万能職の俺、これからは「幸せ」を最適化します
あれから、数ヶ月。
世界から「魔王」と「勇者」の戦いというシステムが消え、人々は新たな時代を歩んでいた。
辺境ののどかな村。その外れにある一軒の小さな家。
そこが、俺——アルトの新しい拠点だ。
「アルト様、お昼ですよ! 今日は庭で獲れた野菜のシチューです!」
エプロン姿のエルセが、窓から身を乗り出して俺を呼ぶ。
「ああ、今行くよ。……シルバー、お前も来い」
『ワフッ!』
かつての伝説の神獣は、今や近所の子供たちに背中を貸して遊ぶ「村の大きな犬」として親しまれている。
俺は、今朝届いた手紙を読み終え、暖炉に放り込んだ。
それは聖王国の国王や、魔法学院の教え子たちからの「戻ってきてほしい」という熱烈なオファーだったが、もういい。俺は今、人生で一番忙しいんだ。
「ほら、アルト様。何をボケーッとしているんですか。冷めちゃいますよ?」
「いや、少し『最適化』の微調整をしていたんだ」
俺が食卓に指を向けると、冷めかけていたシチューが「一番美味しく感じる温度」にピタリと固定される。
「もう! そんなことに神級魔法を使わないでくださいって、いつも言っているのに」
「習慣なんだから仕方ないだろ。最高のシチューは、最高の状態で食べるのが礼儀だ」
俺たちは顔を見合わせて笑った。
ふと、遠くの街の様子を『管理者視点』で覗いてみる。
そこには、かつての仲間たちの姿があった。
ゼクスは、力仕事の現場で「昔の俺ならこんな重い石……」と何かに違和感を覚えながらも、周囲の励ましを受けて汗を流している。
クラリスは、教会で聖女ではなく、ただの修道女として孤児たちの世話に明け暮れていた。
彼らにはもう、俺を嘲笑っていた頃の傲慢さはない。
記憶を整理された彼らは、泥にまみれ、苦労しながらも、自分たちの足で「今」を必死に生きている。
それが彼らにとっての、最良の『最適化』だったのだ。
「……アルト様、何かいいことでもありましたか?」
「いや。世界が、思っていたよりもずっと綺麗だなと思ってさ」
俺はエルセが作ってくれたシチューを一口運ぶ。
これまでの旅、裏切り、戦い。すべてはこの一口の平穏に繋がっていたのだと思えば、悪くない人生だった。
俺の右手の甲には、今も「管理者の紋章」が刻まれている。
世界が再び歪み、誰かが理不尽に泣くようなことがあれば、俺はまた指を鳴らすだろう。
だが、今はただ、この温かなスープと、隣で微笑む彼女との時間を楽しみたい。
「ごちそうさま。……さて、午後は何を最適化しようか」
「次は、私の肩凝りを最適化してくださいね、アルト先生?」
「お安い御用だ」
万能職(器用貧乏)と蔑まれた俺の物語は、ここで一旦幕を閉じる。
けれど、俺たちの日常は、これからも最高の効率で、最高に幸せな形で続いていく。




