ。
(やっぱりか……)
彼らの魔法は、俺が裏で『最適化』して、無理やり形を保たせていたものだ。
制御のコツも教えようとしたが、「無能の説教なんて聞くかよ」と耳を貸さなかったのは彼ら自身だ。
支えを失った積み木が崩れるのは、当然の結果だった。
「……行ってみるか。エルセ、案内してくれ」
「はい! さすがアルト様、慈悲深きお方ですね!」
慈悲、ね。
まあ、彼らがどんな顔をしているか、少しだけ見てみたい気もする。
***
ダンジョンの入り口付近は、地獄絵図だった。
「ぎゃあああ! な、なんでだ!? なんで魔法が当たらない!?」
ゼクスが、焦げ茶色になった顔で叫んでいる。彼の自慢の魔法は、狙いとはあらぬ方向に飛んでいき、岩壁を虚しく叩いている。
「ゼクス様、助けて! 障壁が、障壁が割れちゃう!」
聖女クラリスも、ボロボロになった法衣を震わせ、今にも泣き出しそうだ。
そこに、巨大なサラマンダーがとどめの一撃を放とうとした、その時。
「——【自動最適化:事象の凍結】」
俺が指をパチンと鳴らす。
瞬間、サラマンダーの周囲の時間が止まったかのように動きが凍りつき、そのまま氷像へと変わった。
静寂が訪れる。
「あ、アルト……!?」
ゼクスが、信じられないものを見る目で俺を見た。
「お、おい! ちょうどいいところに来た! 早く魔法を調整しろ! いつものように俺たちの後ろで、死ぬ気でサポートするんだよ!」
絶体絶命の危機を脱したと思ったのか、ゼクスは早くも以前の尊大な態度に戻っていた。
クラリスも、立ち上がって泥を払いながら俺を睨みつける。
「そうよアルト! 遅すぎるわよ! 貴方がサボるから、私の障壁にヒビが入ったじゃない! 謝りなさい、この無能!」
それを横で聞いていた聖女エルセの目が、氷のように冷たく据わった。
彼女が口を開くより早く、俺の隣にいたシルバーが「グルルッ!」と地響きのような威嚇音を上げた。
「……いや、断るよ」
俺は淡々と告げた。
「俺はもう、お前たちのパーティの一員じゃない。手切れ金ももらったしな」
「なっ、何を言っている! 俺たちがいないと、お前のような万能職は路頭に迷うんだぞ!? この俺が、特別に『戻ってきてもいい』と言ってやってるんだ!」
ゼクスが必死に叫ぶ。だが、その後ろでエルセが静かに歩み出た。
「……失礼ですが、ゼクス殿。アルト様は現在、我が聖王国の『最高顧問賢者』としてお招きしている最中です」
「は……? せ、聖女エルセ様!? なぜこんな場所に……」
「無能? 路頭に迷う? 笑わせないでください。神獣様を従え、万物の真理を操るアルト様を侮辱することは、我が国への宣戦布告と見なしますが?」
エルセの背後に、完全武装した聖騎士団が一斉に剣を抜く。
ゼクスたちは真っ青になり、ガタガタと震えだした。
「あ……あ……」
「さあ、行こうか。エルセ、シルバー。……ここはもう、俺の居場所じゃないから」
俺は一度も振り返ることなく、光り輝く神獣の背に飛び乗った。
背後で、「待ってくれアルト! 悪かった、俺たちが間違っていたんだ!」というゼクスの見苦しい叫び声が聞こえたが——。
風の音にかき消されて、もう何も届かなかった。




