俺の「普通」は、世界にとっての「異常」だった
転移した先は、人跡未踏の聖域とされる「黄昏の森」の最深部だった。
「……おっと。少し加減したつもりだったが、やっぱり三千里(約一万キロ)くらい飛んじまったな」
かつてのパーティでは、仲間に合わせて出力を0.01%まで抑えていたから、感覚が少し狂っている。
本来、俺の『自動最適化』は、あらゆる事象を「最適」な形に書き換える。
歩けば最短経路が足元に現れ、薪を拾えばもっとも火力の高い組み方に自動で配置される。
俺はため息をつき、近くにあった手頃な枝を拾った。
「火が欲しいな。……【自動最適化:点火】」
指先をパチンと鳴らす。
通常、火をつける魔法は、数秒の詠唱を経て小さな火種を作るものだ。
だが、俺の魔法は違った。
周囲の酸素濃度、湿度、可燃物の配置を瞬時に計算し、「最も効率的に熱エネルギーを生み出す」結果——。
ゴォォォォォ!
枝の先から、太陽の表面のような純白の炎が噴き出した。
それはキャンプファイアなんて可愛いものじゃない。竜の息吹すら凌駕する高密度の熱源だ。
「……あ、危な。これじゃ肉を焼く前に蒸発しちまう。出力を、えーと、一兆分の一に固定」
ようやく安定したパチパチという焚き火の音を聞きながら、俺は一息つく。
するとその時、茂みの奥から「ギャオーーン!」という、聞いたこともないような悲鳴が響いた。
見れば、そこには体長十メートルはあろうかという巨獣が横たわっていた。
銀色の毛並みに、額には一本の角。
「おいおい……あれって、絶滅したはずの『神銀一角獣』か?」
どうやら、俺の転移の余波か、さっきの火力の余波に驚いて腰を抜かしたらしい。
よく見ると、その足には禍々しい「呪いの楔」が突き刺さっていた。
伝説の神獣が、苦痛に喘いでいる。
「……まあ、暇だしな。助けてやるか」
俺が歩み寄ると、神獣は「来るな!」と言わんばかりに威嚇する。だが、その瞳には諦めの色が混じっていた。
解呪魔法なんて、聖職者が十人がかりで儀式を行ってようやく成功するものだ。今の俺にできるわけがない——と、普通なら思うだろう。
だが、俺にはこれがある。
「【自動最適化:因果の修正】。その呪い、構造が欠陥だらけだぞ」
俺が神獣の脚に触れた瞬間。
ドス黒い呪いの霧が、まるで朝日を浴びた露のように、一瞬で浄化され、消滅した。
それどころか、神獣の毛並みは以前よりも輝きを増し、魔力出力までもが最適化されていく。
『——キュ、キュイィ!?』
驚いた神獣が飛び起きる。
傷が治ったどころか、かつてない全能感に包まれた神獣は、信じられないものを見る目で俺を凝視した。
そして。
伝説の神獣は、あろうことか俺の足元に跪き、喉を鳴らして甘え始めた。
「待て待て、俺はただの無職だぞ。そんな伝説の生き物に懐かれても困る」
『クゥ〜ン(主殿、一生ついていきます)』
「……しゃべった!? いや、思念か。はぁ、これじゃスローライフどころじゃないな」
その時。
森の奥から、複数の足音が近づいてきた。
「今の魔力の奔流は……!? もしや、伝説の『光の賢者』様が降臨されたのですか!」
現れたのは、煌びやかな法衣に身を包んだ、金髪の美少女。
この国の隣、聖王国で「神の歌声」と謳われる第一聖女、エルセだった。
彼女は、俺の足元で猫のように丸まっている神獣を見て、目を見開いたまま固まった。
「し、神獣様を従え……あのような神域の魔法を一瞬で……? 貴方様はいったい……」
俺は、なんと答えればいいか迷った。
つい数時間前まで「無能」と罵られていた男だなんて言っても、信じてもらえそうにない。
「……ただの、通りすがりの『万能職』だよ」
俺がそう答えた瞬間、聖女エルセの瞳が、崇拝と熱狂の色に染まった。
(……あ、これ、まずい流れな気がする)
俺の予感は的中した。
この出会いが、かつての仲間たちが後悔で絶叫することになる「帝国の崩壊」と「新たな神話」の幕開けになるとは、まだ誰も知らなかった。




