ふたりだけの三角形
◆1 放課後の誘いと“逃げる友達”
授業の終わりを告げるチャイムが鳴り、教室には解放された鳥みたいなざわめきが広がっていた。
その隅で、七海は机の端を指でトントン叩きながら、ずっとタイミングをうかがっていた。
(今日こそ、早見さんの展覧会に行きたいのに……)
隣の席で鞄を肩にかけようとしている詩織に声をかける。
「ねぇ詩織、放課後さ、美術館行かない? 待望の“早見さんの原画展”だよ。サイン会もあるんだって」
すると詩織は肩越しに振り返り、平然とした声で言った。
「悪い。今日、私さ……ラーメン二郎の限定麺が最終日なの」
「待って!? 美術館より二郎!? ていうか最近ずっと二郎じゃない?」
「仕方ないじゃん。限定は一期一会なんだよ」
(この子いつから“限界JK”になったの……!?)
「じゃあこうしない?」
七海はさっと机の上に3つの紙コップを置いた。
無地の白い紙コップが三角形に並ぶ。
「この紙コップのどれか一つの下に、今から私が小石を入れる。詩織がそれを当てられたら——美術館は諦める」
「はいはい」
「でも逆に、詩織が外したら、今日だけは美術館につきあって」
「……なんか裏がありそうね。ルール聞かせて?」
七海はにやりと笑い、“細工のない手”を見せてから指を一本立てた。
「ルールは3つだけ」
◆2 七海の“三角ルール”
① 紙コップは、三角形の形を保ったまましか動かさない。
② 動かす回数の指示は七海が出すが、“回転させる方向”は詩織が決めていい。
③ ただし、“一度だけ”七海が方向指定をする。
詩織は腕を組む。
「つまり……私が三角形の向きを自由に選べる回数が多いってこと?」
「そう。圧倒的に詩織が有利よ」
「ふむ……まあ、いいわ。受けて立つ」
周囲の友人たちが「また二人の勝負だ!」と集まりはじめる。
十数人ほどのギャラリーができた。
「七海、後ろ向いてなよ」
「もちろん」
七海が背を向けたのを確認すると、詩織は左上の紙コップを選び、その下にそっと小石を置いた。
(読者のみなさんも、三角形のどこか一つを選んでみてください。
三つの位置は、時計の12時・4時・8時をイメージしてください)
△(A:12時)
▲(B:8時) ▲(C:4時)
詩織がAに小石を入れたとしよう。
◆3 “回転ゲーム”開始
七海「じゃあ……三角形を《4回》回転して」
詩織「了解。右回りに4回ね」
(一回転=三角形全体を60°回すイメージ)
七海「次に《3回》」
詩織「こんどは左回りで」
七海「次は好きなだけ回していいよ」
詩織「じゃあ……5回」
七海「そしたら、《さっきと同じ回数だけ》もう一度」
詩織「つまり、5回ね」
七海「最後。——《右回りに1回》」
詩織はくるっとコップ三角形を回して手を離した。
「終わったよ」
七海はギャラリーのざわつきを気にせずに振り返った。
「じゃあ、私が当てるね」
そして迷いもなく、**C(4時の位置)**を持ち上げた。
小石が――コトリ、と鳴る。
「はぁあ!? なんでよ!?」
「ふふ」
周囲の同級生が「また七海の勝ちだ!」と拍手を送る。
◆4 詩織、敗北の夜に気づく
その夜。
詩織は二郎の“限定麺・地獄辛”を食べながら、紙コップ三角形を指でなぞった。
(最初にAに小石を入れた。
4、3、5、5、1。合計は18回。偶数……)
(三角形って、60°ずつ回る。3つの位置があるから、
3で割った余りが最終位置……)
(18 ÷ 3 = 6……余り0。つまり元の位置に戻る……はず)
詩織は箸を止める。
(でも、七海が当てたのはC。どうして?)
そしてしばらくして、気づいた。
(……あ。私……“三角形を動かす方向”を毎回対称だと思い込んでた)
三角形は 左右どちらに60°回しても、形は同じように見えるが、位置の対応が変わる。
詩織は**“方向によって頂点の関係が変わる”**ことを無意識に無視していた。
(つまり……七海が一度だけ指定した《右回り》こそが、
三角形を“基準の向き”にそろえるためのスイッチだったのね)
さらに気づく。
(しかも、“好きな回数→同じ回数”って指示……
これは何回であっても、必ず二つ合わせて《偶数》になる……)
(そこに七海側の《奇数の操作》を2回混ぜると……
最終的には《必ずCに来る》ようにできてた……!)
詩織は額を押さえた。
「七海……あんた、やっぱ頭良すぎる……」
◆5 翌日の逆襲
翌朝。
教室に入るなり、詩織は七海の机へ歩む。
「七海! 昨日のトリック……解いたわよ!」
「お、早かったね。じゃあ説明して」
詩織は紙コップを三角形に並べる。
「まず、三角形は60°回転するごとに“位置関係が逆転する”。
これ、左右どちらに回しても見た目が似すぎてるから勘違いしやすい」
「ふむふむ」
「七海が動かした回数は計4回。
そのうち2回は奇数で、2回は偶数に固定されてる。
でも“好きな回数×2”が必ず偶数になるから、
合計すると《奇数が必ず1回だけ残るように設計されてた》のよ!」
「おー、正解」
「そして最後の《右回り1回》で、
三角形の向きが必ず“Cを基準位置”にそろう……
そういう仕組みだったのね!」
七海は拍手を一つ。
「ほんとに凄いよ詩織。ちゃんと説明できてる」
「ふふん、どう? 牛丼奢りでチャラにしてあげてもいいけど?」
「いや、それはおかしいでしょ」
「どうしてよ!」
七海は笑って言った。
「昨日の約束は“外したら美術館につきあう”でしょ。
今日とは関係ないもん。……でもね」
七海は一度言葉を切り、照れたように続けた。
「今日は、美術館のあとに……ラーメンも一緒に行こっか」
「は!? 七海が二郎に!? 逆にどうしたの!?」
「……詩織と行くなら、どこでもいいよ」
その言葉に、詩織は顔を真っ赤にし、たまたま周囲にいたクラスメイトは一斉に騒ぎ出す。
「なにそれ青春!」「七海かわいすぎ!」
七海は「もう、うるさい!」と笑いながら、詩織の腕をちょこんと引いた。
「ほら、早く行こ」
二人の影は廊下に並び、その先へ軽く弾むように伸びていった。




