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ふたりだけの三角形

作者: 妙原奇天
掲載日:2025/12/01

◆1 放課後の誘いと“逃げる友達”


 授業の終わりを告げるチャイムが鳴り、教室には解放された鳥みたいなざわめきが広がっていた。

 その隅で、七海ななみは机の端を指でトントン叩きながら、ずっとタイミングをうかがっていた。


(今日こそ、早見さんの展覧会に行きたいのに……)


 隣の席で鞄を肩にかけようとしている詩織しおりに声をかける。


「ねぇ詩織、放課後さ、美術館行かない? 待望の“早見さんの原画展”だよ。サイン会もあるんだって」


 すると詩織は肩越しに振り返り、平然とした声で言った。


「悪い。今日、私さ……ラーメン二郎の限定麺が最終日なの」


「待って!? 美術館より二郎!? ていうか最近ずっと二郎じゃない?」


「仕方ないじゃん。限定は一期一会なんだよ」


(この子いつから“限界JK”になったの……!?)


「じゃあこうしない?」


 七海はさっと机の上に3つの紙コップを置いた。

 無地の白い紙コップが三角形に並ぶ。


「この紙コップのどれか一つの下に、今から私が小石を入れる。詩織がそれを当てられたら——美術館は諦める」


「はいはい」


「でも逆に、詩織が外したら、今日だけは美術館につきあって」


「……なんか裏がありそうね。ルール聞かせて?」


 七海はにやりと笑い、“細工のない手”を見せてから指を一本立てた。


「ルールは3つだけ」


◆2 七海の“三角ルール”


① 紙コップは、三角形の形を保ったまましか動かさない。

② 動かす回数の指示は七海が出すが、“回転させる方向”は詩織が決めていい。

③ ただし、“一度だけ”七海が方向指定をする。


 詩織は腕を組む。


「つまり……私が三角形の向きを自由に選べる回数が多いってこと?」


「そう。圧倒的に詩織が有利よ」


「ふむ……まあ、いいわ。受けて立つ」


 周囲の友人たちが「また二人の勝負だ!」と集まりはじめる。

 十数人ほどのギャラリーができた。


「七海、後ろ向いてなよ」


「もちろん」


 七海が背を向けたのを確認すると、詩織は左上の紙コップを選び、その下にそっと小石を置いた。


(読者のみなさんも、三角形のどこか一つを選んでみてください。

 三つの位置は、時計の12時・4時・8時をイメージしてください)


  △(A:12時)

 ▲(B:8時) ▲(C:4時)



 詩織がAに小石を入れたとしよう。


◆3 “回転ゲーム”開始


七海「じゃあ……三角形を《4回》回転して」


詩織「了解。右回りに4回ね」


(一回転=三角形全体を60°回すイメージ)


七海「次に《3回》」


詩織「こんどは左回りで」


七海「次は好きなだけ回していいよ」


詩織「じゃあ……5回」


七海「そしたら、《さっきと同じ回数だけ》もう一度」


詩織「つまり、5回ね」


七海「最後。——《右回りに1回》」


 詩織はくるっとコップ三角形を回して手を離した。


「終わったよ」


 七海はギャラリーのざわつきを気にせずに振り返った。


「じゃあ、私が当てるね」


 そして迷いもなく、**C(4時の位置)**を持ち上げた。


 小石が――コトリ、と鳴る。


「はぁあ!? なんでよ!?」


「ふふ」


 周囲の同級生が「また七海の勝ちだ!」と拍手を送る。


◆4 詩織、敗北の夜に気づく


 その夜。

 詩織は二郎の“限定麺・地獄辛”を食べながら、紙コップ三角形を指でなぞった。


(最初にAに小石を入れた。

 4、3、5、5、1。合計は18回。偶数……)


(三角形って、60°ずつ回る。3つの位置があるから、

 3で割った余りが最終位置……)


(18 ÷ 3 = 6……余り0。つまり元の位置に戻る……はず)


 詩織は箸を止める。


(でも、七海が当てたのはC。どうして?)


 そしてしばらくして、気づいた。


(……あ。私……“三角形を動かす方向”を毎回対称だと思い込んでた)


 三角形は 左右どちらに60°回しても、形は同じように見えるが、位置の対応が変わる。

 詩織は**“方向によって頂点の関係が変わる”**ことを無意識に無視していた。


(つまり……七海が一度だけ指定した《右回り》こそが、

 三角形を“基準の向き”にそろえるためのスイッチだったのね)


 さらに気づく。


(しかも、“好きな回数→同じ回数”って指示……

 これは何回であっても、必ず二つ合わせて《偶数》になる……)


(そこに七海側の《奇数の操作》を2回混ぜると……

 最終的には《必ずCに来る》ようにできてた……!)


 詩織は額を押さえた。


「七海……あんた、やっぱ頭良すぎる……」


◆5 翌日の逆襲


 翌朝。

 教室に入るなり、詩織は七海の机へ歩む。


「七海! 昨日のトリック……解いたわよ!」


「お、早かったね。じゃあ説明して」


 詩織は紙コップを三角形に並べる。


「まず、三角形は60°回転するごとに“位置関係が逆転する”。

 これ、左右どちらに回しても見た目が似すぎてるから勘違いしやすい」


「ふむふむ」


「七海が動かした回数は計4回。

 そのうち2回は奇数で、2回は偶数に固定されてる。

 でも“好きな回数×2”が必ず偶数になるから、

 合計すると《奇数が必ず1回だけ残るように設計されてた》のよ!」


「おー、正解」


「そして最後の《右回り1回》で、

 三角形の向きが必ず“Cを基準位置”にそろう……

 そういう仕組みだったのね!」


 七海は拍手を一つ。


「ほんとに凄いよ詩織。ちゃんと説明できてる」


「ふふん、どう? 牛丼奢りでチャラにしてあげてもいいけど?」


「いや、それはおかしいでしょ」


「どうしてよ!」


 七海は笑って言った。


「昨日の約束は“外したら美術館につきあう”でしょ。

 今日とは関係ないもん。……でもね」


 七海は一度言葉を切り、照れたように続けた。


「今日は、美術館のあとに……ラーメンも一緒に行こっか」


「は!? 七海が二郎に!? 逆にどうしたの!?」


「……詩織と行くなら、どこでもいいよ」


 その言葉に、詩織は顔を真っ赤にし、たまたま周囲にいたクラスメイトは一斉に騒ぎ出す。


「なにそれ青春!」「七海かわいすぎ!」


 七海は「もう、うるさい!」と笑いながら、詩織の腕をちょこんと引いた。


「ほら、早く行こ」


 二人の影は廊下に並び、その先へ軽く弾むように伸びていった。

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